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1378 解放と再生と

『来るっ!』


 ドゴッ!!

 蹴り足でクレーターを作り出すだけどころか、後ろに瓦礫を撒き散らしての突進。

 左肩の角を押し出すようにして突っ込んでくる。


 グランダムの初期の戦闘シーンを思い出したさ。

 あれは角のない旧型機だったけどね。


 だが、そんな悠長なことを考えている場合ではなかった。

 一瞬で距離を詰められたからな。


『心臓を串刺しにするつもりかよ』


 そういうところは本能丸出しでも関係ないらしい。

 むしろ、より正確になるようだ。


 それが油断ならないスピードで繰り出された。

 レベルが500に達していようと不意を突かれれば危なかっただろう。

 誰も連れて来なくて正解だった。


『反撃開始だ』


 俺は右手で肩の角を掴んで時計回りに引き込んでいく。

 そして、左の拳を胸に押し当てながら地面に叩き付けるように投げを放った。


 ドゴォンッ!!


 凶暴化した夢魔ベティを地面に落とした。

 だが、派手な音の割に地面は凹まない。

 ひび割れもしない。


 理力魔法で保護したからだ。

 でないと威力が散ってしまうからな。


 その分のダメージは余さず奴の内部へと入る。

 単なる投げではない。

 奴の突進力を利用したカウンターでもある。


 そして押し当てた左拳にもインパクトの瞬間に力を込めた。

 サンドイッチの状態となったことで胸部が圧迫される。


 ゴポッ


 夢魔ベティが喀血した。

 ダメージは確実に通っている。


 それでも奴は動いた。

 ユルユルとした動きではあるがな。

 両手を俺の首へを伸ばしてこようとしているのは首を絞めようということか。


 それをわざわざ待つ義理はない。

 俺の目的は半分まで達成されている。

 残り半分を先に遂行するまでだ。


 押し当てていた左の拳を広げ目的のものを掴む。

 そして奴の手から逃れるように飛び退って距離を取った。


 左の掌を見る。

 血の感触はない。

 吐き出された血は理力魔法でブロックしたからな。


 掌の中には何もなかった。

 他の者にはそう見えたことだろう。


 だが、そうではない。

 存在が希薄になったとはいえ確かに感触はある。


 そして俺には見えた。

 ドス黒い術式の鎖に纏わり付かれた魂が。

 俺の狙いは最初からこれだ。


 チマチマした動きよりも読みやすい状態にして寸分違わぬ位置取りをする。

 そして投げている間に微調整しつつ術式干渉のくさびを打ち込む。

 ガチガチに囚われていたベッキー・ヴェンジェンスの魂を掴んで引っ張り出した。


 鎖が残っているのは未だに契約が有効だからだ。

 まだ体から切り離しただけだからな。


 ある意味、強制的に幽体離脱させたようなものである。

 俺が手を離せば夢魔ベティの中へと戻ってしまうだろう。


 もちろん、そんな真似はしない。

 聖炎で魂ごと鎖を焼く。


 轟々と燃えさかる炎に炙られて実体のない鎖が紙を燃した灰のように崩れていく。

 そして一片たりと残さず消滅していった。


 これで魂の解放は完了だ。

 聖炎で焼いても魂は消えなかった。

 自らの意志で憎しみの渦に飛び込んでいたのなら鎖と共に消えていたはずだ。

 夢魔ベティに囚われ無理やり憎悪を引き出されていたからこそ助かったのである。


 聖炎の浄化作用からは逃れられはしないからな。

 それで、この女の罪が消える訳ではないがね。


 操られた後のことは賛否のあるところだろうが、知ったことではない。

 そのツケを払わせる相手はこの女ではなく夢魔ベティだ。


 それでも罪は残る。

 夢魔ベティに囚われる前からコソ泥の真似事くらいは平然とできる連中だったようだし。

 既に仲間はこの世のものではないが、この女のパーティメンバーも同類だ。


 だからこそ仲間意識が強くあったのだろう。

 悪党すべてがそうだとは言わないが。


「仲間の元へでも行くんだな」


 掴んでいた手を離す。


「あとのことは知らん」


 一瞬、躊躇うような震えを見せた魂だったが。

 その後は迷うことなく上へと昇っていく。

 礼は言わないと強がっているかのようだった。


「ツンデレかよ」


 小悪党に好かれても嬉しくはない。

 向こうにしても本格的な好意ではなく単なる謝意だろうがな。


 なんにせよ数年以上の歳月をかけて、ようやく本当の意味で死ねたのだ。

 満足はしているはず。

 あるいは先に死んだ仲間に会うまでは納得しないかもしれないが。

 そこまでは俺の知ったことではない。


 悪魔のしたことをチャラにするのが俺の目的だったのだし。


『アフターケアは万全じゃないのだよ』


 残りはセルフサービスでどうぞってことだ。

 こっちには、まだ仕事も残っているし。


 そんな訳で俺は目線を下へと戻した。


「さーて、再生はそろそろ終わったか?」


 時間を稼ぐために内部を破壊する一撃を入れた。

 如何に悪魔といえど容易には再生しきれないはずだ。


 夢魔ベティがブルブルと勢いよく頭を振った。

 同時に全身も振るわせている。


 その仕草はずぶ濡れになった犬を想起させた。

 犬の場合は体に纏わり付いた水気を払うのだが、奴の場合は血飛沫だ。


 結構、派手なものである。

 吐き出した血だけではなく体中にできた裂け目から吹き出した血も飛び散ったからな。


 ただ、既に表面の傷はない。

 内部はどうかは分からないが。


「随分とやってくれたじゃないか」


 蓮っ葉な物言いが戻ってきた。

 二日酔いになったかのような怠そうな表情をしている。


 だが、これは芝居と見るべきだろう。

 気怠げに喋ってはいるが、声に張りがある。

 内側の再生も完了していると見るべきだ。


「お陰で目が覚めたよ」


 獰猛な笑みを浮かべる夢魔ベティ。


『礼は拳でってか?』


 向こうが挑発するなら、こちらも返すまでだ。


「ところで、獣みたいな唸り声はやめたのか?」


 夢魔ベティがフンと鼻を鳴らした。


「あんなのは本気でキレて狂化したときだけよ」


 実に不機嫌そうだ。

 仕留めきれると思ってしくじったからか。

 それとも、本人が狂化と呼ぶ状態をみっともないとか恥だと思っているせいか。


「無傷であしらわれたのに同じ手を使うのはバカのすることね」


「そりゃそうだ」


「そんな訳で」


 ニヤリと夢魔ベティが笑った。


「搦め手を使わせてもらうことにしたわ」


「ふーん」


「随分と余裕ぶっているけど気付かないの?」


「は?」


「バカな男ね。

 さっさと私にトドメを刺せば良かったのに」


「貴様に構っている暇がなかっただけだ」


「たかが人間1人にお優しいことで」


 そう言って夢魔ベティは嘲るような高笑いをした。


「既に私が何人も殺しているんだから、今更ねえ……」


「店長クラスの心臓がないことは知ってるさ。

 魔道具で補って無理やり動かしていることもな」


「あら、そこまで突き止めていたの」


 意外だと言わんばかりに目を見開く夢魔ベティ。


「それは見逃す訳にはいかないわね」


「よく言うぜ。

 元から、そのつもりはないだろう?」


「その通りよ。

 悪いけど、おバカな賢者さんにはここで死んでもらうわ」


 夢魔ベティが明確な殺意をぶつけてきた。


「で?」


 俺は1歩前に出た。

 奴の思惑通りにはいかないことをアピールするために。


「どうやって殺すつもりなんだ?」


「っ!?」


 驚愕に凍り付いた顔の奴が飛び退った。

 俺の影に干渉して動きを封じようとしていたようだが、甘い。


 奴が干渉したと思っているのは俺が闇属性の魔法で生み出したダミーだ。

 どんなにダミーを縛り上げようと何の効果もない。


『まあ、大した干渉力じゃないからダミーを動かすのも苦ではなさそうだがな』


 奴に手応えを感じさせるためにあえて動かさずにいただけだ。

 だから俺の自由を完全に奪ったと思ったのだろう。


「何故だっ!?」


 それは驚愕と苛立ちの混じった咆哮だった。


「坊やだからさ」


 一瞬、困惑の表情を浮かべる夢魔ベティ。

 すぐに険のある表情に戻ったがな。

 バカにされたことだけは理解しただろうし。


「おおっと、お嬢ちゃんだな。

 つい、口癖が出てしまった」


 からかうように言ってやると、ギリギリと歯噛みする音が聞こえてきた。


「言ってくれるじゃないかっ」


 吠えるように言い放つ。


「お? また本気でキレて狂化とかいうのをやらかすつもりか?」


「そんな安っぽい挑発に何度も乗りゃしないよ」


 苛立たしげに吐き捨てる。


「その割には随分と御機嫌斜めじゃないか。

 小細工が通じなかったのが堪えているようだな」


「ちっ」


 舌打ちする夢魔ベティ。


「魅了はともかく、影縛りも効かないとはね」


「サキュバスじゃないから魅了は専門外とでも?

 女に不自由させないと大見得を切った割にはショボいな」


「っ!」


「しかも、俺の影に細工するのが本命のつもりだったのか?」


 話にならないと手をヒラヒラさせた。

 俺が1歩を踏み出す前よりも倍の魔力で俺の影を封じに来ていたが……


「これも通じてないな」


「くそっ」


 吐き捨てた奴は自らの影に沈み込んでいく。

 敗北を悟って逃げ出すつもりのようだ。


『動転しているか』


 逃げても意味がないことを失念している。

 まあ、一時的にでも逃がすつもりは毛頭ないけどな。


読んでくれてありがとう。

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