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1355 ビビりと脂肪は小さい方がいい

 シャーリーさん、大殊勲である。

 俺は内心で喝采していた。


『本当なら声を上げてといきたいところなんだけどねー』


 それをしなかったのは同席している4人の目があるからだ。

 どう考えても変な人になってしまう。


『シャーリーは注文を受けて厨房へ向かった後だしなぁ』


 褒めるべき相手がいなくなってから褒めるのもなんか変だし。

 これが歌手に対してであるならアンコールということになるんだろうけど。


 生憎とシャーリーは食堂の店員である。

 今日のところはだが。


 とにかく、俺は自重を必要とするほど密かに喜んでいた訳だ。


 え? 大袈裟だって?

 俺には値千金なんだよね。


 ザックとメメの2人のビビりはとりあえず鳴りを潜めたし。

 正確には大いにビビっている状態から様子見ができる程度になったくらいだが。


 今後については経過観察が必要というところだけど、今はそれでいい。

 八方ふさがりで無駄に時間を費やすしかなかった先程よりはね。


 そして、シャーリーのフォローはそれだけには留まらなかったのだ。

 モルトがポーションを飲んでくれたのだよ。


 シャーリーが保証したお陰であるのは言うまでもない。

 俺が手渡しただけじゃ躊躇してたからな。


 それが、どういう心情によるものかは本人にしか分かるまいが。

 飲んでくれるなら何だっていい。


『信用ってのは大事だよなぁ』


 つくづく、そう思った。

 ちなみに代金については貸しひとつってことにしてある。

 モルトが支払おうとする金額と実費との差額が酷かったせいだ。


『桁がふたつ違うのはさすがになぁ……』


 常識を逸脱しているとまでは言わない。

 しかしながら、それを受け入れることはできなかった。


 貰いすぎの範疇は超えている。

 ぼったくっているのも同然だ。


 少なくとも俺はそう感じてしまう訳で。

 俺の精神衛生上、貸しにするしかなかったのである。


 病気になりかけていたモルトからすれば安い買い物なのかもしれないがね。

 寿命が延びたと喜んでいたくらいだ。

 命を買ったとさえ思っていそうである。


 ちなみに昼食が並べられる前に、その場で飲ませた。

 というより、それしかすることがなかったと言うべきか。

 シャーリーが注文を受けて厨房に引っ込むと全員が黙り込むことになったからな。


 護衛の2人は俺をチラ見しては目をそらすことを繰り返しているし。

 ソワソワした感じで居心地が悪そうである。

 その点についてはお互い様だけど。


 向こうは多少の怯えを覗かせ。

 俺はそれに罪悪感を感じて。

 まるでビビりな野良猫が興味を持った人間に近づこうとしているかのような関係性だ。


『この例えは夜明けの鐘の2人には失礼かもしれんな』


 そうは思ったが、何故か連想してしまった。

 というより日本人だった頃の記憶が掘り起こされたと言うべきか。

 このタイミングで思い出すとは思っていなかったが。


 旅先の民宿で竿を借りて釣りをしていた時に、あの猫がふらりと現れたのだ。

 俺が釣った魚に興味を示していたが人間は怖い。

 そんな感じだった。


 結果がどうなったかは、もう覚えてはいない。

 それほど前のことだ。


 ただ、あの何かを語り掛けるような目だけは妙に印象に残っていた。

 そして今日この2人の目とシンクロした訳だ。


 あの日の再現がされるのであれば結果は覚えておかねばなるまい。

 過ちだったかどうかは今日の結果が教えてくれるような気がしたから。


 また似たようなことが起きるはずだ。

 そうしょっちゅうでは困るが、無いとは言えない。

 ならば、どうなるかを見届ける。


 言い方は悪いがデータとして蓄積させてもらう。

 どうなるか現状は読めない。

 故に、この状況は受け身で許容するしかないのだ。


『最善手が分からぬまま下手に動くと悪い結果を招き寄せかねないからな』


 そういう意味では精神的な負荷の少ない現在の状況は望ましいと言える。

 2人のビクビクした感じがかなり薄れている時点でとてもありがたい。


 シャーリーのフォローが入る前の状態のままなんて想像するだけでもゾッとする。

 昼食はきっと味わえなくなっていただろう。

 誰もお通夜より暗い雰囲気の場で食事なんてしたくないはずだ。


 とりあえずは2人から視線を外す必要がある。

 そして話題はない。


 ならばモルトにポーションを飲んでもらって話題を提供してもらうに限る。

 普通のポーションと同じで即効性があるしな。


 結論を言えば大した話題にはならなかった。

 見た目上の大きな変化はなかったからなのは言うまでもない。


 治らなかった訳ではないのだ。

 血管の状態は良くなっているからな。


 お陰で体も少しだけ引き締まった感じになった。

 顔色も少し血色が良くなっている。


 外見上の変化はそれくらいだろうか。

 同席していた者たちは気付くには気付いたようだ。

 ただし、自信を持って指摘するほどではなかったがね。


 シードルが──


「お父さん、ちょっと痩せた……かも?」


 と微妙な聞き方をしたくらいである。


「言われてみれば、坊ちゃんの仰る通りかもしれませんね」


 そしてメメが追随し。


「顔色もわずかですが良くなったようですぜ」


 ザックが追加で指摘する。


「……………」


 だが、モルトに答える余裕はなかった。

 声を掛けられた段階でもポーションの治療は現在進行形だったからだ。

 体内が変化している最中と言っても過言ではない。


 痛みは発生しないように調整されてはいる。

 が、効果発動時の感覚すべてを切っている訳ではないからな。


 おそらくは気持ち悪さを感じているはず。

 というか、そういう表情を見せまいと歯を食いしばっていることしか分からない。

 具体的なところは本人にしか分からないのだ。


『ザワザワした感じで何かが這いずるような感覚なんだろうか?』


 ひょっとするとグニャグニャかもしれないが。

 いくら考えて無駄である。

 この気持ちが分かるのは同じ体験をした者だけだろう。


『サナギとか?』


 そこまで酷いものではないと思いたい。

 血管や特定の臓器が再生したりはするが。

 体内全体がどうにかなる訳ではない。


 別のものに置き換わったりしたら、もはや人間じゃないだろう。

 内臓脂肪だって皮下脂肪に置き換わっただけだし。


『完全に消滅させる方向に持っていくと患者の負担が大きいんだよな』


 そうそう都合良くは行かないのである。

 そんなものができれば痩せ薬を作って販売しているさ。


 特にトモさんに教えれば、地球で製造販売できるし。

 どうなるか見てみたいところだ。

 それ以前に売り出すことができない気がするけれど。


 魔法が使えないと製造できないし。

 トモさんがいないと地球では作れないって訳だ。


『希代の詐欺師として名を残しそうだよな』


 他の者が同じものを作れない時点でアウトである。

 つまり、ジェネリックの製造だって不可能。


 市販薬として無理やり売れば薬事法違反になるのがオチだろう。

 健康食品として売り出す手はあるかもしれないが。

 それも法律に引っかかりそうな気はする。


 いずれにせよ逮捕される未来しかなさそうだ。

 セールマールの世界じゃ楽して儲けることなどできないってことだな。


 こうして考えると、日本って窮屈だったんだなとつくづく思う。

 ルベルスの世界なら、やろうと思えばできるからね。


『あー、でも、やっぱり無理か』


 西方に流通させようとすると大混乱しそうな気がする。

 ミズホ国だと作っても意味はない。

 ぽっちゃりさんも学校に通う間に体型が変わってしまうからな。


 まあ、それもこれも痩せるポーションが作れればの話だ。

 万人に合わせると内臓脂肪を皮下脂肪に置き換えることしかできないので意味がない。


『血管周りの詰まりかけていた部分は綺麗にできるのにな』


 こればかりは何故かと問われても答えようがない。

 あえて答えるなら魔法と同じ効果だから、だろうか。

 細けえことはいいんだよ、てなもんである。


「言っとくが──」


 ようやく表情を緩めたモルトに呼びかける。


「食事が以前と変わらなければ元の木阿弥だぞ」


「はい」


 モルトは神妙な顔で頷いていた。

 痛くはなくても何度も味わいたい感覚ではないようだ。


 見れば、脂汗を滲ませている。

 楽して健康になれるほど世の中は甘くないってことだな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 モルトたちは連日のように3姉妹の食堂へ昼食を食べに来ている。

 昼食限定になるのは朝晩は宿屋で提供されるからだ。


 ただ、宿屋でも教えたことを実践しているとは聞いている。

 規則正しく食べて腹八分目は当たり前。

 栄養価のバランスや血糖値を急上昇させない食べ方なんかも教えた。


 モルトのやる気は本気だろう。

 1週間ほどで見た目にも変化が出ていたからな。


 まあ、ぽってりした感じの顔が少し引き締まった程度の変化ではあるのだが。

 それでも誰が見ても変わったと分かる。

 そのせいか、3姉妹の食堂は痩せることで評判となりつつあった。


『たった1週間でこれとはね』


 以前より女性客の割合が増えたように思えるが、気のせいではなさそうだ。

 ルベルスの世界でも女性の美への執着は変わらないみたい。


 ただ、病的なまでに痩せようという意識はなさそうである。

 それだけ飢餓に対して危機感を持っているってことだろう。

 太りたくはないが、痩せすぎるのは怖い。

 そういう感覚のようだ。


 あと、俺がモルトに講義していると、周囲のテーブルから音が消える。

 食事の手が止まるのだ。

 そして各テーブルに着く面々の耳がピクピクしている。


『周囲を警戒する草食動物かよ』


 モルトへのレクチャーをしながらも内心でツッコミを入れていたさ。

 まあ、聞くなとは言わない。

 モルトからも受講料をもらっている訳じゃないしな。


 終わる頃にはテーブルの位置が変わっているのは御愛嬌ってね。


「頑張るねえ」


「そりゃもう必死ですから」


 必死という単語を使う割には緊迫感のない返事だ。


 だが、ピリピリするよりはいい。

 こういうスタンスの方が長続きするものである。


「それよりも賢者様に何日も付き合わせてしまい申し訳ありません」


「気にすることはない。

 真面目にやる気があるなら大歓迎だ」


読んでくれてありがとう。

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