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1364 何か気付かないか?

 行き倒れていたという男がいる医務室へと入っていく。

 怪我は魔法で治療したが、衰弱した体力までは完全に回復させていない。

 故に男はここで寝かされているのだ。


 ポーションをケチったとかではない。

 素性も明らかになっていない者を万全にするほど我々はお人好しではないのだ。


 これ以上の治療を本人が求めるなら応じるけどね。

 ただ、相応の費用請求もする。


「邪魔するぜ」


 ゾロゾロと同行した面々が続く。


「うっ……」


 ベッドで寝ていた男は呻き声を上げ身じろぎした。

 起きようとしたのだろう。


「そのままで構わんよ」


「すみません……」


 蚊の鳴くような声で謝ってくる。

 芝居っ気は感じない。


 頬は痩けていて顔色も病人のように青いしな。

 ヒゲは生え放題で、行き倒れていたと言われれば納得である。


 ただ、ヒゲ以外は小綺麗な感じだ。

 事前に隊長からは魔法で汚れや匂いを落としたと話を聞いている。

 妥当な判断だろう。


 最初は腐った生ゴミのような臭いがしたという話だし。

 衛兵たちも詰め所内を悪臭で充満させたくなかったのだと思う。


「俺たちはこの国の人間だ。

 それなりの地位にある面々だと思ってもらって構わない」


「え……」


 男が困惑の表情を浮かべるのは予想通りであった。


「行き倒れがいると聞いてな。

 警備の強化も考えなければならない。

 そんな訳で話を聞きに来たという訳だ」


「そうですか……」


 それなりに納得のいく理由だったようで男の顔から不安が薄らいでいく。

 完全には払拭されなかったようだが。


「女性が多いですが……」


 ということだ。


「それに子供もいますし……」


「大人の男ばかりだと威圧感があるだろう。

 見舞いもかねているから、こうさせてもらった」


「それは、何と言えば良いのか……」


「気にすることはない。

 不運に見舞われたようだしな」


「すみません……」


 恐縮することしきりの男。


「謝る必要もないんじゃないのか」


 芝居をしていて俺たちを騙しているというなら、それもあり得るのかもしれないが。

 良心の呵責に耐えきれずにというパターンの場合だ。

 そういう素振りもないけどね。


 単なる謝り体質と考えるほかあるまい。

 弱っているせいで、気弱になっているせいであるとも考えられるだろうか。


「ですが……」


 そう言った男は何やら悔しそうである。


「迷惑をかけていると言いたいのか?」


「はい……」


 男はわずかに首を動かした。

 頷こうとしたのだろう。


「まずは回復に専念することだ。

 色々と気になりはするだろうがな。

 そういうのは体力的な余裕ができてからにすべきだろう」



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 医務室から出て衛兵たちが待機する部屋まで戻ってきた。


「結局、自分だけで喋ってたじゃない」


 さっそくマイカからツッコミが入ったさ。


「そんなことはないだろ?」


「一言か二言で終わってるわよ」


「それで充分だ」


「そうだね」


 ミズキが同意する。


「私達が話すことなんて、そんなになかったよ」


 それはそれで責められている気がするんですがね。


「気にすべきはそこじゃないと思うよ」


「そうじゃな」


 トモさんのツッコミにガンフォールも同意する。


「彼が白かどうかこそ気にするべきじゃないのかい?」


 そしてトモさんが聞いてきた。


「うむ」


 トモさんとガンフォールのやり取りを見てマイカが大人しくなった。


「あの者はハルトの知り合いの部下で間違いないじゃろう」


 ギョロリとガンフォールの目が動く。


「にもかかわらず何もせなんだな」


 凄みを利かせた睨みっぷりは、なかなかの迫力だ。


『ちびるぞ、コラ』


 内心でよく分からない抗議をする。


「何故じゃ?」


 理由があるのだろうと睨みつけてくる瞳が語っていた。

 だが、俺は逆にうちの【鑑定】スキル持ちたちに問いかける。


「鑑定してどう思った?」


「どうって、ホッパーさんのとこの幹部だったわよ」


 脊髄反射的にマイカが答えた。


「マイカちゃん、ハルくんはそういうことを聞いているんじゃないと思うよ」


 ミズキがツッコミを入れる。


「そんなの分かってるけどさー。

 じゃあ、ミズキは何か変だと思ったりしたの?」


「そこなのよねー」


 マイカの反撃を受けて、ミズキは嘆息する。


「何かしっくりこない気はするんだけど……」


 それが何かは分からない。

 最後まで言い切らないのは自信のなさの表れだろう。


「そうだね」


 トモさんも同意する。


「状態異常に陥っている訳じゃなかったし」


「何よ、催眠状態にでもなってると疑ってたの?」


「それは最初に疑ったけど、何ともなかったからね」


「何ともない訳ないじゃろう」


 ガンフォールが呆れたように深く溜め息をついた。


「えー、何か分かったのぉ!?」


 マイカが叫ぶような大声で問いかけた。


「声がデカいわ、バカ者が」


 嫌そうに顔を顰めるガンフォール。


「へへへ、ゴメーン」


 テヘペロで謝るマイカ。


「フン」


 ガンフォールが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 これがハマーだったら確実に拳骨が落ちている。

 なんだかんだ言って女子と子供には甘いのだ。


「それで御老公、何があったのかな?」


 トモさんが問うた。

 ガンフォールがジロリと視線を向ける。

 真顔で見返すトモさん。


「お主はたまに変な言葉遣いをするのう」


 ジト目をトモさんに向けるガンフォールだ。


「この前も好きなガンさんとか言いおったし」


 それを聞いた瞬間にマイカとミズキと視線が合ったさ。


『『『あー……』』』


 言わずとも元ネタが分かろうというものである。

 元日本人組にしか分からないアレだ。


 好きな月照さんとか。

 好きな弾正さんとか。


 トモさんがプロフィール紹介される時に使う持ちネタである。

 月照さんは伝田月照さんで、弾正さんは銀座弾正さんなのは言うまでもない。


「そういうのはいいから教えてよー」


 マイカがガンフォールの腕を掴んで揺する。

 まるで子供の催促だ。


「お主ら、何処まで鑑定できたんじゃ?」


 ガンフォールがそれに応じながらも答えを言うのではなく問いで返した。


「えっ、何よ?」


 マイカが目を丸くさせて驚きの声を上げる。


「もしかして熟練度が足りないの?」


「そういうことじゃないと思うよ、マイカちゃん」


「行き倒れさんのプロフィールぐらいかな」


 マイカとミズキのやりとりを横目にしつつトモさんが答える。


「私も」


 小さく手を挙げながら同じだと答えるミズキ。


「私もよ」


 マイカも、ちょっと不満げではあるが同じように答えた。


「気付かぬのか?」


「「「え?」」」


 ガンフォールに呆れた視線を向けられた2人はキョトンとしている。


『【鑑定】スキルを過信しすぎだよ』


「ちゃんと鑑定できておるのにのう」


 ガンフォールが頭を振った。


「変だとは思わぬのか」


 この場にベル婆がいたなら、今の会話で気付いたはずだ。


「もしかして……」


 マリアが吐息を漏らすのと変わらぬほど小さく呟いた。

 この場にいる面子には、それでも充分に聞こえてしまうんだけどな。

 聞こえないのは衛兵たちくらいのものだ。


 当然、皆が一斉に視線を向ける訳で。


「えっと、あの、その……」


 普段は大勢から注目されることがないマリアがしどろもどろになっている。

 自分が主役になることに慣れていない証拠だ。

 ミズホ国に来る前はクリスに付き従う立場だったしな。


 決して前に出てはいけない身では無理からぬところである。

 裏方の仕事なら、そつなくこなすんだけどな。


 ギャップは大きいと言わざるを得ないが故に──


『ちょっと可愛い』


 などと不謹慎なことを考えてしまうのも仕方のないことだろう。

 当の本人は長女のエリスに縋るような目を向けている。


 そりゃもう必死すぎるほどに「助けて、お姉様」感が全身からあふれていたさ。

 よく見ればガクブルで涙目になってるし。


『そこまでか』


 さすがに可哀相になってきた。

 どうにか助け船を出したいところだが……


「大丈夫よ」


 マリアに頼られたエリスがニッコリと微笑みかける。

 それだけで、マリアの震えが収まっていく。


 俺が動くまでもなかった。

 それでも自信を持って発言ができるような状態ではないんだけどね。

 涙目なのは変わらないし。


 とりあえず守ってもらっていることを実感して心細さだけは解消されただけの状態だ。


「マリアの思ったことを言えばいいわ」


 故にエリスが発言を促しても──


「でも……」


 気弱に躊躇ってしまう。

 でもでもだってちゃんなんだが、それだけではない。


 時折、瞳に力強さが垣間見えたりするのだ。

 どうにか勇気を振り絞ろうという葛藤が見て取れる。


『くあ~っ、可愛ええっ!』


 いじらしさMAXですよ。

 ひたすら消極的だった先程のガブローとは大違いである。

 応援したくてたまらないじゃないですか。


読んでくれてありがとう。

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