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1357 ギミックに物欲は刺激されるか

 ラチェット構造の工具の現物をメメに見せた。


「これは?」


「工具の一種だ」


 そう言ってから実演してみせる。

 まあ、ネジを回したり緩めたりをするだけだけどな。


 ジャッジャッ


 ラチェット特有の音をさせて回る工具を一目見るなり、メメは目の色を変えた。


「─────っ!」


 食い入るようにラチェットドライバーを見る。


 ジャッジャッジャッジャッジャッ


 これ以上は回せなくなるまでネジを締め込んでいく。


「魔力は感じない……」


 ブツブツと呟くメメ。

 真っ先にそれを確認したのは無理からぬところか。

 魔道具であるなら感じるはずの魔力の流れを感じないことを確かめてから理解が始まる。


 カチッ


 レバーで回転方向を切り替える。

 今度は逆方向に回してネジを緩めていく。


 ジャッジャッジャッジャッジャッ



「逆転させることも可能……」


 またもメメは呟いた。

 まあ、逆転させるのは余計なことだったかもしれない。

 自転車には組み込まれていないからな。


 だが、実演を続けた方がメメの目の輝きが違った。

 だから回し続けた。


 カチッ

 ジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッ


 メメは見る。

 回転方向が変わろうと見続ける。


「逆に回せば空転……」


 呟きを漏らす以外に余計な言動はない。


 カチッ

 ジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッ


「回転は常に一定方向……」


 カチッ

 ジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッジャッ


「っ!」


 不意にメメが顔を上げた。

 見開ききった目には鋭さを感じさせる輝きがあった。

 何らかの結論に達したのは疑う余地もない。


「これの切り替えがない単純化されたものが自転車に使われているのですね」


「そゆこと」


 自転車のものは別物ということで呼称が異なるけどな。

 このタイミングで説明してもややこしくなるだけなので言わないが。


「内部がどうなっているか想像もつきませんが、魔道具でないのは確認しました」


「そりゃ御苦労さん」


 それだけ理解すれば十分だ。

 腕組みをして眉根を寄せながら首を捻るザックのような者もいるのだから。


「どうなってんだ、こりゃ?

 これが魔道具じゃないってマジか!?」


 不思議で不思議で堪らないらしい。

 興味深げに実演を見ていたのはメメだけではないということだ。


「僕もこんなのは初めて見た」


「私もだよ、シードル。

 色んなものを見てきたつもりだったが……」


 それはホッパー親子も同じである。


「メディナさんは、これの仕組みをある程度は理解できたようですが」


 モルトの言葉を受けてメメは頭を振った。


「そんなことはありませんよ、ホッパーさん」


 メメは自嘲気味に笑った。


「どういう仕組みかはサッパリ分かりません」


 その表情に諦観を覗かせながら頭を振る。


「今日ほど自分の見識が狭いと思ったことはありません」


「そこまで卑下することはない」


 俺がそう言ったところでなんの慰めにもなりはしないが。

 本人が納得しないんじゃあね。


「そうですよ、メディナさん」


 モルトの援護が得られそうなのは収穫だとは思う。


「あなたの豊富な知識には助けられていますし」


「ですが、正しいとは限らないです」


「情報の真贋を見極めるのも商人の仕事ですから」


 モルトが冗談めかして言った。

 笑いながらウィンクさえしている。


 オッサンがするそんな仕草に需要があるのかとも思ったのだが。

 これが、堂に入っていて侮れない。

 大ヒットしている喜劇映画のワンシーンを思わせるほどだ。


『言ってることは無茶振りなんだけどなぁ』


 まあ、自分自身に対してのものだから半ば冗談ではあるんだろう。

 だから仕草と合わせて面白いと感じる。


 しかしながら、それだけではない。

 残り半分はたぶん本気なのだ。

 自分ならばできるという自負を露骨に出さないように配慮しているのだろう。


 柔らかく受け止められるようにすれば反感を買いにくい。

 相手に口先だけだと思わせないコツのひとつと言える。


 絶対ではないがね。

 同じことを大根役者がしても嫌みにしか見えないだろうし。


 この辺りは、さすが商人と言うべきか。

 大根役者な商人も少なくないとは思うがね。


 こういうウィットに富んだことを言えるからこそ、モルトは大商人たり得るのだろう。


『俺には真似できないなぁ』


 する必要性も感じないが。


 え? 商人ギルドの金ランクがそんなことを言っていて大丈夫なのかって?

 いいんじゃない?

 別に商売で成り上がろうとしている訳じゃないんだし。


 個人の商いだけじゃなく貿易とかもするけどね。

 それでもハイエナのごとく儲けようとかは思っている訳じゃない。

 赤字にならないように頑張らないといけないけどさ。


 そのあたりは優秀な人材がいるので心配はしていない。

 ガンフォールとかハマーとか。


 特にハマーは商務長官だ。

 正式にそういう役職がある訳じゃないけど、対外的にはそういうことになっている。

 経験と商才はドワーフたちの中でも群を抜いていると思う。


 年齢の割にガンフォールのお目玉を頂戴することもあるオッサンだけどな。

 将棋が好きすぎるのと余計な一言が玉に瑕ってところか。


 後者に関しては商売の場では注意しているようだけど。

 だったら普段も気を付けろと言いたい。


 が、最近は少し違うように感じている。

 わざとガンフォールに殴られているのではないかと思うようになったからだ。


 トモさんに言わせれば──


「生粋のエ─────ムッ!」


 となるだろう。

 そういうのとも違うと俺は思うんだけどね。


「生粋は生粋でも、かまってちゃんなだけだろ。

 それにガンフォールがいない場では、あんまり気を抜いてないぞ」


「では、ガンフォール限定のMだな」


 どうあってもマゾ認定したいらしい。

 Sじゃないから、それでいいんじゃないかなとは思う。


 本人を前にして言ったりはしないけどさ。

 それに今ここにいない者のことを考え続けてもしょうがない。

 とはいえ【多重思考・高速思考】スキルを使ったので時間的には一瞬だ。


 モルトが俺の方へ振り向く間には終わっている。


「賢者様」


「何かな?」


「自転車を買うことはできますか?」


「何故、俺に聞く?」


「あれをこの国で広められたのは賢者様でしょう」


 ニッコリと笑いながらモルトが返事をした。

 なかなか鋭い。


『そこまで読むとはね』


 自転車の構造をメメに理解させるための説明をしただけなんだが。

 メメはそこまで読み切れていない。

 が、モルトは洞察してみせた。


 この差は大きい。

 商人だから洞察力がなくては二流としてもやっていけないとは思うが。

 それでもギラギラした空気を感じさせずに問い合わせられる者は多くないはずだ。


 隠すことのできる者ならばいるだろう。

 だが、子供のような純粋さで欲しいと言える商人はどれだけいるだろうか。


『エターナルな子供ってことか』


 単に少年の心を忘れていないと言えばいいだけなんだろうが。

 どうにも目の前のモルトは同類の気配を感じる。


『人、それを厨二病患者と言う』


「最初の切っ掛けは作ったが、広めたのはドワーフたちだぞ」


 ウソではない。

 最初に提供した自転車を研究し、彼らなりに試行錯誤して今の自転車がある。


『さっきのは自転車というかセミリカンベントに近いがな』


 リカンベントと呼ばれる2輪車もしくは3輪車がある。

 寝そべるように乗ることが名前の由来だ。

 日本じゃ自転車扱いされるけどね。


 その乗車スタイルから空気抵抗が少なく速く走ることができる。

 反面、立ち漕ぎができないので上り坂などは不得手だ。


 そのリカンベントと普通の自転車の中間形態がセミリカンベント。

 乗車時は脚を斜め前に投げ出すような格好となり、背もたれがないとペダルが漕げない。


 ドワーフたちはそのセミリカンベントに近いものを作った。

 車輪を小さくして、なおかつシートの位置を下げた結果である。

 そのままだとペダルが漕げなくなるので前の方へ持っていった訳だ。


 日本でよく見かける乗車スタイルの自転車も多いが、いずれも車輪は小さめである。

 最高速より登坂能力などを重視したからだろう。


『まあ、色々あるってことだな』


 そのお陰で子供でも乗ることのできる仕様になっているものも少なくない。


「あー、ドワーフはそういうの好きそうですよね」


 モルトが遠い目をしそうになっていた。

 一瞬でドワーフたちが喜び勇んで自転車を作る姿を思い描いたのだろう。


「精度の高い技術を要求されそうですし」


「ドワーフ以外で真似のできる職人は限られるだろうな」


「やはりそうですか」


 そう返事をするモルトは実に楽しそうだ。

 やはり中身は罹患した少年である。

 現代日本に転生したら何かしらのコレクターになりそうだ。


「ですが、ドワーフの職人に直接交渉を持ちかけても売ってもらえないでしょうし」


「工房によって作られるタイプが違ったりするから同じものとも限らんしな」


「そうなんですか!?」


 驚きに目を見張りながらも、モルトは笑顔を絶やさない。

 コレクター魂に火をつけてしまったようだ。


 購入できる可能性が低いと自分で見積もっておきながら、これである。

 いや、入手しづらいと分かっているからこそか。


『これはもう間違いなく生粋のコレクターだな』


 最初はそういうタイプに見えなかったのだが。


「商人ギルドに行って交渉してみな。

 熱意を伝えれば試乗ぐらいはさせてもらえるかもしれん」


「おおっ、そうですか!」


 ますます笑顔を膨らませるモルトであった。


読んでくれてありがとう。

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