1354 怖くないですよ?
ビルによる俺の風評被害が酷い。
『一般人に国が滅ぶとか宣伝してるんじゃないよ、まったく……』
まあ、ビルも悪気があって言ったのではないと思いたい。
変な連中に絡まれて面倒事が増えるのを俺が厭っていたせいだろう。
当人にしてみれば気を利かせているつもりのはず。
ありがた迷惑な結果になっているがね。
もしくは小さな親切、余計な御世話状態か。
『もっと常識的な奴だと思ったんだがなぁ』
内心でボヤきたくもなるというものだ。
済んだことなので、受け入れるしか道はないんだけど。
ただ、この先のことを考えると憂鬱になる。
せめて何とも思っていない風を装って、やせ我慢するのが俺にできる精々のことだ。
【千両役者】先生の出番である。
「アイツめ……
盛ってくれるじゃないか」
しょうがない奴だと言わんばかりの感じを出して愚痴っておく。
重くならないようにするのがコツだ。
フンと鼻を鳴らして嘆息すれば、それっぽく見えるんじゃなかろうか。
白々しいのだとしても【千両役者】スキルで補正すれば、どうにかなる。
「ハハハ、そこまで極端だと本気にする者もいないでしょう」
モルトが軽い調子で笑った。
「聡い者だと比喩的な表現だと気付くでしょうけどな」
『ほう……』
「彼は賢者様が滅多なことでは本気で怒らないと言いたかったのだと思いますよ」
そうだとしても、言うことが大袈裟すぎるんですがね。
真に受ける奴がいたらどうするんだと言いたい。
「ただ、万が一にも賢者様が本気で怒ると大変なことになると警告も込められていますね」
『そういうことか』
頻度と程度を短い言葉で巧みに表現している。
モルトはそういう風に解釈していたようだ。
『まあ、本気で国が滅ぶと考える者はいないか』
国同士の戦争でだって、そんなことは頻繁にある訳じゃない。
ビルの話を真に受ける方が普通ではないと考えるべきだろう。
ザックやメメも動揺していないところを見ると、常識的に判断したようだ。
もっとも、それは西方の常識を前提にした場合の話だけどな。
『ミズホ国の常識を知ったら、どうなることやら……』
ちょっと怖いものがある。
「実際、彼はこうも言っていましたからね。
賢者様は怒りっぽいところもあるが、本当の意味で怒ることは滅多にないと」
『怒りっぽいってのは余計だよ』
この場にいないビルにツッコミを入れてしまう。
ザックとメメがここに来て初めて動揺したからだ。
ちょっとしたことで俺を怒らせてしまうんじゃなかろうかと考えてしまったのだろう。
「ちょっと怒ったくらいで何かすることはないさ」
夜明けの鐘の2人に向けて言っておく。
ちょっとビクビクした感じが抜けていないからな。
「そんなので実力行使するとか面倒くさくてしょうがないだろう。
愚痴ったりはするが、それで発散して持ち越さないようにしているつもりだよ」
こう言ってもザックやメメの緊張は解けなかった。
元からさほど心配していないようであったモルトは平気そうにニコニコしているんだが。
商談で色々な相手を見てきた経験があるからか。
冒険者は人より魔物を相手にすることが多いからな。
2人とは大違いである。
護衛を専門にしている冒険者なら少しは違うのかもしれないけれど。
『さて、どうしたものか』
打開策がない。
子供の言い訳と大差ないかもね。
何を言おうとも2人には響かない気がするからだ。
のれんに腕押し、糠に釘ってね。
途方に暮れるしかない状況だった。
その時である。
「賢者様の仰る通りですよ」
不意に声を掛けてくる者がいた。
シャーリーだ。
「「「「っ!?」」」」
急に店の制服を着た店員から話し掛けられて俺以外の4人が驚いている。
「あら、驚かせてしまったみたいね。
そんなつもりは無かったのですけれど、ごめんなさい」
軽く流すシャーリーにザックとメメは護衛という立場を忘れたように呆然としている。
「おや、アナタは──」
モルトは意外だと言わんばかりに表情を変えた。
「ヨハンソンさんじゃないですか!?」
驚きに目を丸くさせつつも口元はほころんでいる。
「久しぶりね、ホッパーさん」
シャーリーは特に驚いてもいない。
一方でモルトは瞳に戸惑いの色が混じり始めていた。
「えー……」
それが証拠に、すぐに言葉が出てこない。
「御無沙汰してます」
どうにか絞り出すように挨拶を返すことができたがね。
ただ、その後の言葉が続かない。
『そんなに意外だったか?』
モルトが知っているはずのシャーリーはブリーズの街の商人ギルド長だったのだろう。
だからジェダイトシティで偶然に再会するとは思っていなかった。
それは分かる。
が、互いに商人なのだから仕入れ先で遭遇することも無いとは言えないのではないか。
そういう想定は普通にしているものとばかり思っていたのだけれど。
『ああ、そういうことか』
ひとつ気付いたことがある。
というより、早々に気付くべきだったと言うべきか。
シャーリーは食堂の制服姿だった。
何の説明もなければ転職したのかと誤解されることだろう。
仮にもギルド長だった者が食堂の店員に鞍替えともなれば……
『そりゃ夢にも思わんな』
いかに経験豊富な商人でも、このギャップは受け止め切れなかったみたい。
かなりの戸惑いがあるようだ。
「ええ、御無沙汰ね」
余裕のあるシャーリーの態度にモルトも発奮したのだろうか。
「その格好は……」
どうにか口を開くことに成功した。
ただし、疑問を途中まで言葉にするのが、やっとという感じではあったが。
少し困ったような表情を浮かべている。
予想外が続いたことで思考がフリーズ気味なんだろう。
「身内の手伝いよ」
微笑みながらシャーリーが切り返す。
一瞬、呆気にとられたモルトであったが──
「そういうことでしたか」
すぐに自力で復帰してきた。
ようやく本調子に戻ったようだ。
「それにしても、よくドーンさんが反対しませんでしたな」
『ドーン?』
誰だっけと記憶を反芻させる。
単にシャーリーだけが知っている相手ということも考えられたが。
俺も覚えがあるような気がしたのだ。
さほど時間をかけることもなく脳内検索に引っ掛かったがね。
ブリーズの現商人ギルド長だ。
『そうか、アーキンの爺さんか』
思い出せない方がどうかしている。
シャーリーの後任として副ギルド長から昇格したのだからな。
最近はブリーズの街にも行っていないので、すっかり忘れていた。
たまに様子見として顔を覗かせるのもいいかもしれないな。
カーラを新しい場所に連れて行くという目的には合致しないがね。
それでも寄り道くらいはしてもいいと思うんだよ。
「ギルド長を辞すれば何をしようと自由でしょ」
そう言いながらシャーリーは軽くウィンクしてみせた。
「ああ、そういえば……」
モルトが自らの記憶を探るように斜め上を見上げるような仕草をした。
「ブリーズの街ではギルド長の交代があったと報告がありましたね」
「今じゃここで暮らす身よ」
「左様でしたか。
ビックリしましたよ」
そう言ってモルトが苦笑する。
「確かに以前の私なら考えられないでしょうね」
シャーリーも自嘲気味の笑みを浮かべた。
モルトは特に焦った様子も見せずに──
「そこまでは言ってませんよ」
穏やかな調子で言った。
「あら、そうなの?」
「そうですよ」
「では、そういうことにしておきましょうか」
台詞だけを拾い上げると嫌みの応酬に受け取られかねない。
が、そういう雰囲気は皆無だ。
むしろ2人とも和やかに話している。
「ヨハンソンさんは賢者様のことをよく御存じのようですな」
「ええ、何度も御世話になりましたから」
『そうか?』
自覚はほぼ無いんですがね。
とはいえ当人がそう思うことまで訂正するのは面倒だ。
貸した覚えのない借りを返そうとするなら話は変わってくるが。
今のところそういう気配はないので放置である。
「なるほど」
満足そうに頷くモルト。
俺には何が「なるほど」なのかはよく分からない。
「カーンさん、メディナさん」
モルトが夜明けの鐘の2人に呼びかける。
それを受けてザックとメメが軽く姿勢を正した。
表情からも程良い緊張感が感じられる。
指示を受けられる体勢になったのだろう。
『お仕事モードには入れるのか』
動揺のほども重症レベルではなさそうだ。
ちょっとホッとしたのは内緒である。
「そう緊張しなくて大丈夫ですよ」
ニッコリと笑みを浮かべるモルト。
一瞬、俺のことを言われているのかと思った。
目線はこちらではないんだけどね。
チラ見もされなかったし。
安堵して気が緩んだ分だけ隙ができていたのだろう。
夜明けの鐘の2人のビクビクぶりに被害妄想が膨らんでしまったのもあると思う。
「こちらの女性はブリーズの街の前商人ギルド長です」
「「えっ!?」」
その驚きはシャーリーの前の肩書きが意外だったからか。
それともモルトの紹介と現在の見た目とのギャップ故か。
どのようにも受け取れそうだ。
本人を前にして失礼であることにかわりはないがね。
それに目くじらを立てるつもりは誰もないらしい。
「この方が賢者様の仰ることに太鼓判を押しているなら大丈夫ですよ」
「「はあ……」」
2人は戸惑いながらも返事をした。
『これでビビらなくなってくれるといいんだけどねえ……』
ともかく、シャーリーのアシストに感謝である。
読んでくれてありがとう。




