1360 なろうと思ってなったんじゃないんだよ
ザックの勢いに負けて声を掛けてしまった。
失敗だと思っても手遅れである。
殴ってでも止めるような危機的状況でもないしな。
食堂でそんなことになることなどあり得ないんだけど。
「冒険者のランクを大雑把に分けると4段階に変えられますぜ」
ドヤ顔で言ってくるザック。
「冒険者ギルドが細かく分けてますがね。
商人ギルドより登録が多いんだから当然でしょうよ。
4段階なら商人ギルドの3段階と比較して考えやすいんじゃないですかね」
自信満々なだけあって発言内容に関してはまともであった。
俺が言おうとしていたことでもある。
「ほう」
思わず声が漏れてしまっていた。
それを耳にしたニヤリとザックが笑う。
地味にイラッとした。
目くじらを立てるほどでもないがね。
『4段階をどう分類するかくらいは説明させるか』
間違っていたらデコピンくらいはしてやろうと目論みつつ──
「そこまで言うからには、どう分けられるのか説明できるよな」
と挑発してみた。
我ながら小さいことだ。
「もちろんだぜ」
ザックは俺の企みに気付いた様子もなくニッと歯を見せて笑った。
これがアニメならキラッと光っていたことだろう。
実にらしくない。
出会ったばかりの頃なら、違和感も感じなかったかもしれないが。
今やザックの中身をかなり把握している状態だ。
よそ行きの格好付けな態度であるのはバレバレである。
要するに見栄を張りたい相手がいるってことだな。
『3姉妹の誰かに惚れたか?』
一瞬、そう思ったが違うようだ。
ザックがチラ見した相手がいるのは事実なんだが。
見たのは姉妹たちではなかったので間違いない。
相手はシードルである。
ザックが女であったなら──
「ショタコンかよっ」
とツッコミを入れてしまっていたことだろう。
まあ、現実は単なる子供好きだとは思うが。
それに加えてメメに対抗意識を燃やしたみたいだ。
シードルがメメに向ける敬意に満ちた視線に嫉妬したらしい。
『子供のリスペクトに踊らされてどうすんだよ?』
そんな風に思わなくはないのだが。
恋愛がらみで嫉妬するよりはマシかもしれない。
ドロドロしたものがない分だけ印象がソフトだからだろう。
とにかく、ザックが張り切っている。
冒険者ランクに関することだから、知識でもメメに張り合えると考えたか。
『果たしてそう上手くいくかな』
自信があるのは誰の目にも明らかな状態ではあるが。
化けの皮がはがれるか否かは、ザックが何処まで明確に把握しているかにかかっている。
分かっていると思っても言葉で説明するとなれば事情は変わってくるからな。
イメージ的にこうというのが染みついているだけなら皮を自分ではがすことになる。
その場合、本人は分かっているのにと歯痒い思いをすることになるだろう。
ちょっと見物じゃないですかね。
『面白い』
シードルに格好つけたところを見せてリスペクトを得られるか。
ザックにとっては勝負所となるだろう。
しくじったとしてもザックが恥をかくだけだ。
大した害にはなるまい。
当人にとっては大損害なんだろうがな。
シードルがどう思うかによってもダメージは変わってくるか。
まあ、だとしてもザック限定だ。
俺やメメには何の影響もない。
「じゃあ、細かく説明してみな」
そのままザックに説明を促した。
このままスルーで終わらせることはできないと判断したからだ。
ザックの鼻息がフンスどころではない荒さになっていたからな。
競馬で言えば入れ込みすぎってところか。
変に却下するよりは喋らせた方が大人しくなりそうという判断も働いた結果である。
が、メメはジト目でザックのことを見ていた。
聞かれてもいないのに出しゃばるなと顔に書いているかのようだ。
とりあえずアイコンタクトでメメを止めておく。
が、同じく目で返されたのは抗議の視線であった。
更に目力で抑え込む。
威圧する格好になるかと思ったけれど必要なことだ。
ここで口論を始められると厄介だからね。
幸いにして、メメは畏縮することはなかった。
抗議のトーンが弱くなったものの、まだ何か言いそうな気配を見せる。
どうしてそこまでしなきゃならんのかとかの愚痴だろう。
それを目配せで黙らせる。
シードルの方を見るように促したとも言う。
やや訝しげにメメがシードルをチラ見した。
そして、メメもようやく理解する。
ザックが子供相手に格好付けしたいだけなのだと。
呆れたように半目になったメメが小さく嘆息した。
どうやら矛を収めてくれたようだ。
そのタイミングでちょうどザックが話し始める。
「赤と白が戦闘が許可されない見習い」
これで1段階。
「で、黄と緑は制限が多いルーキー」
2段階目だ。
「水と青が一般的な冒険者」
3段階目なんだが、ちょっと語弊のある説明の仕方だ。
青ランクに昇格できる冒険者はそんなに多くない。
水ランクのままで現役を引退する者も少なくないからな。
中には青ランクにならないようにしている者もいるようだが。
半強制の優先依頼を受けたくなくて、そうしていると聞いたことがある。
それだけ青ランクの扱いが別格とも言えるのだ。
まあ、ザックは大雑把にと言ってるから間違いではないんだが。
「残りは英雄視されるようなレア冒険者ですな」
最後は更に大雑把な説明になった。
間違ってはいないがね。
一絡げにしてしまうのも青ランクよりレア度が高いが故。
レアとされる上位3ランクの中でも、それなりに開きはあるんだけど。
でなきゃ、モルトでさえ紫ランクを見たことがないなんてことにはならないと思う。
ここでメメが目を見開いた。
どうやら気付いたようだ。
「金クラスの商人は冒険者の紫、黒、茶に相当するのですね?」
「そういうことだな」
「確かに誰でもなれるものではないですね。
そして金クラスの中でもピンからキリまで存在すると」
「そゆこと」
ザックのことはスルーしながら話をする。
説明が終わってからは今まで以上に鼻高々で微妙に鬱陶しいからだ。
「ザックさん、凄い」
シードルは素直に感心していたようだけど。
「いやいや、それほどでも」
謙遜の言葉を口にしてはいるが、本心はそうではないだろう。
胸は大きく反らされ自慢げな態度はありありと分かる。
「さすがはベテラン冒険者ですね」
シードルはわざと言ってるんじゃないのかってくらい感心していたけどな。
微妙なところではある。
芝居だとすれば学芸会レベルの子供くささがないからだ。
天才子役級の域に達しているのは間違いない。
『恐るべし、シードル』
「これくらいは冒険者として常識さ」
ますます調子に乗るザックだ。
お陰でこちらに割り込みをかけてきたりはしないだろうと思われる。
シードルがザックを引き付けてくれている間に話を進めたいところだ。
そして、メメも同じ思いをしていたらしい。
「ホッパーさんは冒険者で言えば紫ランクなんでしょうね」
メメの口からはスルリと自然に言葉が出てきた。
ヨイショするような様子は見受けられない。
「そんなことはありませんよ」
苦笑しながらモルトが言った。
「私の土台など安定感に欠けますからね」
謙遜しているようにも聞こえるが、そうでもなさそうだ。
『これは長男のことを把握しているな』
それでいて放置しているっぽいのが凄い。
剛胆なのか。
投げ遣りなのか。
どちらとも取れそうな反応である。
「それよりも賢者様ですよ」
モルトが話の矛先を変えてきた。
自身の込み入った事情には、あまり踏み込ませたくはないのだろう。
俺も藪を突くつもりはないのでモルトの話題変更に付き合う。
「そうは言われてもな。
どちらのギルドも俺は登録さえできれば良かったんだが」
なろうと思って金クラスや紫ランクになった訳じゃない。
「気が付けば、こうなっていただけだぞ」
まさに「どうしてこうなった」状態なんだが。
「とにかく、俺は冒険者を主体にしているのさ」
あまり真面目に冒険者活動をしているとは言えないが。
商人としてよりは活動頻度は高いはずである。
「商売は道楽でやっているようなもんなんだよ」
国としてはともかく、個人としてはね。
「……………」
メメは「道楽」という言葉にポカーンとしてしまっていた。
モルトでさえ喉を鳴らして笑っている有様だ。
「道楽で金クラスですか。
それは実に愉快ですね」
「そうか?
金クラスになったのなんか、たまたまだぞ」
「たまたまで金クラスにはなれないんですが……」
モルトが苦笑する。
「付き合いのあったドワーフに紹介してもらって試験を受けた結果だ」
「そ、それは凄いですね」
モルトが噛みながら言った。
驚けばいいのか笑えばいいのか分からない。
そんなどっちともつかない顔をしている。
さすがに想定外だったようだ。
何かしら実績を積んだ上で金ランクになったと考えていたのだろう。
その実績が凄いと言われるようなものなら驚かない。
そういう気構えでいたのかもな。
「そういう訳だから騒がないでもらえると助かる」
「分かりました」
頬を引きつらせていたモルトが真顔に戻って頷いた。
夜明けの鐘の2人もコクコクと頷く。
これで充分とは言えないがね。
場所と状況が悪い。
3姉妹の食堂で食事改善の講義を始める前だからな。
今や俺たちの周りのテーブルも受講生状態である。
その面々までは念押しすることなどできないだろう。
仕方あるまい。
こうなることを承知で話をしたのだし。
話が広まって妙なのが絡んできた時は対処するまでだ。
読んでくれてありがとう。




