1351 食堂に閑古鳥は鳴く
『何の話をしてたんだっけ?』
本来の話はガブローの対応がマズかったところまで。
そこから脱線してしまった訳で。
ガブローが近いうちに悶絶ものの拳骨を貰うことが確定したために話し込んでしまった。
ハマーで2時間あまり苦しんだのだ。
ガブローであれば、どうなることやら。
俺にできるのは心の中で手を合わせることくらい。
『合掌』
それでガブローが拳骨落としを免れる訳ではないがね。
「可哀相な領主の話はこれくらいにしておこう」
とりあえず話を区切ることにする。
「酷っ」
シーオがツッコミを入れてきた。
その割に同情しているようには見えないけどな。
条件反射的に反応しただけだろう。
「そうか?」
「そこは助け船を出すべきじゃないの?」
言いたいことは分からなくもない。
俺もできることなら、そうしたいところだ。
が、それは木を見て森を見ずというもの。
「言っただろ。
ガンフォールはスパルタだって。
助け船を出しても、その分だけ罰が積み増すだけだ」
ガブローが楽になることはないだろう。
むしろ、より痛苦を味わうことになりかねない。
助かったと思った次の瞬間には引きずり落とされるのだから。
俺の言葉を受けた4人が遠い目をした。
どういうことになるのか想像がついたようだ。
「「「「あー……」」」」
そして、長くゆったりとした溜め息をついた。
4人ともが同情と諦観が入り交じったような表情をしている。
「そういうどうしようもない話は置いといてだ」
見えない箱を手に取って横に避けるジェスチャーを入れた。
「そろそろ身のある話をしようじゃないか」
シーオはキョトンとしている。
「身のある話?」
首を傾げながらシャーリーを見る。
「少しは自分で考えなさい」
「えー、おばさんは分かるのぉ?」
「誰がおばさんかっ」
「しまっ」
おそらくシーオは「しまった」と言いたかったのだろう。
だが、最後まで言い切ることが出来なかった。
シャーリーに素早く背後に回られ拳でこめかみをサンドイッチされたのだ。
その状態でグリグリされると──
「いだだだだだだっ!」
こんな具合に感じている痛みを悲鳴に変換するくらいしかできなくなる。
ガッチリとホールドされている訳ではない。
身を捩れば簡単に脱出できるだろう。
が、そうすることは極めて困難であった。
動けば痛みが更に増すような状態だからだ。
「ギャ────────ッ」
失神寸前でグリグリの刑は終わった。
「フンッ、愚か者め」
刑の執行のために回り込んだ時とは対照的に悠然と席に戻り鼻を鳴らすシャーリー。
シーオはテーブルの上に突っ伏すような格好でダウンしている。
地雷原に自ら踏み行ったのだから自業自得というものだ。
ましてや、何度も繰り返されたことであるのはスーやミーンから聞き及んでいる。
『学習能力がないのか』
まるで何処かのイタズラ好きなおちゃらけ亜神を見ているかのようだ。
他に被害者がいないだけ、ずっとマシだけどな。
とはいえ放置しては話が進まない。
治癒魔法を使って痛みのダメージを抜くと、シーオは復活した。
「じゃあ、本題な」
「はいっ」
復活したシーオが挙手した。
「身のある話がなんなのか分かりません」
「……………」
考えるつもりはないらしい。
「目の前の現実をどうするつもりだ?
昼過ぎだというのに閑古鳥が鳴いているような状況だぞ」
「おおっ」
言われるまで失念していたとばかりに目を見開き、ポンと手を叩くシーオ。
「シー姉、ウッカリすぎ」
「悪かったわね」
ミーンの指摘に恥ずかしそうに頬を染めて視線をそらす。
「まあまあ」
スーが仲裁に入る。
ミーンもシーオも喧嘩をしている訳ではないんだけどね。
予防効果を狙ってのことかもしれないが。
その甲斐あってか、聞く体勢には戻って来られたようだ。
「で、何か客を呼び戻す対策みたいなものは考えているのか」
「「「「……………」」」」
全員が気まずそうに視線をそらした。
この様子では無策ということだろう。
「おいおい……」
「だってー」
シーオが唇を尖らせる。
「屋台の方へ行ったお客さんを無理やり引っ張ってくる訳にいかないし」
『なんで、ぼったくりバーみたいな客引きを真っ先に思いつくんだよ』
そのツッコミは内心だけに留め置いた。
「お客さんに声を掛けようにも、肝心の商人がいないですし」
シャーリーまでもが悲観的になっていた。
その割に暗い表情をしていないけどね。
売り上げが低迷して店を畳むことになっても困らないことに気付いたからだろう。
その気になれば冒険者としてやっていける訳だし。
おそらく3姉妹もそれに近いことを考えているはずだ。
さすがに食堂をやめたりはしないだろうけど。
冒険者としての稼ぎで店を維持するとかは普通にやりそうだ。
『危機感ないなぁ……』
無理もないけど。
万全の保険がかけられているようなものだしな。
まあ、そうなるようにしたのは俺なんだけど。
学校を作って3桁レベルになるまで学ばせるってね。
4人とも卒業にはまだ至ってないんだけど。
働きながらだと、どうしても遅れが出る。
長期で休めないからな。
そう考えると、よく頑張っている方だと思う。
「ビラ配りくらいはしても良かったんじゃないか」
「「「「……………」」」」
反応が鈍い。
既に試したのかもしれないな。
「あのぉ」
申し訳なさそうな顔をしてシャーリーが小さく手を挙げた。
「それはもうやったんですがー」
「いない商人を相手にビラを配ってもな」
「ううっ」
「それと、安売りの広告にするとか工夫はしたのか?」
「……営業開始の案内だけです」
シャーリーは気まずそうに返事をした。
『そんなことだろうと思った』
「ポーションを普段より安めにして販売すれば、冒険者は来ると思うんだが?」
「あっ」
「ビラを条件付きのクーポンにして買い占めを防げば客も集められるだろ」
「くっ」
シャーリーはタジタジである。
続いて3姉妹の方を見る。
「同じ手はこの食堂でも使えると思わないか?」
「「「ううっ」」」
3姉妹もそろってションボリさんになってしまった。
かと思ったのだが……
シーオがガタガタと椅子の音を立てながら勢いよく立ち上がった。
「今からでもっ」
本当に考えなしである。
「配るビラがないだろう」
「あっ」
「仮にあったとしても、営業時間中だ。
店から離れた場所へ配りに行く訳にはいかないだろ」
もし、客が大挙して押し寄せてくるようなことがあるとマズい。
シーオの抜けた状態で営業しなければならないからな。
配ったビラがどれだけ効果を発揮するかにもよるとは思うが。
「ごもっとも」
ばつが悪い表情で沈み込んでいくシーオ。
「作る」
ミーンがボソッと呟いた。
「今からか?」
「ん」
「そういうのは客がいない時にやってくれ」
「え?」
キョトンとした表情で見返されてしまった。
どうやら俺のことは客として認識していなかったらしい。
『じゃあ、何なんだよ』
そうツッコミを入れたくなるけど。
ある意味、怖くて聞くに聞けない。
「一応は客のつもりなんだが?」
「……おお」
妙な間があった。
『完全に失念していたな』
それは他の3人にも分かるようで苦笑されている。
『いや、君らも失念してなかったか?』
そう問えばどんな答えが返ってきただろうか。
やぶ蛇になっても面倒なので聞かないけどね。
「それでは、ご注文はいかがいたしましょうか」
何故かシャーリーが聞いてくる。
手伝いだから張り切っているというのもあるとは思うが。
どうにも違和感を感じてしまうんだよな。
店の雰囲気に合っていないというか。
雑貨店にいるような気になってしまうのだ。
慣れてしまえば何とも思わなくなるんだろうけど。
少なくとも今日は無理だろう。
食事をする短い時間で慣れられるとは思えない。
できないことはスルーに限る。
そんなことより何を食べるか決めないと。
「さて、何にしようか」
そう言ったにもかかわらずメニューが俺に渡されることはなかった。
「何でもいいのか?」
「はい」
スーが返事をした。
「今日はこんな状態ですし」
「ならば正月らしいものを食べるとするか」
読んでくれてありがとう。




