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1379 決着をつけても

「ああ、影から影に跳んで逃げるつもりなら無意味だぞ」


 首のあたりまで沈み込んだ夢魔ベティが驚愕の表情を見せる。


「何ですって!?」


 そして目に見えて焦りだした。


「お前の影は他の影から切り離したから何処にもつながっていない」


 これも闇属性の魔法である。

 ダミーを作り出したのも今のこれも同じ魔法だ。

 影操作という影を作り出したり操ったりを可能にする。


 ネーミングセンスがないのは自覚しているのでツッコミは入れないでほしい。


「くっ」


 首を激しくランダムに動かす夢魔ベティ。

 影の中で身を捩ろうとしているかのようだ。

 奴の影に潜り込ませた影操作で作り出した糸の感触はそんな感じである。


「動けっ!」


『口で命令しても自分の体は動かせないと思うがね』


 奴が感じたであろう危機感がそれを言わせているのだろうが。


「動けっ動けっ動けっ動けっ動けっ動けっ動けっ動けぇ───────────っ!」


 どんなに叫ぼうと動くのは首から上だけである。


「うるさいから影の中へ消えろ」


 奴の頭部も影の糸で縛り上げて引きずり込む。


「ジ・エンドだ」


 二重三重にかけた影の糸。

 その最も内側のものだけを用いて奴の全身を切り裂く。

 縦横無尽に影の糸を操り奴の体を細切れの肉片へと変えた。


 奴の悲鳴は影越しには聞こえてこない。

 その感触は影の糸を伝わってきたがな。


 だが、そこで終わらない。

 奴は悪魔種だ。

 霊体は未だに残っている。


 だから影の糸を網状にして縛り上げることをやめはしない。

 影の中で聖炎を放つ。

 奴のすべてを燃やし尽くすために。


「灰すら残しはしない」


 轟々と燃えさかる炎は影越しに見ると幻想的ですらある。

 ホタルイカが夜の海を青白く染める光景を思い出した。


 こちらは大きくとも単発なので、やや印象は異なるがね。

 それでも似ていると感じた。


 ただ、向こうとは決定的に異なる点がある。

 ホタルイカは生きようとする生存本能がそれを為す。

 こちらは奴を消滅させるべく浄化の炎を燃やしている。


 それ故に夢魔ベティの霊体がどうにか逃れようと藻掻こうとしているのが鬱陶しい。


「無駄だ」


 そう告げはしたものの影の中に沈み込んだ奴に聞こえはすまい。

 俺にも奴の叫びは聞こえなかったのだ。

 


「灰すら残さないと言ったろう」


 が、影の糸からは奴の足掻きぶりがより増したのが伝わってきた。

 念話を使わずとも俺の意志が影の糸を通じて届いたのかもしれない。


「悪党ほど悪あがきをするものだ」


 そう言ってから俺は苦笑した。


「悪党じゃなくて悪魔だったな」


 悪事を悪事とも思わぬという点では同じなんだろうが。

 悔い改める余地は一片もない点では異なる。

 悪魔と変わらぬ悪党もいたりはするがね。


 何にせよ、本物の悪だ。

 消すことに何の躊躇いも抱かない。


 俺は影操作への魔力を追加する。

 影の糸を倍加させて拘束する網の目をより細かくさせた。


 そんなことをしなくても奴が逃げられないことは分かっていたがね。

 ただ、より脱出が困難になったのは事実だ。

 絶望を与えるという効果は見込める。


 並みの精神力ならば心が折れていただろう。

 しかしながら悪魔というのは、そういう点においては超一流であった。


 どういう状況に追い込まれようと諦めるということを知らない。

 なおも夢魔ベティは暴れようとしたからな。

 影の網はビクともしなかったが。


『悪あがきだな』


「貴様は燃やし尽くす」


 更に抵抗が激しくなるのを感じた。

 俺の言葉を本能的に感じ取ったからだろう。


「これは荼毘の炎ではない」


 この言葉は地獄すら生温いという宣言だ。


「貴様の存在そのものを消し去る浄化の炎だ」


 無茶苦茶に暴れようとする気配が伝わってきた。

「もはや語るまい」

 悪夢と恐れられた某少佐の台詞と被ってしまったが。

 意味合いは違うはず。


 向こうさんには複雑な心中から導き出した決意の中に敵への敬意があっただろう。

 そんなものは俺の中にはない。

 この敵に対して誰がそんな気持ちを抱けるというのか。


 故に奴の行動への返答として聖炎へ魔力を追加した。

 影の網ごと包み込むようにして盛大に炙る。

 そのすべてを燃やし尽くせと念を込めて炙る。


 が、燃えるのは奴だけだ。


『逃げ出す隙など与えはしないさ』



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 程なくして夢魔ベティを消滅させた。

 宣言通りに肉片も霊体も残さぬようにしてな。


「やれやれ」


 思わず溜め息が漏れる。

 一件落着したから出たものではない。

 まだまだ終わりではないのだ。


 後始末が残っている。

 それも大量に。


『ヤバかったよなぁ』


『さすがに焦ったよ』


『立ちくらみがしたとかで誤魔化したけどさ』


『俺も俺も』


『爆発しなかっただけマシだけど』


『それな』


 もう1人の俺たちが騒ぎ出す。

 魔道具がセットされ生きる屍と化した店長たちを見張ってもらっていた面々だ。


「魔道具が止まるとか思わないだろう」


 ということだ。

 思わず愚痴が漏れたとしても、誰も文句は言うまい。


 なんにせよ言葉通りのことが起きてしまった訳で。

 終わりじゃないどころか仕事が増えた。

 気分は最悪という他ない。


 魔道具が一斉に止まった瞬間、パニックになりかけたもんな。

 というか、なった。


 そのせいで倒れた店長たちは、もう1人の俺たちが転送魔法で回収しちゃいましたよ。

 そっくりさんの自動人形と入れ替えたので当面は誤魔化せるけど。


「どうすんのさ?」


 自問するが答えは出ない。


『とっくに死んじゃってるからねえ』


『蘇生は無理だよな』


『どうしようもないだろー』


『それじゃ、困るんだって』


『困ると言われてもなぁ』


『だから、どうしようもないんだって』


『堂々巡りじゃないか』


『そんなこと言っても、なるようにしかならないぞ』


『『『『『だよなぁ……』』』』』


 もう1人の俺たちにしても、こんな具合だ。

 そりゃそうだ。

 全員、俺なんだから。


 こういう時、頼りになるガンフォールはモルトのそばにいるから相談するのが難しい。

 ハマーじゃいまいち頼りにならないし。


「ローズさんや」


 ポン!


 軽快な音を発してローズが実体モードになった。


「くくぅ?」


 何かな? と首を傾げながら聞いてくる。

 用件は想像がついているはずなんだがな。


「どうすればいいと思う?」


「くー?」


 さあ? とか即答で言ってくれましたよ。


「考える気、ゼロとか……」


 ガックリきた。


『それでも相棒かー!』


 と吠えたくなったさ。

 紅茶好きな警部殿の相棒がうらやましくなってきますよ。


「とりあえず」


「くぅーくっ?」


 とりあえず? と俺の顔を覗き込むように聞いてくるローズ。


「休憩しよう」


 倉庫からテーブルと椅子2脚を引っ張り出して座る。


 ズザー


 ローズがヘッドスライディングした音だ。

 場所が荒野だけあって土煙が舞う。

 ガクッ感を見事に表現できていると思う。


 思うが、もうもうと舞い上がるホコリっぽい土煙は鬱陶しい。


「勘弁してくれよー。

 せっかく、紅茶を飲んで休憩しようと思ったのにさぁ」


 言いながら風魔法で土煙を払う。

 ローズはというと……


「ちゃっかり座ってるし」


 いや、椅子を用意したのは俺だけどさ。

 俺の休憩発言にズッコケたんなら何か言ってくると思うだろ?

 それが無くて、お行儀よく座られてしまうとね。


『調子狂うよな』


 とは思いながらも、お茶の用意をしてローズの前にティーカップを置いた。


「はいよ、召し上がれ」


「くーくー」


 やったー、と諸手を挙げて喜ぶローズ。


「……………」


 何処かわざとらしさを感じなくもないがスルーした。

 そうでなくても面倒くさい相手と戦った直後だ。

 俺も自分の紅茶を用意してティータイムを優先する。


「はあーっ」


 一口飲んで大きく息を吐き出した。

 体の中に溜まった鬱憤がそれだけで抜けていくかのようだ。

 まあ、すべてという訳にはいかんがね。


「敵は純粋な脳筋に限るな」


 単純で分かりやすい。

 おバカすぎて疲れることもあるかもしれないが。

 あれこれ読んだり考えたりしなくていいから面倒くさくない。


 ローズもコクコク頷いている。

 鳴かないのは紅茶を飲んでいるからだ。


「面倒な後始末はしなくていいし」


 そう考えれば今回のよりは気疲れしなくて済む。

 シンプル イズ ベストってことだな。


読んでくれてありがとう。

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