1327 商人は奢るのがお好き?
「できれば、その稲という穀物についてお話を伺いたいのですが」
オッサン商人ことモルト・ホッパーが真剣な表情で話を持ちかけてきた。
眼光の鋭さは幾分抑えている。
威圧的にならぬようにという配慮をしているのだろう。
作り笑顔で誤魔化すような真似はしていない。
『商人としては真っ向勝負するタイプか』
口八丁で相手を引っかき回すようなことはないってことだな。
ただ、そういうやり口をする連中に対して警戒を怠ることも忘れてはいないようだ。
お忍びで出歩く理由の一端は、そういう部分にもあると思う。
「話をするのは構わんよ」
「おお、それでは──」
オッサンが話を続けようとするのを俺は手で制した。
「何でしょう?」
「最初に言っておくと、稲の育て方は特殊だ」
陸稲で栽培することも不可能ではないんだけどね。
とはいえルベルスの世界の稲は陸稲にすると土地が疲弊しやすい。
植生魔法なしでは継続しての栽培は、まず無理だろう。
あと、除草の手間も増える。
そんな訳で労力が少なく連作障害が起こりづらい水稲が基本だ。
そして、水田で農業をする西方人はいない。
稲作が行われていないからな。
レンコン、クワイ、ワサビなども栽培されていない。
野生種が自生している程度に留まっている。
もちろん、ミズホ国ではどれも栽培されているがね。
やったことがないということはノウハウがないってことだ。
失敗するのは目に見えている。
収穫ができなければ農民にとっては死活問題である。
それ以前に米を食べる習慣がないのが問題だけど。
たとえ失敗せずに収穫できても買い手がつかないのでは意味がない。
これでは誰も挑戦しようとは思わないだろう。
生活が保障されているなら話は別になってくるとは思うが。
しかしながら、誰がそれを保障するというのか。
売れると分かっているなら手を出す貴族や金持ちがいるかもしれないが。
これだけのことを説明した上で──
「種を手に入れただけでは無駄にすることになるぞ」
と言うと、オッサンのテンションが少し下がった。
「そうなのですか……」
オッサンは思案顔になる。
俺の説明したことを整理しながら考えているようだ。
程なくして納得がいったのか、小さく数回頷いてみせた。
「そう言えば、稲を使った料理も知りませんな」
「……………」
『西方人の常識だと、そうなるかー』
思わず遠い目をしてしまう。
米ではなく稲藁が調理された何かを想像してしまったからだ。
頭の中はネットの掲示板サイトで話題になるようなマズメシのオンパレードになった。
稲藁のサラダ。
稲藁入り味噌汁。
稲藁炒め。
稲藁の燻製。
稲藁の佃煮。
どれもマズそうだ。
佃煮はもしかすると食べられる程度にはなるかもしれないが。
美味しくはならないと思う。
「どうかしましたか?」
「いや、説明不足だったと思ってな」
「何をでしょう?」
小首を傾げるようにしながらも、オッサンの好奇心が再起動しつつある。
「稲から取れる穀物は米と言うんだ」
そのあたりは麦などとは違う。
「ほう、米ですか。
変わっていますな」
オッサンは何が楽しいのかニコニコと笑っている。
「できれば、それを使った料理なども食べたいものです」
「目の前に食堂があるぞ」
「この食堂でも米を使った料理が食べられるのですかな?」
「もちろんだ」
「おおっ」
俺の返答に目を輝かせるオッサン。
中身が子供の状態が復活してきたようだ。
精神年齢が連れている少年よりも幼くなっているかもしれない。
まあ、無表情で控えている少年は見た目よりずっと大人っぽく見えるのだが。
下手をすればオッサンの背後にいる護衛の男女よりも大人っぽく見える瞬間がある。
ということは、オッサンがこの中で最も精神年齢が幼いということになりそうだ。
「でしたら、是非とも私に奢らせていただきたいのですが」
「大袈裟だな」
「そんなことはありませんよ」
ニコニコしたまま否定するオッサン。
「貴重なお話しを聞かせていただきましたし」
「どこがだよ。
大した情報じゃないぞ」
「いえいえ、そんなことはありません。
この国の風習に私の知らない食材。
どちらも懇切丁寧に教えていただきました」
オッサンはこんな風に言っているが、そこまでのものじゃない。
門松や注連縄は買い付けても意味がない。
ミズホ国以外にはない風習だからな。
材料を売り込もうにも相場が分からない。
仮に分かってもオッサンは匙を投げるだろう。
輸送費がかからなかったとしても価格競争には勝てないのだから。
植生魔法様々である。
そうなると、買い付けた値段よりも安くしか買ってもらえない訳で。
買えば買うほど赤字になるんじゃ商売になるはずもない。
あと、稲藁の入手もうち以外ではできないしな。
「どっちも商売には結びつかんだろうに」
「そんなことはありませんよ」
オッサンはニコニコしたまま否定する。
本気でそう思っているようだ。
「土産話なども商売を円滑に進める材料になりますからな」
手持ちの札が増えたと言いたい訳か。
「そこまで言うなら、好きにするといいさ」
「ありがとうございます」
笑みを絶やさず礼を言うオッサン。
『乗せられてるなぁ』
この調子で商売の話になれば、オッサンに有利な条件でも首を縦に振ると思う。
それでいて損をしたと感じる訳でもない気がするのだ。
オッサンと話をしても不愉快にはならなかったしな。
聞き上手だからか。
決して口が上手い訳ではないのだけれど。
だが、俺から話を引き出せている。
不思議なオッサンだ。
人当たりの良さで成し得ているのだろう。
オッサン以外が同じように話しても、この結果にはなるまい。
どこかで相手を警戒する瞬間があっただろうしな。
商人にしては擦れていないのが珍しくも面白い。
『こんなのでよくぞ騙されないものだ』
思わず感心させられてしまった。
人を見る目は確かなんだろう。
ひょっとすると警戒すべき相手には、こういう態度ではないことも考えられる。
それと情報収集を何より大切にしているというのも理由のひとつか。
『まあ、いいか』
俺はオッサンに促されるまま食堂へと入った。
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「「いらっしゃいませ」」
聞き慣れた少女2人の声によって出迎えられる。
「あら、賢者様じゃない」
「久しぶり」
店内で出迎えたのはシーオとミーンの姉妹だ。
長女のスーは厨房なのでこの場にはいない。
「よう」
気安い感じで2人と挨拶を交わす。
店内を見渡すが人がまばらだ。
夕食には少し早い時間だからだろう。
あと1時間もすれば賑わいを見せるはずである。
「今日はお連れ様がいるのね」
そう言いながらも奥の方へ案内を始めるシーオ。
ミーンは無表情で突っ立ったままだ。
『接客する気あるのかな?』
と思うくらい無気力感あふれる姿である。
「まあな、さっき知り合ったばかりだが」
「そうなんだ」
世間話をしながらも流れるような所作で席へと誘導された。
「こちらの席にどうぞー」
案内されたのは店内の一画にある円卓だ。
全員が座れるようにという配慮がされた結果だろう。
他は4人掛けの席が多い。
「はいよ」
俺が適当に席に着くと、オッサンが向かい合う席に着いた。
少年がその隣。
護衛の2人は立ったままだ。
護衛の仕事中だからか。
この様子だと食事は帰ってからするつもりなんだろう。
さして不満を抱いたりもしていないのは表情からも分かる。
護衛の仕事に慣れているみたいだな。
「君たちも座りなさい」
オッサンが2人に声を掛けた。
「一緒に食事をしないと晩御飯抜きになってしまうよ」
2人は困惑しながら視線を交わした。
「よろしいのですか、ホッパーさん」
女魔法使いの方が躊躇いがちに聞いてくる。
「もちろんだとも」
さも当然とばかりにオッサンは返事をする。
それを聞いた女魔法使いは──
「分かりました」
特に迷う素振りもなく返事をした。
「では、失礼します」
剣士に目配せすると立ち位置を入れ替わってオッサンの隣の席に座った。
「失礼しまっす」
そして剣士は少年の隣に座る。
2人で護衛対象を挟む格好だ。
結果として剣士は俺の隣席である。
いざという時に即応して壁役になるためだろう。
その間に女魔法使いがオッサンをカバーしつつ魔法を使うってところか。
フォーメーションを考慮して着座するあたり気を抜いていないのは明らか。
にもかかわらずピリピリした空気は発していない。
俺に対する警戒を解いた訳ではないが危険度は低いと見られているようだ。
『慣れてはいるが、まだ甘いな』
オッサンが席に着いた時点で立ち位置を入れ替えておくべきだった。
そうすれば自然な形で2人も着座できたはずである。
おっさんに着座を促されるとは思っていなかったからだろう。
雇われたばかりで雇用主の言動を予測できなかった部分はあると思うが。
そのあたりも見越して動けるようになれと要求するのは酷かもしれない。
2人ともベテランと言うには、まだ若い気がするし。
『さて、どんな晩餐会になるやら』
トラブルにはならないと思いたい。
読んでくれてありがとう。




