1319 想定外あれこれ
魔法を使えばビルも簡単に眠りに落ちた訳だが。
そうなると今までの30分は無駄に費やした感が出てしまう。
皆も目を覚ましていたしな。
『しょうがないなぁ』
ノーカンということにしておいた。
でないと見張りをする上で不公平だもんな。
俺だけ見張りの時間を半時間も削ったような形になってしまうし。
起床時間が半時間ずれるだけなら何の問題もないだろう。
皆が寝静まってから1時間が経過するのを待つ。
1人になると急に退屈に感じるのは先程までの反動か。
仕方のないこととはいえ、1秒が何倍にもなったかのようだった。
「……………」
どれほど時間が経過しただろうか。
そう思った時のことである。
『ん?』
奇妙な感覚に囚われた。
空気が重いというか、ぬめるような重さが感じられたのだ。
悪意や殺気の類は感じない。
気配もない。
いや、誰か来る!
『空間魔法だな』
転送魔法にしては鈍いというか、もっさりした感じだ。
まるでスローモーションで転送魔法を使っているような。
「っ!?」
ふと、皆の方を見て違和感の正体に気付いた。
生命反応があるにもかかわらず呼吸をしていない。
胸の動きがないのだ。
寝息も聞こえないとくれば間違いなかろう。
『どうなってる?』
誰かに問いたくなったさ。
が、答えを返してくれそうな相手はいない。
皆は眠ったままのようだし。
『いや、1人だけいるか』
空間魔法を感知した方へ向き直る。
ちょうど目の前の空間に揺らぎが生じ始めているところだった。
焚き火の炎でそうなっている訳ではない。
それならば方向はもっと左であるべきだ。
揺らぎが徐々に拡がっていったりもしない。
俺は立ち上がって椅子を脇に避ける。
揺らぎに対してやや半身となって身構えた。
皆を守るためだ。
寝ている皆と揺らいだ空間との間へと体を割り込ませる。
火の番など無視だ。
優先すべきは皆の安全確保である。
揺らぎが人よりひとまわりほど大きくなった。
『来る!』
そう直感した。
揺らぎに薄い影のようなものが映ったからだ。
それが揺らぎの中で広がりを見せる。
揺らぎの時よりも早く。
じわりと滲み出すようにスローモーションで片手が出てきた。
白く繊細で細い指だ。
それを見て思わずガックリと脱力してしまう。
知っている相手のものだったからだ。
ゆらりと揺らぎの中から現れたのは──
『ルディア様じゃないか~』
ベリルママの筆頭眷属である亜神ルディアネーナ様であった。
俺のガックリぶりを見て一瞬だけ目を丸くさせるルディア様。
思い当たる節があったのか、すぐにいつものキリッとした表情へと戻る。
「済まぬな。
驚かせてしまったか」
「ええ、まあ……」
ルディア様が詫びているのに気遣う余力もない。
いつもとの状況の違いに混乱している自分がいるせいだ。
どうしてルディア様はいつもと違う現れ方をしたのか。
このタイミングで来たのは何故か。
そもそもビルがいるのだ。
気付かれると説明するのが面倒である。
魔法で眠らせたとはいえ深い眠りに落とした訳じゃない。
入眠させたにすぎないのだ。
ちょっとしたことで目を覚ます恐れがある。
昼間の疲れがあるとはいえ、ビルもベテラン冒険者だからな。
何かあれば飛び起きるだろう。
それが分からぬルディア様ではあるまい。
『ん? そういえば、皆の状態が変なんだよな』
状態異常じゃないのに呼吸が止まっている。
こんなことは普通はあり得ない。
窒息状態が続けば酸欠になるはずなのに、そうはなっていないのだから。
このことと何か関係があるのかもしれない。
生憎と、どうしてそうなっているのかまでは不明であったがね。
因果関係に想像がついただけでは何が何やらサッパリである。
そんなこともあって端から見た俺は絵に描いたような困惑顔をしていたようだ。
ルディア様が俺を見て苦笑している。
「故あって時間を止めているのだ」
「ああ、道理で……」
思わず納得である。
皆の呼吸が止まって見えた謎が一気に氷解した。
別の疑問が湧き上がっても来るがな。
「では、俺だけ動けるのは何故なんでしょう?」
「神や亜神は除外されるからな」
「……………」
激しく嫌な予感がした。
『いつの間に亜神化してたんだ!?』
俺はずっと人間のつもりでいたんだが。
進化したとか言われたらシャレにならない。
恐る恐る確認してみた。
[ハルト・ヒガ/人間種・エルダーヒューマン/ミズホ国君主/男/17才/──]
いつぞやのようにジョブ欄が[シノビマスター@神の使い]になったりもしていない。
『セ──────────フ……』
脱力してへたり込んでしまうかと思うほど安堵した。
ルディア様の目の前だから、そんな真似はできなかったがね。
思わず【千両役者】を使うのを忘れてしまったけどさ。
そのせいで、はた目には動揺しているのがありありと分かったんじゃないだろうか。
というよりルディア様にはバレバレだった。
「案ずることはない」
苦笑しながら声を掛けられたからな。
「ハルトは例外だ」
それを聞いてちょっと安堵した。
俺に用があるからプロテクトを外しているとか、そんな感じなんだろう。
「ベリル様の子であるハルトは人でありながら神に近い存在なのだし」
『違ったよっ!』
嫌な予感の方に近い理由だった。
だが、こればかりはどうしようもない。
俺はベリルママが欠損部位を補填する形で生まれ変わったのだし。
『そっかぁ……
半神半人ということなんだろうな』
これを否定するのはベリルママを否定することだ。
俺にそんな真似ができようはずがない。
今の俺があるのはベリルママのお陰だからな。
是非もないとは言わない。
素直に受け入れるさ。
誰だ? ベリルママに泣かれるのが嫌なんだろうとか言ってるのは?
いや、それを否定するとウソにはなるけどな。
いずれにせよ、俺は事実を受け入れるのみである。
「良いか?」
俺の顔つきが変わったのを見てルディア様が確認してきた。
「はい、大丈夫です。
お騒がせしました」
「いいや、なんの連絡もなく押し掛けてのことだからな」
ルディア様は小さく笑みを浮かべ頭を振った。
すぐにいつものキリッとした表情に戻ったけど。
「これほどのことをしなければならない事情があるのですね」
おそらくは石碑がらみなんだろう。
俺が解読する前に介入しなければならなかったとか。
考えられるのは手違いで設置されてしまったから回収に来たとか。
『ありそうだな……』
その場合は皆の記憶から石碑の部分を消去しないといけないだろう。
これはかなりの大事だ。
少なくとも俺には真似のできないことである。
「事情というよりは用件があると言うべきであろうな」
「用件ですか」
やはり、俺の想像通りだったのだろうか。
あるいは……
「ハルトに対する報酬について説明に来たのだ」
「ふぁっ!?」
想定外すぎて変な声を出してしまったさ。
「色々と迷惑をかけてしまったからな」
「あー……」
咄嗟に否定はできなかった。
ラソル様のイタズラの件であるのは明白だったし。
それにしては報酬というのも妙な話だ。
「実はダンジョンの石碑の件は統轄神様が手ずから行われたことなのだ」
「なっ!?」
「兄者のイタズラに振り回されるハルトのことを気にかけておられてな」
激しく嫌な予感しかしないんですがね。
「心配しなくてもスカウトするつもりはないと仰っていた」
少しだけ安堵した。
まだまだ油断はできないが。
嫌な予感が激しいから凄くに変わったくらいだろうか。
その直後に──
「これからの活躍を楽しみにしているそうだ」
ルディア様から、この一言である。
『何DETHとおおおぉぉぉぉぉっ!?』
嫌な予感が的中したなんてもんじゃない。
お陰で言葉のチョイスが変になってしまった。
称号だらけのせいで神様たちから注目を浴びているとは思っちゃいたが……
『よりによって統轄神様に注目されるって、どういうことぉっ!?』
「気苦労が絶えないな」
ルディア様からも同情されてしまったよ。
「だが、気疲れすることばかりでもないぞ。
統轄神様からハルトにはスカウト無用のお達しが出たからな」
「ソウデスカ、トテモアリガタイデス」
偉い神様からのお達しなら、さぞかし効果満点だろう。
その点については本当にありがたい。
が、逆効果な部分もあると思う。
注目度は以前にも増して上がっているのは間違いあるまい。
何より、統轄神様が直々に注目しているんだからな。
お陰で喋りがカタカナになってしまった。
こういう場合には針のむしろという言葉は使わないと思うが、それに近い心境だ。
どうしようもなく居たたまれない。
「ちなみにこれは報酬とは別の話だ」
『もう許してぇ』
俺のライフはマイナスよ……
読んでくれてありがとう。




