14 久々の海水浴で実験してみた
改訂版バージョン2です。
我が国ミズホには海がある。
西方の国って意外と内陸系が多いんだよな。
誰の支配下でもない大山脈や大森林が海と接しているせいだろう。
最西端にして最大面積を誇るアルシーザ帝国以外だと北方の国々くらいか。
南方だと国ではなく一部のレアな種族が海辺で暮らしている程度。
そうなると塩のために戦争がなんてことを考えてしまうのだが、そういうことはない。
岩塩が比較的簡単に手に入るからのようだ。
漁業は海にも魔物がいるため盛んではない。
南方のレアな種族は例外のようだが。
あとは淡水魚を食べる地域も例外のひとつだ。
それを知ったら──
「西方で定住は永遠にないな」
海の幸が食べられない生活なんて拷問に等しい。
新鮮な魚介で寿司が食えないのは致命的だろ。
「海水浴がてらの漁で魚介をゲットだぜ」
ワクワクしてくる。
新鮮な食材が得られることに期待感が高まっているのもあるが。
単純に海水浴という言葉に胸が躍る。
飛賀春人であった頃の自分からは考えられないことだけどな。
子供の頃から妙に冷めていたせいだ。
生まれ変わったことで、ここまで変わるとは思わなかったさ。
「とにかく今は海だ!」
と思ったのだが──
「あ、海パンねーや」
今頃になって気付く間抜けぶり。
だが、なければ錬成魔法の出番である。
海パンのコピーも【諸法の理】のアシストがあれば楽勝だ。
「でも化学製品なんだよなぁ」
自然に分解しないものはこっちの世界に持ち込みたくない。
一から作るとなるとアシストは働かないし。
『作るの面倒になってきたな』
ならば全身を防水すればいいじゃない?
理力魔法を応用して、どこもかしこもサラッとさせれば完璧だ。
海水と触れないように紙より薄い膜をイメージ。
髪の毛も1本ずつ覆うような超精密な制御ぶりだ。
【多重思考】のスキルが常人には真似できそうにない。
それ以前に魔力消費が桁違いなんだけどな。
今の俺からすると微々たるものなんだが。
「まずは水上走行といくか」
理力魔法で「ここ」と思ったときだけ理力で固定された場を作り出す。
それを踏みつけることで好きな場所で歩いたり走ったりが可能となる。
「本当に水の上を歩いているみたいだ」
波のない湖などなら水面に波紋ができていたかもしれない。
だんだん楽しくなってきた。
今度は走ってみる。
理力魔法を調節してそれっぽくズバババッと水飛沫が上がるようにしてみた。
「おおっ、面白い!」
今度はヘッドスライディング。
滑るように突き進む。
「うお───っ!」
派手に飛沫を上げると、ウォータージェットで推進しているように見える。
まるで水上バイクだ。
『おっとバイクって本来は二輪車なんだっけ』
だから水上バイクって呼び方は日本でしか通用しないんだよな。
『まあ、俺は元日本人だから日本準拠の呼称でいいか』
そんなどうでもいいことを考えながら体全体で海を満喫している。
まだ泳いでないけどな。
「さあて、そろそろ潜りますか!」
ここは沖合の水深もそこそこある場所だ。
海面上で立ち止まり大きく深呼吸した俺は垂直に跳び上がった。
「あ、跳び過ぎた」
陸地で跳んだときの倍の高度だ。
無意識下の力加減も気を付けないと。
『人前でこれをやったらシャレにならん』
とりあえず今は飛び込みだ。
ジャンプの頂点で体を捻り込みながら頭を下にする。
飛び込み選手のように両手を重ね掌を水面に向けて着水。
さほど水飛沫は上がらなかった。
完全に海中に没した俺は体をぐるんと前転させて上を向く。
すぐに周囲を見渡したものの近くに魚が見当たらない。
『逃げられたか。
上で派手に走り回ったしなぁ』
ならば水中機動の実験を先に済ませよう。
地上と遜色ない動きが目標である。
水の抵抗を考えると無茶な話だが、4桁レベルなら力技で高機動で動くことは可能だ。
問題は、その方法だと惑星レーヌの環境を変えてしまいかねないことだろう。
海流に影響を及ぼしかねないからな。
冗談のような話だが、脳内でシミュレートしたらマジだった。
故に却下。
残された道は魔法のみだが、いくつか案がある。
手っ取り早いのは風魔法で抵抗の少ない流線型の泡を作ってその中で行動する方法。
万人向けだが、俺が本気で動くには向かない。
次に水魔法で水流をコントロール。
これも本気になると常に水流をシミュレートしないといけないので除外。
採用する方法はやはり理力魔法だ。
水の抵抗という反作用の運動エネルギーをカット。
作用反作用の法則を魔法で乗り越えるという物理学者も真っ青な方法である。
『魔法でなきゃ実現不可能な方法だよな』
実行してみたら何の抵抗もなく動けた。
機動に関しても基本は理力魔法だ。
全身にバーニアやスラスターを配置したようなイメージで移動する。
加速減速を織り交ぜながら自在に飛び回る。
気分はアニメの高機動兵器である。
『魔法、万歳!』
とはいえ万人向けではない。
一般的な魔法使いだと真似しようとしたら、すぐに魔力切れを起こすだろう。
それと呼吸の問題もある。
俺はどちらも問題にならんけど。
なんにせよ水中でも素早く動くことは実証できた。
『じゃあ、そろそろ次だね』
いよいよお待ちかねの漁だ。
ただ、付近に魚がいないので獲物を探す必要がある。
【天眼・望遠】と【天眼・暗視】を【多重思考】で同時制御して周囲を見渡す。
『【天眼・暗視】は神級のスキルだけのことはあるな』
フルカラーのノイズレスで補正されているし。
明るい方を見ても眩しくならない。
光が届かない深い所にいる魚も……
『グロは勘弁してくれ』
直視したくないグロキモさがある。
水深200メートル以下の視覚情報にはフィルターをかけた。
だが、深海から魔物が襲いかかってくる恐れもある。
『ならば気配で察知できるようになってみせよう』
目を閉じる。
己の感覚のみを研ぎ澄ませば、今まで無視していた海流を感じる。
そして様々な音が届く。
海上の波の音まで聞こえるほどになると魚群などもいくつか捉えた。
『聴覚感知じゃなくて気配感知だってば』
だが、これを頼りに気配を探るのはありだろう。
聴覚で魚群を把握すれば効率は上がる。
後は個々の大きさや数を気配で感じ取れるかだ。
「……………」
呆気ないくらいすぐにコツをつかんでしまった。
現在地より陸側に小魚の群れを追う鯛っぽい形をした魚の群れがある。
『両方ゲットだ』
根こそぎは自粛しなきゃならんがね。
生態系に影響を及ぼすのは本意ではない。
『お?』
そんなことを考えていたら背後から何者かが急速接近してきた。
大きな音と同時に存在感のようなものも感知。
『これが魔物の気配か』
コツを掴んだぞ。
明確な敵意があると気配を感じるのも分かり易い。
魔力も感知した。
鯨並みの大物のようだ。
『胴長のトカゲか?』
【諸法の理】で確認すると海竜だった。
俺は目を見開いて襲撃者に向き直る。
『異世界での初戦闘が雑魚集団相手の無双パターンじゃないとかどうよ?』
テンプレパターンは夢だったんだけどな。
これはこれで面白そうだがね。
読んでくれてありがとう。




