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1330 モルトは興味津々だが冒険者は戦々恐々

 食事を続けながらシードルを見た。

 先程から静かなままだったからだ。


 元々から無口な少年だとは思っていた。

 それにしたって気配まで薄いことに違和感を感じたのだ。


 話を聞いていれば驚いたりビビったりするものだと思っていたのだけれど。

 パーティ名の時のようにな。


『……なるほど』


 見れば納得。

 シードルは黙々と食べていた。


 おそらくは話の内容もまともに聞いてはいないだろう。

 食事の没頭する形で周囲を遮断している。


『気配が薄くなる訳だ』


 こういう場合は、より存在感を増す者もいるんだけどね。

 ガッツ食いとかでね。


 シードル少年はそういうタイプではなかったという訳だ。

 そのあたりは商人の息子として教育を受けているのだろう。


 ただ、手と口は止まることがない。

 工場の機械を連想させるような一定の動きで食べ続けている。


 その姿を満足げに見ているモルト。

 その視線すら感じていないように思えるほど視線は牡蠣フライ定食に釘付けだ。

 周りが見えているとは思えない。


 同様に周囲の声や音もシャットアウトされているだろう。


『よほど気に入ったんだな』


 その後は、対照的な食事風景となった。

 ゆったりと満足そうに食べる親子とビクビクしている護衛。


 ザックたちは支払いの心配をしているようだ。

 超のつく高級食材だと勘違いしているのは想像に難くない。


 それを見てもモルトは涼しい顔をしている。

 法外な値段にはならないだろうと踏んでいるのか。

 あるいは支払う自信があるのか。


「支払いの心配はしなくて大丈夫ですよ」


 2人に声を掛けた言葉は後者とも受け取れる。


「は、はひっ」


 メメは声が裏返っていたが、何とか返事をしていた。

 ザックはビクビクしながら頷くだけだ。


『どんだけビビってんだよ』


 2人とも頭の中は真っ白に近いのではないだろうか。

 それでも食事の手が止まらないのは苦笑を禁じ得ない。


『パニックで思考と欲求がバラバラになってるのかもな』


 思考は代金に戦々恐々とする部分。

 欲求は食欲を満たそうとする部分。


 通常であれば思考が欲求を抑制するはずなんだが。

 この様子だと少し格上の魔物と遭遇した時の方が冷静な判断が下せる気がする。


『完全に経験値不足だな』


 冒険者活動とは縁遠い部分だけに無理からぬところはある。

 少しフォローする必要があるかもしれない。


「心配しなくても、大丈夫だ。

 牡蠣は2人が思っているほど高いものじゃない」


 俺からも言ってみたんだが。


「え、ええ……」


 引きつった笑みでどうにか応じようとするメメ。


「そそそ、そうなんでふか」


 今度は返事ができたものの、噛みまくっているザック。

 効果は薄かったと言わざるを得ない。


 モルトを見たが、肩をすくめて苦笑されてしまった。

 その目が打つ手なしと語っている。


『同感だ』


 ただ、2人が食べ続けているのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 食べさせるために説得する必要がないからな。

 変に刺激して食べる手を止めてしまう方が怖い。


 ならば、これ以上の説得は保留にすべきだろう。

 俺は特徴的な仕草を交えて視線を定食に落とした。

 説得より食事を優先しようとモルトに提案したつもりだ。


 それを見たモルトが苦笑しながら頷いた。

 上手く通じたようで、同時に止めていた手を動かし始める。


「それにしても──」


 モルトが食べながら話を振ってきた。


「賢者様は変わった道具を使われますね」


「これのことか?」


 ちょうど御飯を摘まんだ箸を少しだけ掲げるように持ち上げてみせる。


「そうです、そうです」


 感心したように頷くモルト。


「器用なものですな。

 2本の棒だけで食事ができるとは思ってもみませんでしたよ」


「少し練習すれば──」


 御飯を口に放り込む。

 咀嚼する間に味噌汁の中にある具をひとつだけつまみ上げた。

 短冊切りされた大根だ。

 強めに掴むと断ち切れてしまう具材を選んだつもりである。


「これくらいは難なくできるようになる」


 そこまでモルトに伝わるかは微妙なところだと思ったのだが。


「それは興味深いですな」


 楽しそうに笑みを浮かべてジッと見つめてきた。

 俺ではなく箸の先をな。


「柔らかく煮込まれたものまで持てるとは」


「上達すれば生の豆やゴマ粒も摘まめるようになるぞ」


 ツルツルしていたり小さいものを例に挙げてみた。


「ほう、それは凄い!」


 身を乗り出さんばかりの食いつきっぷりだ。

 下手をすると牡蠣フライや米よりも強い興味を持ったかもしれない。


 正直、どうやって牡蠣を獲ってきたのかくらいは聞かれると思っていたのだが。

 食事中に商売の話に深入りしてしまうことを厭った訳でもあるまい。

 箸の話に食いついてきているしな。


 まあ、個人的な興味で話している可能性も否定はできないか。


「箸はボーン商会で購入できるぞ」


「おお、そうですか」


 良いことを聞いたとばかりに笑顔を咲かせるモルト。


「さっそく後で買いに行かせてもらいます」


 即決即断で迷いがない。


「言っとくが大量に買い付けられるような店じゃないぞ」


 忠告したつもりだったのだが、キョトンとした顔をされてしまった。


「えーっと、個人的な買い物なんですが」


 苦笑しながら言われてしまったさ。


「……そうか、ならいい」


「何か誤解させてしまったようで、済みませんな」


「気にしなくていい」


 どちらでも対応できるように鎌をかけたようなものだしな。

 それを言ってしまうと、言い訳くさく聞こえるだろうけど。


「ボーン商会は個人商店だが、品揃えは豊富な方だ。

 箸以外にも余所では変えないような珍しいものを置いていると思うぞ」


「ほほう、それは楽しみですな」


 その後も俺たちは会話を楽しみながら食事を続けた。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「「ありがとうございましたー」」


 シーオとミーンの声に押し出されるように店の外へ出た。

 護衛の2人は食事の後なのに元気がない。


 支払いが済むまでは気が気じゃなかったからだろう。

 その割には残さず完食していたけどな。


 そして、支払ったのはモルトだ。

 護衛に支払わせるようなケチな男ではないのは2人とも分かっていたはず。

 それでも高額な支払いをさせてしまうのは、とか考えていたのかもな。


 実際の代金がそんなに高くないことを確認して見るからに安堵していたさ。

 大仕事を終えた後のような疲労困憊ぶりを披露していたほどだ。


 それだけ心苦しさを感じていたということだろう。

 その点については好感が持てると言えるのだが……


『俺がそんなお高いものを注文したと思われていたのかね』


 最初は心外に感じたさ。

 そう思われているであろうことにションボリもしたし。


 しかしながら、最終的にはしょうがないかとなった。

 この2人は俺の人となりを知らないからね。


 人は未知のものに不安を感じる生き物だ。

 無理からぬところはあると思う。


 じゃあ、モルトもビクビクしていたのかというと、そうではなかったけど。

 さして高額な支払いにならないと読んでいたせいか堂々としていた。

 知らない食材を用いた料理の請求金額がいくらになるか分からなかっただろうにな。


 それでも動揺を見せることはなかった。

 さすが大商人と言われるだけはある。


「ありがとう。

 奢ってもらって済まないな」


 俺が礼を言うと──


「いえいえ、こちらこそありがとうございました」


 モルトもお礼を言ってきた。


「ありがとう……」


 息子のシードルもボソッと呟くようにだが礼を言った。


『何故だ?』


 俺が礼を言う立場なんですがね。

 逆に言われてしまいましたよ?


「礼を言うべきは俺だと思うんだが?」


 訳が分からなくて問うてみた。


「美味しいものを紹介してくださったじゃないですか」


 ヤダなーって感じで笑いながら返事をしてきた。

 息子もうんうんと頷いている。

 見た目は似ていないが、考え方はそっくりだ。


『しっかり親子じゃないか』


 妙なところに感心してしまったせいか、どうでも良くなってきた。

 変に意地を張って言い合いになるのも気分が悪い。

 ならば互いに気分がいいままで終わらせるのがいいだろう。


 ただ、このまま別れたのでは芸がない。


「奢ってもらったついでだ。

 もうひとつ追加情報を進呈しよう」


 ちょっと戯けた感じで言ってみた。

 あまり重い情報ではないことを意識させるためだ。


「何でしょうかな?」


「明日は1年を締め括る日ということで、ミズホ国では大晦日と呼んでいるんだが」


「ほう」


 モルトはニコニコしながら聞いている。


「大晦日の晩には縁起を担いでソバと呼ばれる麺を食べる風習がある」


「ほうほう、これも初耳ですな」


 大した情報ではないのに満足げにしているモルトだ。


「明日の夜は外で食べるとしましょう。

 よろしければ、御一緒にどうですかな?」


「悪いが先約があるんだ」


 大晦日の年越しそばは、最古参の国民たちと食べる予定だからな。


「左様でしたか。

 これは失礼しました」


「いや、また声を掛けてくれるか?」


「もちろんですとも」


 モルトが体全体を使うように頷いてみせた。

 それだけではない。

 一緒になってシードルも頷いている。


 その微笑ましい光景に全員が笑顔になった。


読んでくれてありがとう。

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