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1350 西方人はお正月を知らない

 三が日が過ぎてからジェダイトシティに来てみた。

 内壁の外は休業している店が多かったからな。


 実質的に営業していたのは宿屋と屋台だけだ。

 3姉妹の食堂も年明け後の営業は今日からである。


「よーう、調子はどうだ?」


 そう言いながら、食堂のドアを開けて中に入る。


「「「「いらっしゃいませー」」」」


 厨房にいるはずのスーまでフロアにいた。

 あとシャーリーも。


 それ以外に人はいない。

 推して知るべしな状況である。

 ハッキリ言ってしまうと暇そうだ。


 が、それを口に出してしまうのは無神経というもの。


「陛下」


 まず、シャーリーが歩み寄ってきた。

 3姉妹もそれに続く。

 シャーリーに対して店はどうしたんだという言葉が出そうになった。


 が、食堂の制服を着ているところを見ると手伝いとしてここにいるようだ。

 問うまでもないだろう。

 それよりも問題にすべきことがひとつある。


「あー、ここは外だからな」


 外の部分をやや強調して言った。


『店の中なのに外とはこれ如何に?』


 話がややこしくなるので頭の中だけで呟く。


 まあ、内と外の意味が違うからできる言葉遊びみたいなものだ。

 俺が声に出して言った「外」とは国外のこと。

 もしくは内壁の外側って意味だ。


 内壁の外にある店舗は部外者も利用するから気を付けろってことだね。

 店の外って意味ではない。


 そのあたりを略しているから誤解される余地がある。

 その場合の判別は容易だ。


 ここが店外という意味で受け取れば確実に困惑するだろう。

 あるいは「なに言ってんだコイツ」状態になるはず。


 4人がどういう表情を見せたかというと……

 ほぼ同時に全員がハッと表情を強張らせていた。

 意味は通じたようだ。


 そうなると別の問題が浮上してくる。

 ここで俺以外の客がいるなら、俺のことを陛下と呼ぶのは好ましくない。


 誰が聞きつけているか分からないからね。

 今の俺はお忍び状態で来ているようなものだし。


 時代劇で言うところの貧乏旗本の三男坊と偽っている将軍様か。

 それか遊び人に扮しているお奉行様だな。

 俺の場合は賢者を名乗る国王なんだけど。


 何にせよ今は閑古鳥状態だから聞かれる心配はないので大丈夫。

 客がいると面倒なことになっていた恐れもあると察したシャーリーが顔色を変えた。

 一瞬だけど、顔にしまった感を出して固まったさ。


「申し訳ありません……」


 ションボリと落ち込むシャーリー。


『そこまで落ち込むことないだろうに』


 そうは思うが、特に何も言わない。

 反省が次につながるならば余計な一言は控えるべきだと考えたからだ。


 そんな訳でスーに視線を送った。

 シャーリーが落ち着くのに少し時間がかかりそうなのでね。

 俺がアイコンタクトを送ると察してくれたようだ。


「さあ、どうぞ」


 スーに案内されて奥の席へ向かう。

 そのまま全員で席に着いた。

 客がいないからこそできることだ。


「ちゃんと休めたか?」


「「「「はいっ」」」」


 新年の挨拶とならないのは、三が日の間に彼女らがミズホシティに来ていたからである。

 当然、俺のところにも顔を見せて挨拶していった。

 そして今日から営業再開である。


「見事に客がいないなぁ」


「お休みの間に屋台の方へ流れていったみたい」


 ミーンが言った。


「あー、店舗は軒並み正月休みだったからか」


「そう」


 三が日は宿屋以外で営業している店舗がなかったからな。

 西方人を大いに困惑させてしまったようだ。


「一応は告知したんだよな」


 そのあたりは領主であるガブローに任せていたのだが。


「張り紙や立て札程度の告知じゃ効果が薄かったようね」


 シーオが嘆息した。


「各ギルドは告知対応しなかったのか?」


「商人ギルドは聞かれれば説明はしたみたいですよ」


 そう答えたのはシャーリーだ。


「冒険者ギルドもそんな感じだったわ」


 シーオがそれに続いた。


「あー……」


 思わず天井を仰ぎ見た。


「まるで足りていないな」


 商人は3日もすべての店が閉まると聞けば帰るだろう。

 宿泊費用もかかる訳だしな。


 商人ギルドで商取引の対応をしていたはずだが、それを知らなければ意味がない。


 冒険者も似たようなものだ。

 食堂や食料品店が閉まっているのを見て屋台の方へ流れていく。


 どれだけ休むのか、ちゃんと確認した者は何人いただろうか。

 結果として大半の冒険者がしばらく屋台を利用し続けてしまう訳だ。

 そのうち客が戻ってくるとは思うがね。


 これは文化の違いを甘く見た領主の判断ミスと言える。

 西方人は、お正月という感覚がないからな。

 三が日を休むと聞かされてもピンと来ないはずだ。


「やっちゃったな、ガブローの奴」


 4人がそろって首を傾げた。

 ガブローがジェダイトシティの領主として致命的なミスをしたとは思っていないようだ。


「フォローすれば大きな影響はないと思うのですが?」


 シャーリーが聞いてきた。


「挽回はできるだろう。

 だが、失策であるのは確かだ」


「どなたかに咎められるのでしょうか?」


 今度はスーが疑問を口にする。


「そう言えば、現領主の御祖父様がジェダイト王国だった頃の国王でしたね」


 シャーリーが確認するような視線を向けつつ言ってきた。


「その通りだ。

 スパルタで身内に厳しいタイプだな」


「「「「あー……」」」」


 4人が同時に嘆息した。

 どういう結果になるのか想像がついたようだ。


「お説教」


 ミーンがボソリと呟いた。


「その程度じゃ済まないんじゃない?」


 シーオが憐憫の情を抱いています的な顔で聞いてくる。


「頭に拳骨1発ってところかな」


 俺の言葉にシャーリーとスーが顔を顰めた。

 自分が拳骨を落とされた訳でもないのに痛みを感じているかのようだ。

 ミーンは無反応。

 シーオは目を丸くしている。


「1発で済んじゃうの?」


 たったそれだけかと言わんばかりである。


「先日、ガンフォールの身内がヘマをやってな」


「その人も1発で済んだんだー」


「確かに1発だったが、2時間はうずくまっていたな」


「え゛?」


 シーオが強張った表情を見せた。


「痛みで2時間?」


 ミーンが聞いてくる。


「ああ、頭蓋が割れるように痛かったってさ」


「それは本当に割れたんじゃないですか?」


 シャーリーがしかめっ面のままで聞いてくる。


「割れたり血を流したりはしていない。

 ガンフォール曰く、ひたすら痛い拳骨ってのがあるそうだ」


「怪我をさせずに!?」


「そう、怪我をさせずに」


 たんこぶはできるから厳密に言えば怪我はしていることになるけどな。


「そんなことが可能なの!?」


「この目で見たから間違いないぞ」


 真似をしろと言われたら、できるはずだ。

 ぶっつけ本番だと初回は失敗するかもしれないが。


「あのお爺さん、凄い技を持っている」


 ミーンが妙なことで感心しているんですが。


「ちょっと凄いとは思うけど、技って言うほどのことかしら?」


 シーオが怪訝な表情を浮かべながらツッコミを入れた。


「2時間も人を行動不能にするのは凄い。

 麻痺攻撃に似てるけど、これは痛みによるものだから対抗手段がない」


「言われてみれば……」


 シーオが神妙な表情になって考え込み始めた。


「それは敵には使えないんじゃないかしら」


 スーが人差し指を顎に当てて小首を傾げている。


「どうして?」


 シーオが考えるのをやめて目を丸くしながら聞いている。


「治癒魔法かポーションを使う余地はありそうだもの」


「あ……」


 姉の指摘に、シーオが虚を衝かれた無防備な表情を見せる。

 ミーンも残念そうだ。


「麻痺とは違うんだった」


「それは盲点」


「そうでもないぞ」


「「「えっ?」」」


 俺の言葉に3姉妹が驚きを露わにして一斉にこちらを見た。


 ただ、シャーリーは落ち着いている。

 俺の話からどういう結果になるかシミュレートしていたのかもしれない。


 2時間ほどうずくまったという情報だけで正確に試算できるのか。

 畑違いではあるが、商人として数多くの見積もりを出してきた経験の賜物かもね。


「拳骨を落とされたのはハマーだ。

 アイツが治癒魔法を使うことを考えられぬほど痛みを感じていたからな」


 ガンフォールだって、それを禁じるほど鬼ではない。

 でないと何日かは特大のたんこぶができたままになっていただろうし。


「それに西方では治癒魔法の使い手は限られている。

 ポーションだってタダではないから、相手の行動を制限したい時は限定的だが有効だ」


「限定的?」


 ミーンが首を傾げた。


「麻痺と違って頑張れば声を出せる」


「頑張ればってどゆこと?」


 シーオが聞いてきた。


「声を出した瞬間に更なる激痛に襲われるそうだぞ」


 体験者は語るというやつだ。


「潜入なんかでは使いづらい」


 ミーンがそう言いながら頷いている。


「そゆこと」


 俺がそれを肯定すると他の面々も納得してくれたようだ。

 シャーリーだけは予想通りだったせいか、ちょっとドヤ顔気味ではあったがね。


読んでくれてありがとう。

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