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1377 しつこいのはどっちだ

 宣言通り夢魔ベティが回転を上げて手数を増やしてきた。

 貫手を繰り出すだけで風圧が生じるほどである。

 はた目には残像で腕が無数にあるように見えるかもしれない。


 それでも俺はひたすらに回避する。

 紙一重で躱していくのは苦ではない。


 風圧対策は必要だけどな。

 魔法を使っている訳でもないのに風が牙をむくのだ。

 ひとえに貫手の鋭さ故だろう。


 ミズホ服は丈夫だが大事に使わなければ痛む元である。

 故に風の刃が当たる瞬間だけ理力魔法で受けておく。


 全身を覆うようにしないのは向こうに手の内を晒さないためだ。

 それでも奴に見切る目があるならば、それはそれで収穫となる。

 相手の実力を推し量れるからな。


 今のところは、そういう気配がない。

 が、油断は禁物だ。

 読ませぬために意図して伏せていることだってあり得る。


 こちらの思惑通りの展開に進めるためには、まだ時間が必要なようだ。

 今は序盤といったところだろう。


「しつこいぞっ、人間!」


 唸るように吠える夢魔ベティ。

 苛立ちがピークに達しようとしているらしい。


 つい先程の余裕は何処へ行った?

 まだまだスピードが上がるんじゃないのか?

 それとも下手な小芝居で俺の隙を誘おうとしているのか?


 聞きたくなったが、やめておいた。

 こういうので怒りスイッチが入ってパワーアップされても面倒だからだ。

 なんというか地味に鬱陶しい。


 こういう手合いは手数だけでなく口数も増えるだろうしな。


「どっちがだ?」


 淡々と素で返す。

 夢魔ベティの言ったことは俺も同感だ。


 いや、逆と言うべきなのか。

 俺自身ではなく奴のことがしつこいと感じる訳だからな。


 まあ、それだけなんだが。

 向こうのように苛立ちを感じるほどではない。


「どうなっているのっ!?」


 それは俺に向けられた言葉ではないように思えた。

 絶対の自信を持っていた攻撃のことごとくを躱されているからだろう。


 問いかけをしながらも手は休めないがね。

 こちらも、そのすべてを躱してみせる。


「人間風情がぁっ!」


 口調も苛立ちぶりを如実に物語るものになっていた。


「人間ですが、何か?」


 ちょっと煽ってみた。

 面倒くさいことになるかもとは思ったのだが。

 つい、な。


 フェイントを織り交ぜた攻撃をしてくるものの、読めてしまうから退屈なのだ。


『次、フェイント』


 左のジャブを放ってワンツーのタイミングに見せかけて、左の連撃。

 2撃目は角度を変えて普通は死角となる位置から入らんとしていた。


 それなりに工夫はしているのだ。

 俺にとっては死角にならないけどね。

 エルダーヒューマン舐めんなよってことだな。


 おまけに読むのが容易い。

 当人は気付いているのかいないのか。

 フェイントの前の一瞬、わずかだが癖があるから先読みできてしまう。


 スピードアップする前からこんなだからデータがそろっていて楽々躱せる訳だ。

 現状のスピードで初めてフェイントを織り交ぜ始めたのだとしても同じだとは思うけど。


 とにかく、フェイントだろうが死角からの攻撃だろうが関係ない。

 スレスレで躱しておく。


「くっ!」


 夢魔ベティが歯噛みする。

 普通の攻撃に戻った。


 別にスピードがダウンした訳じゃないがな。

 単調な攻撃という意味だ。

 これも悪い癖のひとつだろう。


 フェイントが躱されることを想定していない。

 躱されようが何だろうがフェイントに次ぐフェイントを入れてくるくらいはしてほしい。


 あと、攻撃手段も代わり映えしないのはどうかと思う。


『貫手ばかりではなぁ……』


 フックやアッパー、打ち下ろしなんかもあるけど、本当に貫手だけだ。

 蹴りも体当たりも頭突きもない。


 位置取りも左右に動くだけ。

 上下の動きがないから肩を見ているだけで腕の振られる角度が分かってしまう。


 それにリズムも単調だ。

 メトロノームのように一定なのはいただけない。

 これならスピードアップする前の方が、まだマシだった。


『目一杯の速さで攻撃すりゃいいってもんじゃないんだがな』


 まあ、それを教えてやる義理もない。


「反撃もできないくせにぃっ!」


「そうかい?」


 再び来た別パターンのフェイントにカウンターを合わせる。

 直撃コースで顔面に入るかと思ったのだが……


「なっ!?」


 夢魔ベティは飛び退って回避した。


「おおーっ」


 パチパチと拍手する。


「よく躱した」


「ふざけるなっ」


「ふざけてはいない。

 反撃のリクエストがあったからな」


「人間風情がぁっ!」


「好きだね、その台詞」


 大事なことでもないだろうに、2回も言いましたよ。


「口癖か?

 随分と下品さんだね」


「黙れっ!!」


 夢魔ベティは相当に苛立っていた。

 それくらいにはなってもらわないとな。

 頭に血が上ってくれた方が都合がいいのだ。


「よくも私を怒らせたな」


「さっきから怒ってるじゃないか」


「本気でだっ!」


 吐き捨てるように夢魔ベティが言った。

 ここまで感情を露わにするとはキレてしまったようだ。


 迷惑な話である。

 攻撃が通じないのを人のせいにするなど逆ギレでしかない。


「があああぁぁぁぁぁっ!」


 突如、夢魔ベティは咆哮した。

 己の体を掻き抱き、尋常ならざる形相で吠える。


「ぐおおおおあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 メキメキと音がした。

 生理的な嫌悪感をもよおすようなグロさを感じさせる音だ。

 骨や関節が砕ける様を強制的に連想させられる。


 それを助長する身悶えを見せる夢魔ベティ。

 故に苦悶の絶叫にも聞こえた。


 やがて奴の体表面に変化が現れる。

 先程は色の変化だったが、今度は違う。

 肩や肘膝から軽く反った角が生えてきた。


 それだけではない。

 肌には爬虫類を思わせる鱗が浮き上がってくる。

 竜のそれとは違う滑り気を感じさせた。


 とはいえ、防御力も並みの鎧を上回っているだろう。


『下手な攻撃は空滑りしそうだな』


 その点も厄介と言えた。


「キシャアアアァァァァァッ!」


 完全に魔物同然の姿になった夢魔ベティが吠えた。

 人のシルエットを残し、人の顔をしてはいる。

 だが、名もなき悪魔の時よりこいつには人を感じなかった。


 もはや獣である。

 人語を解するのかさえ怪しい。


「まるでバーサーカーだな」


 背丈は変わらぬままゆえ狂戦士どもとは比べるべくもない。

 それでもキレっぷりはバーサーカーを真っ先に思わせた。


 ズンッ!


 固い地面に無数のヒビを残すほどの踏み込み。


『来るぞ!』


 というか、来た。

 先程までとは比べるべくもない突進力だ。

 馬鹿げたスピードですっ飛んでくる。


「っとぉ」


 スレスレで回避した。

 思ったよりもスピードが乗っている。


「何だ?」


 奴が膝を抱えて丸まった。

 そのまま前転するように地面を転がっていく。


 ガガガガガガガガガガガガガッ!


 膝や肩の角が地面を削り取りながら制動エネルギーに変えていた。

 突っ込んできた時に想定したよりもずっと短い距離で止まる。


「スパイクタイヤかよ」


 懐かしいものを思い出してしまった。

 日本では舗装路を傷つけ粉塵被害をもたらすとして市場から消えた冬用タイヤ。


 あれに使われるスパイクピンより凶悪な角を制動に使ったのだ。

 止まらない訳がない。


 昔、とあるオリジナルビデオアニメで似たようなのを見た覚えがある。

 あれはホイールから何枚ものブレードが出てくる仕掛けのオリジナル車だったが。

 他にもレバーの切り替えで真横に走ったりも可能だったような気もする。


『まあ、狂戦士化した夢魔ベティとは関係のない話か』


 止まった夢魔ベティがガラガラと瓦礫を落としつつ立ち上がりかけて……


「止まった?」


 中腰よりもやや低い姿勢だ。

 両脚を広げ地面に手をついている様はアメフト選手か相撲取りかといったところだ。

 そこまで体型がガッシリもデップリもしてはいないが。


「グルルルルルル!」


 夢魔ベティが先程までの饒舌さを忘れたかのように唸る。


『おいおい』


 もはや本能丸出しの獣である。

 ここまで来ると狂戦士よりも狂犬の類と言うべきかもしれない。

 そのせいで何を考えているのかはサッパリ分からない。


 威嚇していることだけは分かるが。

 何にせよ本気で怒らせるとこうなるというのは、よく分かった。


 そしてベキベキという音が聞こえてくる。


「なにっ!?」


 一瞬、驚愕させられた。

 まだ変身するのかと。


『丁寧語で喋る宇宙の帝王じゃあるまいし』


 だが、それは早とちりであった。


 ボコッ!


 夢魔ベティの足が地面にめり込んだ。

 ただひたすらに踏みしめていたのだろう。


 次はさっきよりも速く強く。

 奴自身はそんなことを考えている訳じゃあるまい。

 本能が自然とそうさせているといったところか。


「厄介な」


 溜め息しか出ない。

 まあ、律儀に付き合う義理もないのだが。


読んでくれてありがとう。

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