1382 覚悟ハアルカ
シノビマスターから悪魔討伐の宣言を受けても室内の空気はピリピリしたままだ。
無理もない。
悪魔なんてモルトたちからすれば絶望的な相手だからな。
倒したと言われて「はい、そうですか」と素直には頷けまい。
「おいおい、派手にやらかしてきたんじゃないだろうな」
「心配ハ無用ダ。
ぱーてぃ会場ヘ案内シテカラ始末シタ」
「人目につかない場所で戦ったってことか」
「ソノ通リダ。
心配セズトモ悪魔ハ完全ニ消滅サセタ」
「心配するしないは、お主が決めることではなかろう」
憮然とした表情のガンフォールが言った。
言わずにはいられなかったのだろう。
モルトたちが動揺したままだから無理もない。
というより2人の動揺が、ガンフォールを焦らせているように見受けられる。
実にらしくない光景だ。
いつものガンフォールなら、もっとドッシリ構えていると思うのだが。
下手をすると、その焦りが2人に影響しかねない。
悪循環と言うほかないというのにガンフォールは気付いていなかった。
『モルトに伝染しなきゃいいけど』
頭が痛くなってきた。
とにかくガンフォールが珍しく焦っているせいで話が進まない。
ここでこじれてしまうと厄介だ。
事情の説明が全然できていないからな。
ここからが本番だというのに話がしづらくなってしまうのは勘弁してほしい。
先が思いやられるばかりである。
「とりあえずシノビマスターとは俺が話すから」
「むぅ……」
俺の言葉にガンフォールが渋面を浮かべた。
が、俺の判断を承服できない訳ではないようだ。
不承不承といった雰囲気を滲ませた溜め息をつく。
その後は憑き物が落ちたようにストンと肩の力が抜けていた。
聞く耳を持ってもらえたのは何よりである。
「悪魔を完全に始末したという認識でいいんだな」
俺はモルトたちも納得させるべく念押しした。
「神ノ名ニカケテ誓オウ」
ピクリと微かにモルトが反応した。
神という言葉が有効なようだ。
「神の代行者なだけはあるってことか」
わざとらしいが「神」の部分を強調して言ってみた。
やはりモルトが反応する。
「オダテテモ何モ出ナイゾ、賢者ヨ」
「むしろ問題を押し付けるつもりなんだろう?」
「ホウ」
シノビマスターが感心したような素振りを見せる。
「ドウシテソウ思ッタノダ?」
「俺の前に姿を現したからだ。
悪魔を倒して万事解決とはいかないからだろう」
クックックと喉を鳴らして笑うシノビマスター。
「御明察ト言ッテオコウ」
「で? どんな問題が残ってるんだよ」
シノビマスターは俺の問いには答えずモルトの方へ向き直った。
「っ!?」
蛇に睨まれたカエルかと思うほどモルトがガチガチに固まっている。
『あんまり威圧するなよ』
元凶であるもう1人の俺に釘を刺す。
『平気平気』
意に介した様子がない。
『これくらいしないと、悪魔を倒した信憑性が薄れるって』
それを言われると強くは言えない。
モルトに疑いを抱かれるのは何としても避けたいからな。
「賢者ノ問イニ答エル前ニ商人ニ問オウ」
「何でございましょう?」
恐る恐るといった様子で応じるモルト。
いつもの快活さは微塵もない。
「覚悟ハアルカ?」
「覚悟、でございますか?」
「左様」
シノビマスターが大仰な仕草で頷いた。
「汝ノ心ヲ折ラントスル事実ガアル」
これに反応したのはモルト本人ではなく、ガンフォールであった。
その目が語っている。
いや、吠えていると言うべきだろう。
「何をやらかしおったんじゃあっ!?」
頑張って無表情を貫こうとしているものの、目だけはギラついていた。
この場にモルトやイオがいなければ声を荒げて掴みかかってきたことだろう。
襟元を掴んでガクガクと揺すろうとする姿が目に浮かぶようだ。
実にありがたくない。
故に噛みつかんばかりの視線はスルーしておく。
あとが面倒になるかどうかは話の進展しだいで変わってくるはずだ。
そう願いたい。
「………………………………………」
モルトが答えられずにいる。
ゴクリと喉を鳴らした後は強張った表情のまま目を見開いている。
その心中には暴風が吹き荒れているようだ。
威圧感バリバリの相手に心を折る事実があると言われるとね。
「一般人を脅すのは感心しないな」
今度は声に出して釘を刺した。
「フム」
シノビマスターが俺の言葉を受けて考える仕草を見せた。
「デハ、コレデドウダ?」
ゆっくりと威圧感が薄らいでいく。
それを受けてモルトの膝がガクガクと揺れた。
バランスを崩して後ろへと倒れ込んでいく。
このままだとイオの上へ倒れ込んでしまうだろう。
だが、俺は動かなかった。
間近にいたガンフォールがすかさず支えようと動いていたからだ。
ガシッと腕を掴まれ引き戻されるモルト。
「っ!」
よほど強く掴まれたのだろう。
モルトの顔が顰められた。
が、それが功を奏したらしい。
その身を強張らせたモルトは腰を抜かさずにすんだようだ。
どうにか立ったままの姿勢を維持する。
「大丈夫か」
「申し訳ありません」
「気にするでない」
フンと鼻を鳴らしてそっぽを向くガンフォール。
ジジイのツンデレに需要はあるのかと言いたいが、それは置いておくとしよう。
「だから言っただろう」
シノビマスターに苦情を告げる。
「コレニ耐エラレナイヨウデハ困ルノダ」
「そんなに重大な事実があるってのか?」
「左様」
またもシノビマスターが大きく頷いた。
「故ニ再ビ問オウ、商人ヨ」
モルトが耐えるように歯を食いしばっていた。
威圧感の余韻は残っているようだ。
「汝ニ残酷ナ事実ヲ知ッテナオ正気ヲ保テルダケノ覚悟ハアルカ」
一瞬、目を見開いて驚きを露わにするモルトだったが。
すぐに険しい表情へと変わっていく。
思い当たる節があるのか。
あるいは良くない事態が発生したことに想像が及んだのか。
それは分からないが、沈思黙考する。
再び目を開いた時には悲愴感を漂わせた表情になっていた。
「覚悟ハデキタヨウダナ」
「はい」
神妙な面持ちで重々しく頷くモルト。
「たとえ長男が死んでいたのだとしても、それは私の責任です」
どうやら想像が及んでいたようだ。
「商人ヨ、汝ノ言ウ通リダ。
汝ノ息子ハ既ニコノ世ノ者デハナイ」
「そうでしたか」
そう呟いたモルトは表情を変えなかった。
だが、身に纏う空気は暗く沈み込んでいく。
悲しくない訳はないのだ。
誰にも覚らせぬように耐えているだけであろう。
「それは悪魔の仕業ですか?」
「左様、人間ノ女ニ化ケテ汝ノ息子ニ近ヅイタ」
「では、長男が妻として娶ったというのは……」
途中で言葉を失ってはいるがモルトの表情は真実に行き当たった者のそれだった。
「ウム、ソレガ悪魔ダ。
早々ニ殺サレ操リ人形トサレテイタ」
「それは胸に装着された魔道具を用いてですか?」
「左様、鋭イナ」
「いえ、賢者様に教えていただきました」
「ナルホド、サスガハ賢者」
「そういうのはいい。
操り人形にされたのはモルトの長男だけなのか?」
モルトがビクリと体を震わせた。
犠牲者が他にもいるかもしれないということに思い至ったか。
「答エハ否ダ」
「何という……」
シノビマスターの返答にモルトが頭を振った。
あまりのショックに言葉が出てこないようだ。
「それはすべての従業員ということか?」
故に俺が代わりに聞く。
「全員デハナイ。
魔道具モ無限ニアル訳デハナイ故ナ。
ガ、店ヲ任セテイタ者タチハ諦メヨ」
「店長は全滅ということか」
「左様」
「────────っ!」
モルトが悔恨を表情に滲ませ歯噛みする。
すべての従業員ではなかったとはいえ、長男に任せた地域の店長クラスが全員だ。
両手両足では数え切れない訳で。
それだけの部下たちが絶命していると聞かされれば穏やかではいられまい。
己の行動が間違っていたと悔やんでいるのだから尚更だ。
後悔や怒りが複雑に入り交じっていることは想像に難くない。
だが、それらには何処かで折り合いをつける必要がある。
モルトもそう考えたのだろう、深く息を吐き出すと俯き瞑目した。
黙祷を捧げようというのだろう。
故に俺たちは誰も声を掛けなかった。
やがて、面を上げたモルトは──
「申し訳ありません」
と静かに謝った。
「構ワヌ」
問題ないとシノビマスターは頭を振る。
「シノビマスターの言う通りだな。
追悼する者にケチをつけたりはしないさ」
俺も便乗して言っておいた。
「ありがとうございます」
モルトは深々と頭を下げた。
礼を言われるようなことは何もしていないのだが。
読んでくれてありがとう。




