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1372 敵の動機は……

「さて、敵の意図は分かったな」


「はい」


 モルトは神妙な面持ちで返事をした。


「私の暗殺は目的のための一手にすぎません」


 返事はしない。

 モルトの言ったことは認識としては正しいものだ。


 だが、それは聞きたかった答えではない。

 敵の意図するところはなんであるか。

 次の言葉を待つ。


「目的は乗っ取りでしょう」


 クーデターとは言えまい。

 最初からそのつもりで余所から入ってきているからな。


「ああ、そうだ」


 そのあたりはモルトも以前から気付いていた節があるようだが。


「私がいなくなれば色々と動きやすくなると考えたのでしょう」


 乗っ取りであるなら、そう考えるのが順当だ。


「実際はそう簡単にはいかないのですがね」


 モルトがなかなか興味深いことを言う。


「ほう?」


「幹部たちには私が死んだ場合のことを指示してありますので」


「暗殺が疑われる場合は、簡単に長男を後継者として認めるなとかか」


 モルトが軽くだが目を丸くさせた。

 そしてフッと笑みを浮かべる。


「仰る通りです」


 どうやら前々から内部に敵がいることを察していたようだ。

 その割には対応が後手後手に回っている気がするのだけれど。


「ですが、おそらく長男の方が先にダメだったようです」


 モルトが肩を落とすようにして大きく嘆息した。


 裏切ったか踊らされているだけか。

 どういう判断をしているのかは分からない。

 だが、それでも動揺は見られなかった。


 揺らぎのない瞳は血を分けた子であろうと敵であるなら容赦しないと語っている。

 あるいは既にこの世にはいないと考えているのかもしれない。


「先に狙われるとは、私の見立てが甘かったです」


「まるで死んだかのような口振りだな」


 生きているはずだと思ったのだが。

 軽く調べた程度なので鑑定はしていない。

 監視はしているがね。


『詳しく調べる必要があるかもな』


 替え玉なんて、どうとでもなるし。

 原始的な情報伝達手段しかないから、でっち上げるのは難しくないはずだ。


「生きていても死んだも同然です」


 モルトの返事は些か予想外のものであった。


「どういうことだ?」


「親の承諾もなく勝手に婚姻関係を結んだのです」


『勝手なことをしたということか』

 現代日本なら大きな問題にはならないかもしれない。

 成人している者同士であるなら本人たちの合意だけで成立する話だからな。

 少なくとも法律上は。


 が、ここは前の世界の常識が通用しない。

 リーシャたちなどは未成年であるにも関わらず結婚させられそうになったし。

 そのせいで生まれ故郷から逃げ出すことになったほどだ。


 地位のある者であれば家同士の結びつきも重視される。

 モルトの長男も例外ではない。


「婚約者がいたにもかかわらずですよ」


 モルトが語気を強めて言った。


「あー、そりゃ相手の家はカンカンだったろうな」


 モルトが怒るのも無理はない。

 それこそクーデターを起こされたような気分かもな。


「はい」


 思いっ切り表情を渋くさせたモルトが頷いた。

 未だに認めてはいないのだろう。


「せめて婚約者と先に結婚した後であるなら妻を何人娶ろうが構わなかったのです」


 そのあたりは現代日本よりも緩い。

 緩くせざるを得ないのが実情なんだが。


「実務能力が高いからと秘書として雇っていた流れ者を勝手に娶るとは」


 その口振りは苦々しい。

 よほど気に入らなかったのだろう。


「その後の商売についても指示を守らなくなりました。

 帳簿の写しは回ってきていますが、詳細な取り引きの報告はありません」


 宣戦布告と挑発行為とも受け取れるな。

 モルトが苦り切る訳だ。


「思えば、婚姻したとの連絡があった時に相手の身辺調査をすべきだったのでしょう」


『あー……』


 きな臭い話になってきた。

 主犯がこの流れ者の秘書であるのは分かっていたんだが。

 調べ方が直接的ではなかったために背景事情の詳細は分からなかったからね。


 万が一にも警戒されたくはないので周囲を固めてからと思ったのは良くなかったか。


「そのあたりは調べたのか?」


「ええ、一応は……

 最近になってからですが」


 どうにも歯切れが悪い。


「空振りだったようだな」


「その通りです。

 面目次第もありません」


「別に謝る必要性はないと思うが」


 俺は結果を聞いているだけで調査を依頼した訳じゃないんだ。


「雇われる数年前までしか追えませんでした」


「それは見事な経歴の消し方だな」


 そこまで綺麗さっぱりだと、名前だけでなく見た目も変えているだろう。

 現代日本であれば整形手術しか手はない。

 変装じゃ長期間は誤魔化せないからな。


 が、ルベルスは魔法の世界だ。

 外見を誤魔化す魔道具くらいはあるだろう。


 俺も出会った頃のノエルやリーシャたちに自作のものを持たせたからな。

 流れの秘書はダンジョンで見つけたのだと思われる。


『魔道具を作る魔道具もその口か』


 だとするなら数年前より以前に行方不明になった冒険者あたりが怪しいってことになる。


 まあ、そういう者はいくらでもいるからな。

 モルトがそのことに気付いても何者であるかを突き止められるかは微妙なところだ。


「そうですね。

 数年の間にこなしてきたこと考えると驚嘆するしかありません」


「ほう?」


 そのあたりは俺の方でも調べがついている。


 最初は小さな商店に入り。

 能力の高さを買われて取引先へ引き抜かれた。

 それを何度か繰り返して徐々に大きな店へと移っていった訳だ。


 最終的にはモルトの長男が秘書として雇い、数ヶ月で婚姻している。


『そして現在に至る、か……』


 シンデレラストーリーにも程がある。

 そして、それはモルトも同じことを思ったようだ。


「──という具合でして」


 愚痴混じりに調査結果を聞かされた。


「長男と結婚するまでの数年で箔づけと経歴の洗浄をしたか」


 俺が漏らした感想を耳にしたモルトが首を傾げる。

 だが、すぐにハッとした表情となった。


「迂闊でした」


 歯噛みをして唸るモルト。


「箔づけだけではなく信用も同時に得ていたのですね」


「おそらくな」


 評判を上げて信用を積み増していく。

 スタート地点を小さな商店にしたのも引き抜きを前提にしていたからだろう。

 そういう店なら過去の経歴は重視されないしな。


 大きな商会だと簡単には信用されないが、前の店の評判があるなら話は違ってくる。

 複数の商店を高評価で渡り歩けば幹部採用もある訳だ。


 まあ、不可能ではないというレベルの話だがな。

 よほど上手くやらなければ行く先々で評判になどなるまい。


 が、流れ者が短期間で信用を得て結果を出したのは事実。

 元冒険者だとしても高度な教育を受けたことのある者に限定されそうだ。


「胡散臭いと思ったはずなのですが」


 モルトは悔しそうだ。


「尻尾を掴ませるような真似をしない用心深さがあるってことだろ」


「……………」


 モルトが無言で苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ふむ」


 それまでしばらく静かだったガンフォールが声を発した。


「どうした?」


「用心深かったと言うべきではないか、ハルトよ」


 そんな指摘をしてきた。


「ああ、そういうことか」


 敵はあからさまに牙を剥いたのだ。

 魔道具の殺傷力から考えても確実に殺しにきている。

 その代わり発覚するリスクがここにきて浮上してきてしまった。


 いかに強力な隠蔽が施されている魔道具でも隠せないものがある。

 大番頭の足取りだ。


 留守を預かる者たちは何をするために敵の元へと向かったか知っている。

 行方不明となれば、明らかに怪しむはずだ。


 既に動いているしな。

 馬車や馬では時間がかかるので、こちらに到着するのはまだ先だがね。


「今までと違って大胆だよな」


 それまでは細心の注意を払っていたのに勝負に出たとしか思えない。


「あれだけの威力が出せるなら証拠も残らないと考えたのではないでしょうか?」


 モルトがそんなことを言ったが。


「「違うだろうな」」


 ガンフォールとハモった。


「え?」


 モルトが戸惑いに近い表情を見せている。

 即答で否定されるとは思っていなかったからか。

 しかもハモりながらだし。


「ワシには強い恨みが爆発したようにしか思えんのじゃが」


「同感だ」


 モルトに限ってそんなことはないと思いたい。

 が、逆恨みや勘違いから恨まれることだってある。

 モルトに悪意がなくても事故が重なってそうなるということも無いとは言えない。


 根拠はないが、そんな気がした。


「確かにそうかもしれません」


 モルトも同じ思いをしているようだ。


「これまでは周到に時間をかけていたようですが、今回は万が一を考慮していませんし」


 そんな風に言っているが、見ている視線の先はここにあらずといった感じだ。


「何を思う?

 心当たりでも探ろうってのか」


「そうですね。

 恨みと言われると考えざるを得ません。

 商売をしている以上そういうことはあるでしょうから」


 その口振りからは思い当たる特定の相手はいないようだ。


「ただ、ひとつだけ言えることがあります」


「それは?」


「長男に任せた地域は向こうの手中にあるということです」


「そうだな」


「イオはそれを察知して出向いたようですが……」


 大番頭もそれなりの備えをして行ったのだろうが。

 まさか魔道具を使っているとは露知らずってことだな。


 敵の周到さの方が上回っていた訳だ。

 そして、こういう結果になったと。


読んでくれてありがとう。

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