1313 ビルは焦っているか
「うおぉりゃあああぁぁぁぁぁっ!」
無駄にデカい掛け声でビルが突貫する。
相手はスカルハウンドの群れ。
俺にとっては初見の魔物だ。
頭部だけ頭蓋骨がむき出しな猟犬っぽい野犬である。
目玉や舌は普通にあるのでグロ耐性がないと不気味に感じると思う。
俺もそう感じた口だ。
こんな形をして名前もそれっぽいがアンデッドではない。
牙ウサギに匹敵する速さがある上に単体での攻撃力はずっと上だ。
体の大きさがパワーに直結しているせいだろう。
これに噛まれると子供なら簡単に手足を噛み切られてしまうだろう。
「おーおー、盾も持たずに群れに突っ込むか」
ビルの攻め方は些か強引に感じるのだが。
二刀流なので防御を完全に無視している訳ではないがね。
「乱戦に持ち込んで魔物の突進力を封じたいのでしょう」
エリスが冷静に分析していた。
「見切りを損なうと、あっと言う間に一方的な展開になりそうだ」
ルーリアは少し心配している。
「駆け抜けるつもりみたいなの」
「一撃離脱するようですね」
ルーシーとハリーが突っ込んでいくビルを見て予測する。
「ちょっとスタミナが心配ですねー」
ダニエラがそんなことを言った。
「それは後々のことを考えてのことか?」
「はい~」
俺が問うと緊張感のない返事があった。
あんまり心配しているようには聞こえないのだが。
「帰りの道中がどうなるかですねー」
「夜通し探索する訳じゃないからな」
休憩を挟むことを考えれば問題になるとも思えない。
どれだけ連戦することになるかでも変わってくるけれど。
「その心配はないようですよ」
鋭角なステップを刻みながら剣を振るいビルが群れの中を突き抜けていった。
「今ので半数のスカルハウンドの動きを封じたのか」
ルーリアが感心している。
「無理に一撃必殺を狙わずに脚を潰すところから始めるとは」
ハリーもビルの戦い方を見て珍しく饒舌になっていた。
「戦い方は人それぞれなの」
ルーシーの言う通りである。
ドルフィンも無言で頷いている。
「これで群れの動きがそろわなくなったな」
少し足を止めたくらいでは次々と襲われることもないだろう。
ビルがスカルハウンドの群れに肉薄する。
ただし、今度は中に突っ込んではいかない。
「外周を回るようですねー」
ダニエラの言ったようにビルは群れの外側を反時計回りで回っていく。
ステップに緩急があって魔物側が動きを読み切れていない。
しかも──
「傷を負わせた奴を障害物代わりにするか」
相手の動きをよく見ている。
「伊達にソロを長く続けていた訳ではありませんね」
エリスが軽く笑みを浮かべながら感想を漏らした。
「二刀流も様になってますよ~」
ダニエラが言う通りだ。
盾を使っていた者特有の癖もない。
受け流す時の溜めるような動作だとか。
突き込む時の手首の返し方だとか。
腕の振りも自然なものだ。
「伊達に2桁レベル後半ではないってことだな」
二刀流を短期間でものにしている要因のひとつだろう。
あとはセンスや経験もあると見るべきだ。
ステータスだけでゴリ押ししたとは思えない動きになっているからな。
「攻防の判断も的確なの」
ビルが決して無理をしないところをルーシーが指摘する。
単純にグルグルと外周を回っている訳ではないのは誰の目にも明らかだ。
魔物の動きに合わせて度々後ろに退いている。
間合いを維持して弾き返して再び踏み込む。
それによって円運動はジグザグになっていた。
だが、群れの中心を見極めて巧みに回っている。
群れ全体の動きを把握できている証拠だ。
半数の動きを鈍らせた効果が出ている。
すべてのスカルハウンドが速いままであれば把握するのはもっと難しかっただろう。
まず、自分のやりやすいように条件を変える。
冒険者としては真っ当な戦い方だ。
正々堂々とか魔物相手じゃ関係ないからな。
「フェイントも織り交ぜてますねー」
ダニエラが言うように時には逆方向に転身したりもするしな。
決してワンパターンな動きにならないように工夫している。
このことからも油断している様子は見られない。
無理な攻撃をしないのも当たり前。
むしろ、魔物の強引な攻撃には付き合わず躱し受け流している。
時には剣を盾代わりに防御することもあるがね。
正面で受け止めることで別のスカルハウンドからの攻撃を防いでいるのだ。
「自分の能力を過信せずに動いているな」
慎重で確実性を優先している。
その分、魔物を仕留めるのに時間がかかるが仕方あるまい。
だからといってスタミナを消耗するかといえば、答えは否だ。
無理をしないから消耗は最低限で済んでいる。
緩急をつけた動きは、その点も考慮してのことだろう。
『ベテラン侮り難しだな』
派手さはないが、確実にスカルハウンドが始末されていく。
動きの速い個体から先に仕留められていった。
これも作戦だろう。
後になればなるほど楽になるからな。
事実、最後の方は連続して倒していた。
スカルハウンドとの戦闘は1匹あたりに平均すると1分未満といったところか。
ソロで10分に満たないのであれば上出来だろう。
しかも、消耗も負傷もすることなくだ。
ダンジョンに潜る上での基本を押さえている。
うちの面子の戦い方をずっと見てきて釣られなかったのは大きい。
冒険者に成り立てのルーキーだと、自分も続けとばかりに自重を忘れがちになるからな。
その後もビルは己のやり方で戦っていた。
俺たちが口を出す必要は一切ない堅実ぶりである。
瞬殺とはまた違った安定感と言えよう。
もちろん、俺たちが手を出すこともなかった。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
石碑の前に到達すると──
「ちょっとタンマ」
そう言ってビルが座り込んだ。
「さすがに強いの相手に連続で戦うとキツいわ」
脱力した感じの苦笑を浮かべながら言った。
無理もない。
ベアボアやオーガなんかの相手が続いたからな。
途中で何度か声を掛けたのだ。
交代するかと。
答えはノーだったけどね。
そして、何とか無傷で乗り切った。
根性で乗り切った部分はある。
でなきゃ、へたり込んだりはしないだろう。
そういうのはダンジョン攻略において褒められたものではないのだが。
生きて帰ることを考えた場合こんな場所で消耗するのは下策の極みだ。
ビルとてセーフティネットが無ければ、ここまで無謀なことはすまい。
石碑の前まで到達すれば完全に交代できることは最初から理解していたし。
疲労回復ポーションに余裕があることも伝えてある。
「ほら」
放り投げて渡すと、しばし躊躇はしていたがね。
それでも意を決したように目を閉じて口の中に押し込んだ。
「─────っ!」
ビルの顔がシワシワになった。
酸っぱさには、そう簡単に慣れないようだ。
口元をムズムズさせている。
味の余韻はしばらく残るからね。
咀嚼して飲み込めば回復するのはすぐなんだが。
「俺じゃ同じ真似ができないばかりか、この様か」
落ち込んだ空気を感じさせる台詞で語っている。
その割にサバサバしているけど。
差を実感したかっただけとか言いそうな気がする。
最低限の仕事はこなしている訳だし。
「そう言うな。
誇っていいと思うぞ。
無傷で乗り切ったんだしな」
負傷すれば魔法やポーションで回復できても余分に消耗するからね。
そして、それだけではない。
『レベルアップしているな』
それも2レベルだ。
パーティでなら、どれも大して稼げる相手ではなかった。
が、ソロで連戦したとなると地味に効いてくる。
ノーダメージのボーナスもあるしな。
経験値は充分に得ていたようだ。
[ビル・ベルヴィント/人間種・ヒューマン/剣士/男/26才/レベル73]
それと【二刀流】の熟練度も上がっていたのは言うまでもない。
前に見た時よりも使いこなしていたからな。
この階層の連戦でも何か掴むところがあったようで滑らかさが増していたし。
もう一声あれば熟達者と言える領域にまで達している。
急成長と言えるだろう。
『二刀流のスタイルはビルに合っていたみたいだな』
だというのに埃を払いながら立ち上がったビルは頭を振る。
「俺なんてまだまださ。
どう考えても余分に時間を食っていたしな」
返事をしながらビルは自嘲気味に笑う。
「それで焦ったりはしていなかったじゃないか」
「いやいや、焦ってたさ。
碌に休まず強引に突き進んだしな」
「ちゃんと自分のスタイルを貫いて無理せず戦えていたと思うが?」
「それすらやめたら自滅してただろうよ。
本来なら意地を張らずに交代しておくべきだったんだ」
「バックアップがあると分かっていたからだろ」
「そりゃそうだが……」
ビルが認めつつも言い淀む。
「それでも余力は残すべきだと思うがな」
これを言うべきかどうか迷ったらしい。
俺たちのことを信用していないと受け取られないか気にしたようだ。
「確認したかったんだろう?」
己の現在の力量を。
そうでなければ休憩を挟まずに突き進んだりはしなかったはずだ。
それは俺たちとの差が如何ほどなのかを知るためでもあったと思う。
「まあな」
ビルは曖昧な答えを返してきた。
俺もハッキリとは聞かなかったからな。
読んでくれてありがとう。




