1361 ハルト、報告を受けるのに四苦八苦する
「行き倒れだって?」
その報告を聞いたのは、モルトたちにギルドカードを見せた翌朝のことであった。
ガブローから是非とも知らせておきたいと言われて執務室に呼び出されたのだ。
「はい、問題がありましたので報告をと思いまして」
「そういうのはガンフォールに言ってくれないか?」
嫌そうに言うと、ガブローが恐縮する。
「あー、もうっ」
こちらが悪者みたいで罪悪感が体から吹き出しそうなんですがね。
「冗談だってば」
半ば本気で半ば嫌みだったのだが。
まあ、そういう本音を言ってしまう訳にはいかない。
余計にガブローを落ち込ませてしまうからな。
「で、問題ってのは?」
誤魔化すために先を促してみたのだが……
「それが……」
どうにも煮え切らない。
イラッとする。
ガンフォールならどやしつけているところだろう。
「文無しか?
だったら働かせろ」
適当に予想して言ってみる。
行き倒れっていうくらいだから腹を空かせていたのだろうし。
路銀を持っていないことは充分に考えられる。
「いえ、違います」
明確に否定された。
「怪我でもしてるのか?
それなら魔法かポーションでどうにかしろ」
「それも違います」
これもキッパリと否定される。
「いえ、違わなくはなかったんですが解決済みです」
そして訂正された。
まあ、どっちでもいい。
治療できなかったと言われるよりはな。
そんなの厄介ごとでしかない。
魔法で治せないなんて、呪われているぐらいしか思いつかないもんな。
「じゃあ、何なんだよ」
ウンザリしたように問いかける。
ちょっと考えたくらいじゃ問題ってものが思いつかなかったからだ。
思っていた以上に面倒事の匂いがする。
そういう案件は是非ともガンフォールに持っていってもらいたい。
「それが……」
やはり煮え切らない。
「大事なことだから2回言いましたとか言うつもりか?」
今度はジト目でウンザリを上乗せした。
嫌みになろうが何だろうが、何時までも付き合っていられない。
ガンフォールならとっくにキレて拳骨を頭上に落としているだろう。
「いえっ、決してそのような冗談を言うつもりは……」
どんどんガブローが小さくなっていくかのようだ。
そんな姿を見せられると、本当に悪者になった気分になるんですがね?
嫌みとプレッシャーを浴びせているので丸っきり正当性があるとは言わないが。
それでも煮え切らない態度を見せられ続ければ、こうもなろうというものだ。
『容赦なくゴンゴンと人の頭を叩く何処かの爺さんよりはマシだろ?』
そう言いたくなってくる。
「いい加減にしないと帰るぞ。
そして、ガンフォールを呼ぶからな」
「困ります。
これは陛下でなくては……」
「俺じゃないと何なんだ?」
「解決できないかと……」
ジト目さん復活である。
どう考えたって厄介ごと以外の何物でもないだろう。
こういう御指名は勘弁してもらいたいものだ。
本気で帰りたくなってきた。
これで内容を知ってしまったら胃が痛くなるかもしれない。
「ええいっ、さっさと吐けっ」
思わず昔の刑事ドラマのワンシーンのような台詞を言ってしまったさ。
「それとも転送魔法で今すぐにガンフォールを呼び出そうか?」
「そっ、それは御勘弁をっ」
慌てた様子でブルブルと頭を振るガブロー。
『どんだけ自分の爺さんにビビってんだよ』
まあ、脳内判決しだいではハマーが2時間もうずくまる拳骨を落としてくるからな。
無理もないかもしれんが。
「ここにガンフォールがいたら、既に3発は雷付きの拳骨が落ちてるぞ」
ガクブルものでガブローが震え上がった。
本気で恐れている。
『だったら言えばいいのに』
ここまで勿体ぶられると気分が荒んでくる。
本気で帰りたくなってきた。
というか、帰ってもいいよな。
ここまで問題ってのを言わないんだから。
『うん、俺は悪くない』
報告しようとしないガブローが悪いのだ。
「俺も暇じゃないんだ」
昼までは暇だけどな。
「マジで帰るぞ。
なんなら転送魔法で一瞬だ。
そして、スマホは電話もメールも着拒にする」
「そんなっ!」
ガブローが泣きそうな顔になっていた。
『だから、なんで俺が悪者にされなきゃならんのだっ!?』
別に悪党呼ばわりされた訳じゃないんだがね。
それでも他の者が見ていたら俺が悪く見えたことだろう。
本気で勘弁してほしい状況である。
「言わないガブローが悪い」
心を鬼にする。
付き合う気は1ミリしか残っていない。
「5、4──」
予告なくカウントダウンを始めた。
3からじゃなく5からなのは優しさだと思ってもらいたいところだ。
「言いますっ、言いますからっ」
そんなことを言っている暇があるなら問題の中身を言え。
俺はとっくにやる気をなくしているのだ。
え? 元からやる気なんてないだろって?
確かにな。
だが、限りなくゼロに近いのとマイナスでは大いに差があるだろう?
それだけ俺がウンザリしているってことだ。
どれだけ辟易させられているかが分かってもらえると思うんだが。
「3──」
故にカウントを続ける。
途中でカウントダウンを放り出して去らないだけマシだと思ってもらいたい。
『なんだかんだ言って俺も甘いな』
これがガンフォールなら1カウントごとに拳骨を落としていそうだ。
さすがにそれは言い過ぎな気もするが、そんな気がしたのも事実である。
「2──」
ガブローはというと滅茶苦茶なまでに焦っていた。
白状すると言えば俺がカウントを止めると思ったからだろう。
『甘いのだよ』
そういう段階はカウントダウンの前に終わっている。
それにカウント速度を緩めるくらいのサービスはしているのだ。
これ以上の譲歩はしない。
『たとえ血も涙もないと言われてもな』
それとも本当はガンフォールの鉄拳を受けたいのだろうか。
身内であるハマーもその気があるみたいだしな。
「1──」
いずれにせよ次はカウント終了だ。
『とうとう吐かなかったか』
変なところで頑固さを発揮する男だ。
だが、付き合ってなどいられない。
「ゼ──」
「記憶喪失なんですっ」
カウント終了間際になって、ようやく白状した。
『残り秒数がコンマ以下かよ』
スパイ映画でも見ているような気分にさせられる。
時限爆弾の解除シーンが脳内で再生されたせいだろう。
まあ、臨場感はあるけど緊張感は欠片もない。
大勢の観客が見える最後尾の席で見ている感覚とでも言えばいいのか。
何処か冷めた目で見てしまうのだ。
勿体ぶられたせいでモヤモヤしていたからだろう。
ガブローの立場にしてみれば冷や汗もので危機一髪だったのかもしれないが。
こっちとしてはガブローに生暖かい視線を送ってしまう。
白状した内容も微妙だしな。
『記憶喪失かぁ……』
確かに単なる治癒魔法では元に戻せない。
だからといって報告を勿体ぶるほどの事案でもないはずだ。
「報告書には事件本人の記憶がない旨を記載しておくように」
これで済む話である。
ちなみに[事件本人]とは役所で用いられる用語である。
ここで俺が言った報告書は公文書として保管される代物だ。
故にこういう単語を使う。
公文書で保管する以上は内容を厳格に明示しなければならないのでね。
『そういや戌亥市役所で初めて知った時は違和感しかなかったよなぁ』
覚えるべきことが山ほどあったから、気にしている余裕はあまりなかったけど。
そのせいか気付いた時には慣れてしまっていた。
『これがヤバいんだよ』
窓口で「事件本人」とか言ってしまいそうになるから。
一般の市民には馴染みのない単語だから絶対にトラブルになるのは目に見えている。
私は犯人なのかと食って掛かられるのがオチだ。
幸いにして俺は口を滑らせたことがない。
研修で口を酸っぱくして気を付けるように言われたのが効いていたのだろう。
それだけに失敗した誰かがいることを想像させられたけどね。
あるいは意図的に言ったりするのだろうか。
やってられるかと投げ遣りになってトラブルを起こしたりすることは考えられる。
非常勤なんて低賃金だし。
その割に覚えなきゃならないことは山ほどある。
条例や要項が変わったから業務内容が変更になることも少なくないし。
隣の窓口とは覚えることが全然違ったりなんてのも珍しくない。
迂闊にヘルプもできないのが厄介である。
窓口で暇そうとか言われたりするけど楽な訳ではないのだ。
それが外部には見えづらいせいで市民からクレームが入るなんてしょっちゅうだし。
時には罵声を浴びせられることもある。
俺も配布物を紛失したというよく分からない理由で責められたことならあるよ。
渡した後の管理責任を問われても困るんだけどね。
それはカバンの内ポケットに入れているのを忘れていただけだったんだけど。
窓口でカバンの中身を広げられた時は、どうしたものかと思ったさ。
勘違いで済んだは良いものの一斉に視線を浴びて凄く恥ずかしかったのを覚えている。
他にも銀行などでよく見かける朱肉を投げつけられて服を汚されたりとか。
これは他の非常勤の人から聞いた話だけどね。
なんにせよ、俺が告げた指示内容はガブローには意外だったようだ。
その顔には「えっ、それで終わりですか!?」って書かれているようにしか見えない。
返事すら忘れてポカーンとしているくらいだからな。
読んでくれてありがとう。




