1371 復帰させるのも大変だ
モルトは茫然自失の状態を維持している。
当人はしたくてしている訳じゃないと思うけどね。
「もう少しセーブできんかったのか」
ガンフォールがそう言うのも無理はない。
とはいえ今更だろう。
そもそも説明をする上で必要なことをセーブする訳にもいくまい。
「あれの爆発とトントンに合わせただけだぞ」
抑え込んだ威力にするのは虚偽の説明をすることに他ならない。
刺激のない威力に抑え込んで、これの何倍と口で説明しても伝わるものではないしな。
「ふむ、誤魔化す訳にもいかんしのう」
ガンフォールもそのあたりは理解しているのだ。
ただ、言わずにはいられなかったというだけのこと。
『その気持ちは分かるがな』
それだけモルトの状態は酷い。
「そういうことだ」
「うぅむ」
ガンフォールが悩ましげに唸る。
「とりあえず自力での復帰は、しばらく無理そうだな」
俺たちの会話も耳に入っているのか怪しいほどに固まっている。
「いっそのこと見せぬ方が良かったのではないか」
「今更だろう」
「そうなんじゃが」
分かりきったことをガンフォールに言わせてしまうほどとはね。
「これでもミュート状態にして俺なりにセーブしたんだぞ」
「そうじゃったな」
ガンフォールが遠い目をした。
『その瞳に映っているのは爆発音をそのまま流した時の惨状かもな』
おそらく今以上にモルトの状態は酷いものになったはずだ。
減音しなければ耳もやられていただろうし。
そこはさすがに原音のままにはしなかったと思うけどね。
魔法で治癒させればいいって問題でもないからな。
「おいおい、ガンフォールまで向こうに行くな」
「むぅ、スマン」
ガンフォールが詫びた。
そして頭を振る。
「音が入っていれば、どうなっていたことやらじゃな」
『やはり想像していたか』
「ショックは倍増してたかもよ」
映像と音の相乗効果で精神的な方はもっと堪えていたはず。
「じゃな」
ガンフォールが短く嘆息した。
「これでもセーブしていた方じゃったか」
再び遠い目をするガンフォールである。
「おーい、帰ってこーい」
眼前で手を振る。
「むっ」
我に返るガンフォール。
「頼むから何度もトリップしないでくれよ。
そうでなくてもモルトのメンタルが行方不明状態なのに」
「すまぬ、面目ない」
ガンフォールにしては珍しい失態だと言える。
それだけ動揺しているってことなんだが。
こんな状態ではガンフォールの経験を当てにできようはずもない。
『地味に痛いんですがね』
必然的に俺がしっかりしないといけなくなる訳で。
頼れないとなれば、それはそれで人は無い知恵を絞ろうとするものだ。
しばし黙考することになったものの不意に閃くものがあった。
「そうだ!」
「なんじゃ、唐突に」
ガンフォールがブーブーと文句をいってきたが気にしない。
「便利な魔法があったのを忘れてたんだよ」
「なんじゃと?」
「覚醒の魔法だよ」
これは失神したり眠ったりしている相手にだけ使える魔法ではない。
意識を飛ばして心ここにあらずな状態から復帰させる時にも使えるのだ。
「おおっ、生活魔法のあれか」
消費魔力などから分類上はそうだが、応用の利く便利な魔法である。
さっそく使ってみた。
「はっ!」
モルトがキョロキョロと左右を見た。
何処にいるのかすら失念するほどとは思わなかった。
重症オブ重症である。
『いや、意味が分からん』
1人でツッコミを入れるほど俺も混乱していたようだ。
「消音してこれとはのう……」
ガンフォールが頭を振った。
同感ではあるが、消音しておいて良かったとも思う。
消音結界を張るのが面倒だっただけなんだが。
『何が幸いするか分からんな』
「あの……」
どうにか我に返ったモルトが声を掛けてきた。
「申し訳ありませんでした」
「しょうがないさ。
民間人には刺激が強すぎた」
モルトがやつれた表情を見せている。
「正直、ここまでとは思いませんでした」
溜め息をつく姿は疲れ切っているようにしか見えない。
「想像を遥かに超えていたか」
「はい……」
力なくモルトが笑みを浮かべた。
「こういう時は冒険者の方たちがうらやましいですな」
冒険者であれば荒事に慣れていると言いたいのだろう。
「そうかもな」
俺は同意しかけたのだけれど──
「冒険者でも結果は同じじゃろうて」
ガンフォールが思い違いだと言わんばかりに指摘してきた。
『言われてみれば……』
ビルならともかく、夜明けの鐘の2人はダメそうだ。
「ほとんどの西方人はモルトと同じ状態になるか」
「そういうことじゃ」
わざわざ訂正するようなことでもないかもしれないがな。
ただ、モルトは俺たちの会話を耳にして呆気にとられている。
上には上がいることを認識してもらうという点においては意味があるかもしれない。
結果として先程の幻影魔法の内容を思い出してショックがぶり返す恐れはあるのだが。
そうなった場合は非常にマズい。
またしても復帰させるのに苦労させられることになるからな。
「まあ、なんだ……
こうはならないようにしておいたから心配はいらん」
俺の焦りをガンフォールも察知したのだろう。
「うむ、それは間違いないと保証しよう」
些か慌てたような感じの早口で同意してくれた。
「分かりました」
気を取り直したモルトが重苦しい表情のまま頷いた。
「あれほどの威力ともなればヒガ陛下がお怒りになるのも道理でしょう」
更に話を続けるモルト。
「ですが、本当にあれほどの威力があるのですか?」
そこは一般的な西方人ならば疑問に思うところだろう。
どう返事をしたものかと少し首を傾げたところで──
「あっ、いえっ、ヒガ陛下のことを疑っている訳ではないのです!」
モルトがワタワタし始めた。
「別に怒ってはいない。
説明の仕方を考えただけだ」
「シンプルに肯定するだけで良かったじゃろうに」
ガンフォールには呆れたとばかりにジト目で見られてしまった。
「それだと弱いかなと思ったんだよ」
西方人の魔法に対する認識がかなり弱い方で固定されている気がするのでね。
儀式魔法でもなければ、あれほどの威力が出せるとは思っていなかったはず。
だからこそ信じ難いと言うのだ。
「ミズホの常識は西方の非常識ってな」
「むう……」
ガンフォールが唸った。
心当たりはありすぎるほどにあるだろう。
表情を渋くはさせたが、反論はない。
それを見たモルトがまたしても呆気にとられていた。
俺たちとは認識に隔たりがあることを察してくれたようだ。
「モルトが信じ難いと思うのも無理はないがな。
それだけ高度な技術が使われた魔道具なんだよ、あれは」
「……………」
モルトが絶句する。
「ちなみに爆発しないように処理しなければ、威力はまだ上がっていたぞ」
「なっ!?」
「魔道具に装着者の魔力を吸い上げて溜め込む機能があったからな」
「たった1人を相手に大袈裟なことじゃな」
ガンフォールが嘆息した。
「確実性を上げるためだろ。
結界で防がれることも想定しているんだろうよ」
古代人の作った魔道具から生み出されたものだしな。
「それと爆殺だけに特化しているからとも言える」
「おい、ハルトよ」
嫌な予感がすると顔に書いたガンフォールが呼びかけてきた。
「派生型もあると言うんじゃあるまいな」
「むしろ、こっちが派生型だろう」
「なんじゃと!?」
「過剰な攻撃力であるのは事実なんだし」
「では、本来のものであれば他の高度な使用法があると?」
「おそらくな」
大本の魔道具を見ていないので、どれほどのものが生み出せるか推測するしかないが。
「どういうものがあると見ておるのじゃ」
「ベース部分の術式と組み合わせるなら操り人形とか」
記憶を封じる術式と連動させるだけで良いので術式の容量が極めて少なくて済む。
爆発のための術式より少ないくらいだ。
魔力の吸収や蓄積とかしなくていいからな。
誤爆させないための術式が何重にもあったけど、これも不要だし。
命令者を限定して指令を受ける術式は記憶を封じる術式の方にある。
「それは、ありそうじゃな」
ガンフォールが肩を落として嘆息した。
面倒くさそうに見えるのは実際そう思っているのだろう。
敵がそれを利用するのであれば1人や2人では済むはずがないからな。
「大変じゃないですか」
モルトもそのことに気付いたようだ。
かなり慌てている。
「そんな簡単に作れるようなもんじゃないから安心しろ」
「どういうことでしょうか?」
「一定品質の魔石がそれなりに必要だ」
その点はイオに取り付けられた魔道具からも明らかだ。
「おお、なるほど」
「それとこの魔道具はホイホイ簡単に作れるものじゃない」
仕様を細かく決められる反面、生産性が落ちるのだ。
自動で作れる魔道具の限界と言える。
まあ、説明が面倒だからそこまでは説明しないがね。
こう言っておけば、モルトは職人の能力の限界を想像するはず。
自動生産の魔道具とは夢にも思わないだろうからな。
「俺の見立てでは、おそらく週にひとつが生産上限だろう」
「そういうことでしたか」
モルトは納得して頷いた。
そして恥ずかしそうにしながら小さくなる。
生産性を見落としていたのは商人として恥だと思っているからだろう。
読んでくれてありがとう。




