134 予想以上?
改訂版です。
新国民組が魔法を使えるようになったからといって特訓は終わりではない。
所詮は生活魔法の種火である。
これは内包型の魔法の出発点にすぎない。
そんな訳で新国民組の空想力を鍛えるべくアニメや特撮の動画を見せまくる。
動体視力を鍛えつつ時間を節約するため再生速度を3割増しにした。
慣れてきたら更に早くするつもりだ。
「こんなん見ててええの?」
アニスが困惑の面持ちで聞いてきた。
こんなことをしている暇があるなら魔法の練習をもっとすべきと言いたいのだろう。
「もちろん。こういうのを視聴しておいた方が魔法をスムーズに使えるようになるんだよ」
「ホンマかいな」
半信半疑であることを隠しもせずアニスはツッコミを入れる。
「それは、この後で魔法の練習をすれば分かるさ」
確実に手応えが違ってくるはず。
特にノエルは放出型で種火より威力のある魔法が使えたから差異には敏感だと思う。
なお、殊勝なことを言っていたアニスも上映が始まれば皆と一緒になって食い気味に見入っていた。
新旧は混在させたが気にならないようだ。
自由な発想が妄想に結びつくようにと選んだので魔法を使っていない作品も多い。
中にはロボットアニメや変形する車のレースアニメとかもあった。
特撮は定番の変身するやつから怪獣ものまで色々入れたよ。
おかげで俺の変身の元ネタもバレたけど。
あれやこれやと見るから1日や2日で終わるはずもない。
目が疲れるとかの問題は合間に回復ポーションを使って解決。
もちろん動画鑑賞だけではなく間に実習も入れている。
種火の次は妖精組との差が少しでも埋まるようにと身体強化にチャレンジ。
レベルの問題もあって追いつけはしないのだけど、制御と維持の両方が鍛えられたので現状では文句なしだ。
レイナはぶりぶり文句を言ってたけど。
「なんで、この程度なのよぉー!」
王城の外周部を今までにないスピードで駆け巡りながら怒るという制御力が乱れそうな真似をしていた。
それで維持できるならと俺は口出しを控える。
「そんなん言うたかて前よりずっと速いやんか」
併走しながら反論するアニス。
「妖精ちゃんたちよりずっと遅い!」
「無理を言うな。初心者の我々は底上げできただけでも御の字だ」
リーシャがなだめている。
その脇をすり抜けるように追い抜いていく者がいた。
「あっ、ダニエラ!」
「皆さーん、置いてきますよー」
楽しそうに声を掛けるダニエラ。
「あんにゃろう随分と余裕じゃねえか!」
闘争心に火がついたらしいレイナがもう一段加速する。
それでも追いつけない。
ダニエラも加速したからだ。
「お先に」
その脇を涼しい顔で駆け抜けていくルーリア。
ダニエラに並んでレイナたちの方をチラリと振り返った。
「──────────っ!!」
苛立ちを隠そうともしないレイナだったが、それは集中を乱す元だ。
ガクンと減速してしまう。
一度は引き離していたリーシャたちに抜かれてしまう。
「「レイナちゃーん、集中だよー」」
双子たちに追いつかれて表情を引き締め直したレイナの魔力が高まる。
「こんにゃろ──っ!」
必死の思いで加速を再開してリーシャたちに追いついた。
むらっ気のある奴だ。
訓練中なら自力の底上げになるからいいけど消耗も激しいんだよな。
「コラァ、集中しろぉ!! 魔力の無駄遣いは実戦じゃ命取りになるぞ!」
それに引き換えノエルはつかず離れずのマイペースで最後尾を走っている。
しかも、自発的に器用な真似をしていた。
教えてもいない風魔法を使って自分の周囲に向かい風を発生させていたのだ。
ふたつの魔法を同時制御するなど習得スピードは瞠目に値する。
幼女の体力を考えれば身体強化も皆より数段上のレベルのはずなんだがなぁ。
おまけによく考えている。
膝に負担をかけずに負荷をかける方法としては最適なんじゃないかな。
風魔法を使わなければダニエラさえ抜き去るだけの魔力がある。
そうしないのは全力を出しつつも年上のプライドを打ち砕かないためだろう。
よくできたお子さんである。
なんにせよ現状の彼女たちに身体強化はレベルアップも期待できるトレーニングなので毎日のメニューに組み込むようにした。
魔力の総量を増やすにも最適の訓練だしな。
もちろん、それだけで魔法の習得が終わるものではない。
続いて挑戦する実習は治癒魔法。
これは最初から苦情が出た。
「これは他の方法がないのかと言いたい」
「ぜってー、ふざけてるだろうが!」
「あかん、あかんよ、これは!」
リーシャが比較的冷静ではあったがレイナとアニスは怒った顔を隠そうともしなかった。
ナイフで自分を傷つけて治すという危険な方法だからね。
そこに例外はなくノエルも参加していたし。
「ふざけてはいないな。他に方法がない」
「他の魔法を習得するのではダメか?」
「自分たちより強い魔物に遭遇したらどうする?」
セールマールとは比べものにならない危険と隣り合わせの世界で悠長なことをしていたら後悔することになりかねない。
現状のレベルが低い彼女たちだからこそ、いま治癒魔法を習得させるのだ。
「そこはポーションでなんとかしたらええやん」
大量に用意したポーションをチラ見しながらアニスが食い下がってくる。
「使いきった後だったら? 孤立無援の状態だったら?」
万全の体制なんて想定外がひとつ発生するだけでひっくり返る。
そこに思い至ったのだろう。
3人が歯噛みしながらも抗議してこなくなった。
「それにしても、これだけのポーションを用意するのは大変だったんじゃないのか?」
ルーリアが少し呆れた顔をのぞかせつつ聞いてきた。
「いいや、全然。うちでは栄養ドリンク代わりにしているくらいありふれたものだ」
「そうなのか。じゃあ、ちょっとした怪我を治す程度のものなんだな」
「あくまで、ミズホ国ではだぞ」
俺の言葉に月狼の友の面々が能面のような表情になった。
「ちなみにどの程度の効果が見込めるポーションなんだ?」
「欠損した部位をつなげて元通りにできる程度だな」
「それを程度とは言わないわよっ」
レイナが噛みつかんばかりにツッコミを入れてきた。
「うちでは誰でも作れる最下級の標準品だからなぁ」
「「「「「はぁっ!?」」」」」
「部位喪失しても再生させるポーションもあるぞ」
普通にね。
西方じゃ用意したポーションですら大金貨が簡単に飛んで行くみたいだけど。
材料費はそれほどでもないんだけど魔法を使いながら作るため量産が困難らしい。
「そういう訳だからポーションはガンガン使っていこう」
俺の言葉にレイナやアニスが遠い目をして肩を落とした。
2人とも呆れの段階は通り越してしまったのかもしれない。
「「ポーションって半月もすれば効力が落ちていくから使わないともったいないよ」」
双子のメリーとリリーからすればフォローのつもりだったのだろう。
「うちのは固形だから劣化しにくいし保護の魔法もかけるから年単位で保存が利くぞ」
「「「「「えっ!?」」」」」
双子だけでなく月狼の友の一同が驚きの声を上げていた。
思った以上に衝撃的なことらしい。
「それに普段は空間魔法で保管するから半永久的に効力が持つ」
付け加えた言葉に唖然呆然としてしまうのは無理からぬところか。
「だから気兼ねなく治癒魔法の練習をするといい」
「いやいやいや、やっぱりアカンわ」
「そうよ」
アニスとレイナは感情で拒否するようだ。
「ダンジョンに行くんだろ?」
2人にではなくノエルに聞く。
「ん」
「死にたくないよな」
「ん」
短い返事だがノエルはハッキリと頷いている。
「無傷で帰ってこられるならいいけど、毎回そう上手くいくとは限らないぞ」
感情で反対する2人を見ると「ぐぬぬ」状態になっていた。
ただ、反論の言葉が出てこないだけで何が何でも賛成するものかという固い決意が表情に出ている。
あの調子じゃ、何時までたっても話は平行線をたどるだろう。
どう納得させたものかと思っていたのだが……
「賢者さん」」
「どうした、ノエル?」
「できた」
ノエルが自力であっさり解決した。
アニスとレイナの前でためらいなく指をナイフで切るノエル。
それなりに痛いはずなのに辛抱強いものだ。
「「ちょっ!」」
2人の驚きの声を無視して魔法を使いあふれていた血を拭えば傷跡は何処にもなかった。
「うん、傷口を塞ぐだけじゃなく綺麗に治せているな」
これを皮切りに治癒魔法の練習が始まった。
初日で全員が軽傷レベルを治癒できるようになったので上出来と言えるだろう。
他の面々は制御が甘いのか薄く傷跡が残っていたが、これでもよく頑張っている方だ。
傷跡に関しては俺やローズが治癒しておいた。
翌日以降は獲物を狩ってきての練習に切り替えた。
さすがに深い傷や毒の中和を自分でというのは抵抗がある。
「最初からこうすりゃ良かったんじゃねえか」
レイナの言い分はもっともに聞こえるかもしれない。
「自分の怪我だからこそ本気になるんじゃないか」
痛みを感じるのとそうでないのとでは差が大きいからな。
たとえ指先程度の怪我だとしてもね。
「痛みなくして習得なしだ」
「ぐっ」
「何事も段階を踏んでいかないとな」
今日の狩りだって治癒魔法と防御用の魔法を覚えるまでは出かけるつもりはなかったし。
街を出るとなれば屋内より確実に危険になるからね。
俺やローズがいても目が行き届かないことだって無いとは言えないし。
そんな訳で防御用の魔法は色々やった。
地魔法だと穴掘ったり壁を作ったり。
攻撃は最大の防御とばかりにつぶてを飛ばして的に当てさせたりなんてこともしたけどね。
水壁もやったけど解除時に周囲が水浸しになってビショ濡れになる者が続出して不評であった。
制御力より威力の成長スピードの方が上回るとこういうことになる。
ビショビショな状態については熱風で乾かすドライヤーの魔法を教えたけど文句は言われ続けた。
「冷たいわよ」
「制御力を上げないと話にならんな。ノエルは濡れてないぞ」
抗議の声にあえて挑発で応じる。
「ぐぎぎぎぎっ」
一朝一夕で身につくなら苦労はしないが、レイナには悔しがらせる方が効率的みたいだしな。
まあ、それだけだと矛先は俺の方だけを向いたままになるのが厄介なところだ。
「水壁を解除する時に空間魔法で水を回収すれば濡れずにすむぞ」
こうやって制御力を上げる以外の方法も提示してやる気を起こさせる。
まあ、空間魔法は簡単に習得できたりしないんだけど。
そういう時に限って……
「無茶言わないでよ。空間魔法なんて難易度高すぎじゃないっ」
気付くんだよなぁ。
「へえ~、やる前から諦めるんだぁ」
「くっ、見てなさいよ!」
意外にチョロいんだけど。
もちろんフォローもする。
動画を見せただけとも言うけどね。
未来からタイムマシンでやって来たロボットのやつとか電脳空間ものとか。
人間、必死になると案外できるものである。
亜空間倉庫も数日でマスターしてしまったからね。
容量の少なさや同時制御ができないという課題は残されてはいるけど大したものだと思う。
「それができるなら見えない防壁を作ってみようか」
「次から次へと無茶ばっかり!」
キレるのは毎度のごとくレイナである。
「動画でバリアとかも見せただろ。だったら、これもできるよな」
「にゃにおー!」
レイナは相変わらず簡単な挑発に乗ってくれるから楽である。
「ぜってー成功させる!」
飽きっぽいレイナが続けるなら誰も諦めないだろう。
そこは俺の思惑通りの展開となったものの、すべてが読み通りとはいかなかった。
理力魔法による障壁を全員が習得するまでに3週間を要したからだ。
レイナなんて自分につぶての魔法を放ちながらボロボロになって練習していたんだけど。
皆よく頑張ったと思うよ。
読んでくれてありがとう。




