1328 ハルトのお薦めと注文後の雑談と
全員が席に着いたところで──
「注文は?」
シーオが聞いてきた。
「俺が注文するが構わないな」
オッサンに確認を取る。
向こうが奢ると言ってるから一応な。
「お願いします。
我々では、どれが良いのか分かりませんし」
そう言ってオッサンは軽く頭を下げた。
そのやり取りを見ていたシーオが──
「あら、だったら日替わり定食がいいんじゃない?」
お薦めを提案してきた。
店員としては普通の対応だろう。
ボリューミーで安いしな。
懐の寂しい冒険者の味方である。
ビルもちょくちょく利用しているらしい。
満足感は店内のメニューの中で随一と言える。
もちろん他の料理に比べて味が劣るということもない。
あまり気味の食材を安価大量に仕入れることで価格を下げているのだ。
そのせいで同じメニューが何日か続いたりすることもあるんだけどな。
日替わりとは何ぞや。
ただ、通常メニューよりも格段に安い。
故に細かなことには目を瞑るしかないだろう。
何も制限がなければ頼むのも悪くないのだが。
「米を食べたことがないから食べてみたいんだとよ」
今回の場合はこれが制限となる。
「そうだったの。
じゃあ、日替わりは無理ね」
シーオの言葉に女魔法使いが首を捻った。
何が無理なのか疑問に思ったのだろう。
「日替わり定食だと御飯は食べられないのよ」
シーオが補足説明する。
「御飯……?」
知らない単語が出てきたことで更に首を捻る魔法使い。
「炊いた米のことだ。
一般的な調理法になる」
今度は俺が説明する。
それで納得したらしく、女魔法使いはペコリと頭を下げた。
しかしながら俺の説明は続く。
「日替わり定食は安価に提供する都合上、パンでしか提供されていない」
外国人にはパンの方が圧倒的に人気が高いからだ。
というより最初から米は敬遠されている。
客の大半は、なけなしの金で食事にありつこうとする冒険者だからな。
見知らぬ穀物を進んで食べようとは思わないだろう。
その上、ジェダイトシティで提供されるパンは西方人の評判を呼んでいる。
柔らかくて旨いパンが安い値段で食べられるってな。
ますます米は選ばれない訳だ。
ライスありのメニューを頼むのは、ほとんどが地元民である。
興味本位で頼む外国人もいるにはいるがね。
そういうのは少数派である。
お金を持っている商人とかが多い。
買い占められても困るので高めの値段設定になっているせいだ。
「米は流通量の都合で国外で提供する場合は高くなっているからな」
「ということは──」
オッサンが割って入ってきた。
皆の視線が集まるのを待ってオッサンが口を開いた。
「この国の方々にとっての主食は、米……御飯ということですかな?」
「ああ、その通りだ」
「興味深いですな。
ますます食べてみたくなりましたよ」
「それは何より」
そう返事をしてからシーオの方を見る。
「という訳で注文だ」
「はいはい」
「牡蠣フライ定食、人数分」
「あら、攻めるわね」
シーオがイタズラっぽく笑う。
俺たちのやり取りを見て護衛のコンビが微妙な表情になった。
不安になったのだろう。
しかしながら、雇い主であるモルト・ホッパーはむしろ楽しげに笑っている。
護衛2人からすると余計な口出しはしづらいに違いない。
「かもしれないな」
人によっては合わない恐れはある。
日本人だった頃の俺が耳にした限りでは──
「グジュッとしてるのが苦手」
「独特の苦みがあるのがヤダ」
「香りが好みじゃない」
という理由で食べられないという者たちがいた。
そんなに多い訳ではなかったが皆無とも言えない程度だったと思う。
故に同じような理由で、ここにいる面子が拒絶反応を示すことも考えたさ。
「だが、牡蠣フライならパンよりも御飯の方が合いそうだろ」
もちろん個人の見解である。
異論もあるだろう。
そこは否定しない。
牡蠣フライバーガーとか旨いもんな。
だが、今は牡蠣フライ定食の気分である。
何よりも米をアピールするためのチョイスだしな。
失敗するかもしれないが、チャレンジするのもありだと思う。
売り込みをするために選んだ訳じゃないのでね。
どうせなら御飯が進むおかずがいいだろう。
そういう意味では丼とかもありかなとは思ったのだ。
ただ、純粋に米の味を知ってもらうには微妙なんだよな。
丼物はどうしても米が汁気を吸ってしまうからさ。
米の味を知ってもらってからでも遅くはない。
気に入ってくれればチャンスはあるはず。
「否定できないわねー」
シーオは幸いにして牡蠣フライにはパンより御飯派だったようだ。
「分かったわ。
牡蠣フライ定食、5人前で」
復唱を耳にした俺は頷いてみせた。
それを見届けたシーオはスルッと俺たちの席から離れていき厨房へと向かう。
程なくして──
「牡蠣定、5人前~」
という声が聞こえてきた。
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注文した料理を待つ間は何もすることがない。
俺はね。
オッサン商人モルトはそうではなかった。
「しかし、驚きましたな」
「何がかな?」
「まさか、アナタがあの有名な賢者様だったとは」
「有名かどうかは知らないが自称させてもらっている」
否定のしようがない。
店内に入った時にシーオが呼んでいたからな。
『否定する意味もないか』
する気もないし。
「俺の名はハルトだ。
好きに呼ぶといい」
姓はあえて名乗らなかった。
「では、私のことはモルトとお呼びください」
こう来るだろうと踏んだからだ。
さっき、ホッパー氏と呼んで違和感を感じていたのでね。
呼びにくいと感じただけのことなんだが。
まあ、個人的な感覚に由来するものだ。
故に目論見通りに話が進んでホッとしたのは内緒である。
その後は連れを紹介された。
同じ食卓を囲むのだし反対する理由はない。
子供はやはりモルトの子だった。
名前はシードルだそうだ。
「こんばんは」
「ああ、こんばんは」
「済みませんな。
息子は口数が少ないものでして」
モルトが恐縮していた。
育った環境などが影響しているのだろう。
だが、それを指摘できるほど親しい間柄でもない。
スルーしておくのが無難である。
モルトは護衛も紹介してくれた。
剣士がザック・カーン。
女魔法使いがメメ・メディナ。
必要かと言われると首を傾げるところだが、紹介するというのを無下に断るのもな。
そう思っていたら昨日の顛末を教えてくれた。
メメにチップを握らせた件だ。
あまりに高額だったためパーティメンバーと一緒に返しにきたそうだ。
モルトが間違えたのだと思ったらしい。
「宿屋に尋ねてきた時は驚きました」
モルトが苦笑いしている。
「何事かと思いましたよ」
その様子だと、かなり驚いたのだろう。
「何しろ、パーティメンバーと一緒でしたからな」
「あー……」
その状況が目に浮かぶようだ。
「たかだかチップを返すのに全員で行くこともあるまいに」
指摘されたザックとメメがばつの悪そうな表情で肩をすくめた。
それを見たモルトが楽しげに笑う。
思い出し笑いの類だろう。
こんな愉快なことはないといった表情だ。
『律儀なのかバカ正直なのか』
悪い奴らではないのは間違いない。
モルトも間違えた訳ではないと主張し受け取ろうとしなかったらしい。
当然のごとく押し問答になる訳で。
『押し掛けられた宿屋にとっては迷惑な話だったろうな』
ザックとメメが居心地悪そうにしているのは、そこを理解しているからだろう。
最初に思い至れば良かったんだがな。
まあ、済んでしまったことだ。
教訓にするしかあるまい。
『大丈夫だろう』
義理堅くて律儀なようだし。
ちゃんと迷惑をかけたことにも気付いているからな。
結局、チップの話は当面の間ザックたちが護衛を引き受けることで話がついたという。
落としどころとしては、そんなものだろう。
その話をしているモルトは上機嫌であった。
ザックたちのような冒険者は滅多にいないから気持ちは分かる。
俺も少しだけ興味が湧いたさ。
もちろん、モルトにもな。
国民として迎えたいと思うほどじゃなかったけど。
今後の付き合いしだいではってところかな。
なんにせよ、いい友人関係が築けそうな気がする。
ちょっと楽しみになってきた。
読んでくれてありがとう。




