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1331 年末行事の準備

 夜明け前の城の厨房でちょこまかと動く影たちがいた。

 明かりもつけずにガサゴソと。

 つまみ食いするために忍び込んだという訳ではない。


 そのうち色々な音が聞こえ始める。


 ジャ─────ッ

 バシャバシャバシャッ

 シュッシュッシュッ

 トントントントン


 複数の水音。

 何かを擦るような音。

 リズミカルに木を叩く音。


 ボッ!


 やがて厨房内に火が灯った。

 照明ではない。

 コンロに火がついたのだ。


 ボンヤリと火をつけた主の影を映し出す。

 ニヤーっと笑う猫顔が浮かび上がった。


 なかなか不気味な光景だ。

 薄明かりにしかならないせいでホラーチックに見えているだけなんだがな。


 炎が明かりの代わりとしては不充分な仕事しかできずにいる。

 大きな寸胴鍋が周囲を照らすことを許さないためだろう。

 せめて光を遮るものを焼き焦がせとばかりに鍋の下で炎が踊る。


 やがて、厨房から歌声が聞こえてきた。

 薄明かりしかない光景からは想像できないほど明るく弾んだ幼女の歌声だ。


「鰹に~」


「椎茸~」


「他にも~」


「旨味が~」


「たっぷりニャ~」


 子供組である。


「「「「「今日は炊っき出し~」」」」」


 全員がテキパキと動いていた。


「「「「「メニューは豚汁~」」」」」


 大晦日の朝っぱらから元気なことだ。


「「「「「美味しくて笑顔になるよ~」」」」」


 それもそのはず。

 志願して、この場にいるからな。


 眠気を訴える者など1人もいない。

 前日は早めに就寝していたからだろう。


 そのうち窓から食堂へと光が降り注ぎ始める。

 空が白み始めたようだ。


「急ぐニャー」


 ミーニャが皆を急かす。

 理由は──


「炊き出し開始まで時間がないよー」


 シェリーが語った通りだ。


「ギリギリなの」


 ルーシーが調理する手を加速させた。


「「了解~」」


 ハッピーとチーもそれに続く。

 時間に急かされ加速した割には焦る様子が見られない。

 何処か緩い雰囲気がある。


「「「「「お水を入れてー。

     お出汁を入れてー」」」」」


 歌う余裕があるもんな。


「「「「「具材を切ったら煮込むだけー」」」」」


 実に楽しげだ


「「「「「煮込むっ、煮込むっ、煮込むのむぅ~」」」」」


 でも、動作は素早い。

 次々と寸胴鍋が並んでいき火にかけられていく。

 グツグツと煮込まれる幾つもの寸胴鍋。


 徐々に周囲が明るくなっていくが幼女たちに焦った様子は見られない。

 既に火加減を見るだけとなっていたからだ。

 じきに仕込みが完了するだろう。


 あとは炊き出しの現場で味噌を溶くだけである。

 俺は気配を周囲に馴染ませたまま、そっとその場を離れた。


 他の場所でも仕込みが行われているからな。

 直に見て回らないと落ち着けないのは言うまでもない。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 間もなく炊き出しが始まろうとしている。

 大勢の参加者がミズホシティの大広場に集まっていた。


 が、ミズホシティの全住人という訳でもない。

 会場はここだけではないからだ。

 学校の敷地を利用したりして分散している。


 でないとギュウギュウ詰めになるからな。


「並べー、並ぶのニャ~!」


 割烹着姿のミーニャが寸胴鍋を前にして叫んでいた。

 声の大きさの割に必死さはない。

 何処か楽しげだ。


「皆、ちゃんと並んでるよ?」


 同じく割烹着に身を包んだシェリーがコテンと首を傾げる。

 何時か見た光景だ。


『好きだよな、ミーニャも』


 シェリーは覚えていないっぽい。


「ミーニャはそれが言いたいだけなの」


 ルーシーにツッコミを入れられて──


「あれー?」


 ようやく記憶の片隅に引っ掛かるものを感じたようだ。


「「様式美だねえ」」


 ハッピーとチーがそう言って顔を見合わせた。

 そして、クスクスと笑う。

 定番とも言える行動だからこそ面白く感じるみたいだ。


 ちなみに彼女らも割烹着を着込んでいた。

 配膳係も買って出ていたのだ。

 子供組は他のグループの何倍も仕込みを行っていたんだがな。


「作っただけじゃダメなの!」


 ルーシーがフンスと鼻息も荒く力説していたのを思い出す。


「そうニャ、配り終えるまでが炊き出しニャ!」


 小学校の校長先生のようなことを言うミーニャも力が入っていた。


「最後まで頑張るよー」


 シェリーもガッツポーズで気合いを入れていたし。


「「おー」」


 ハッピーやチーも拳を突き上げて、それに応じていた。

 そこまで気合いが入っているのに「休め」とは言えないさ。


『相変わらず仕事熱心なことで』


 以前に比べれば、ちゃんと休むようにはなったけどね。

 炊き出しが終われば半日は時間が空くから休むだろう。


 それでも心配で今朝のように様子を見に行ったりするんだけどさ。


『なんたって[過保護王]ですから!』


 内心でドヤ顔をしてしまう。

 これを堂々と声に出して言ってしまうことは、まだまだできないけどね。


 え? どうせ開き直るなら中途半端なことをするなだって?

 いや、ごもっとも。

 とはいえ豆腐メンタルな俺にはハードルが高いのだよ。


「アナタたち、そろそろ始めるわよ」


 カーラが子供組に注意を促した。


「しかと気を引き締めよ」


 ツバキもだ。

 2人も割烹着姿である。

 というより最古参の面子は全員が割烹着を着込んでいた。


 炊き出しの配膳なのに何処かお祭り感覚である。

 それが顕著に表れているのがキースだ。

 割烹着の上に法被を羽織って捻り鉢巻きまでしているからな。


「さあ、配って配って配りまくるぞぉっ」


 気合いを入れるのはいいが、鼻息が荒いままで収まる気配を見せない。

 そのせいで周囲をドン引きさせているというのに気付いていないし。

 入れ込みすぎである。


「キース、落ち着く」


 ハリーにツッコミと同時にチョップを入れられたほどだ。


「何をするっ?」


 抗議をするが、呆れた様子で目を細めるハリーを見て強くは出られずにいた。


「周りを見ろ」


 促されるままに周囲に視線を巡らせるキース。


「うっ……」


 割烹着を着た配膳組の白い視線が飛んでくる。

 並んでいる国民たちは苦笑いする者がほとんどだ。


 状況を把握できれば、キースのヒートアップした頭も冷えるらしい。

 どうにか落ち着きを取り戻して──


「……すまぬ」


 ハリーに詫びていた。


「分かればいい。

 配膳に集中しよう」


「ああ」


 キースが気合いを入れ直す。

 もちろん、程々のテンションでだ。


 そこまで極端ではないが月影の面々も気合いを入れていた。


「さーて、うちの仕込んだ豚汁が唸りを上げるでー」


 腕まくりのような仕草を見せるアニス。


「料理が唸る訳ないでしょ」


 馬鹿じゃないのとツッコミを入れるレイナ。


「言葉の綾やんか」


「何処がよっ」


「何やねん」


「何よっ」


 あっと言う間に睨み合う格好となった。

 気合いが入っていた分だけ興奮しやすくなっていたのだろう。

 毎度のことではある。


「喧嘩なら余所でやりなさい」


 嘆息でもしそうな表情で止めるリーシャ。


「そうですねー。

 炊き出しの鍋を引っ繰り返されたりしたら困りますー」


 困っているようには見えない表情でダニエラが追随する。


「できれば喧嘩もしてほしくないな」


 ルーリアが残念そうな視線を向ける。


「「そうだよぉ」」


 メリーとリリーの双子がそれに同意した。

 そして、我関せずとばかりに俺の方へ向かって来るノエル。


『止めてとか言うつもりかね』


 建設的な考えかもしれないが、俺としては勘弁してほしい。

 板挟みになるのは目に見えているからな。


「ハル兄」


「どうした?」


「避難してきた」


「仲裁はしなくて大丈夫なのか?」


 ノエルにしては珍しい気がする。


「あれは病気みたいなものだから治らない」


 説得するだけ無駄ってことか。


「それに、喧嘩するほど仲がいいって」


『誰だ? そんなこと教えたの』


 やけに日本的な考え方だ。


「学校で教わったのか」


 まさかと思って言ってみたらノエルはコクリと頷いた。

 元日本人組の誰かが授業内容に組み込んだっぽいな。

 少なくとも俺は覚えがないのだが。


『まあ、いいか』


 教えて害になることでもないしな。

 そんなことより炊き出しの準備を進めないと。


読んでくれてありがとう。

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