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1309 ダニエラ、ギアを上げる

「ホォウ─────ッ!」


 ダニエラが掛け声と共に魔法の三節棍を振り回し始める。

 ヌンチャクの時と同じように、こなれた動きを見せていた。


 それは俺にとって至福の時間の始まりを意味する。


『眼福眼福ぅ』


 まずは1匹目がダニエラに飛び掛かった。

 回転アタックは並みの冒険者にとっては驚異だ。


 が、ダニエラは気にした様子もなく対処の動きを見せる。


「アチョッ!」


 三節棍の端を握り振り回すと、バスケットボール大の本体に逆端が当たった。

 ソードホッグが叩き落とされ沈黙する。


 剣をも弾き返すはずの毛は、ものの見事にひしゃげていた。

 一撃必殺なのは言うまでもない。


『いつ見ても良いものですなぁ』


 もちろん、ポヨンのことである。


「あれでも届かないって?」


「マジか……」


 ビルが呆然とした面持ちでそう漏らした。

 その間もダニエラは三節棍を振り回して跳ね回るソードホッグを叩き落としていく。


「ホォアッ!」


 一際高く飛び上がったソードホッグに遠心力を乗せた振りで一撃を叩き込む。

 弾き飛ばされるように落下したそれはピクリとも動かなくなった。

 ダニエラの胸元は余韻を残すように弾んでいたけれど。


『だがっ、それがいい!』


 心の中で力説する。

 まあ、いつまでも弾んでいる訳ではないが。


 それでも次がある。

 まだまだソードホッグは残っているからね。

 今ので怯むような連中でもないし。


 ポヨンが終わって間もないタイミングで次が来る。

 今度は横に近いやや斜め方向からソードホッグが飛び込んできた。

 それも示し合わせたかのように挟み込むような格好で。


「次は同時かっ」


 ビルが思わずといった感じで小さく叫んだ。

 どうにか声が抑えられたといった具合である。


『ダニエラの邪魔になると判断したか』


 それでも叫んでしまった以上はダニエラの耳に届いているのだが。

 当の本人はビルの叫びを聞いても余裕の表情を崩さない。

 緊迫気味の表情になってしまったビルとは正反対だ。


 まあ、ビルがそうなってしまうのは仕方のない面もある。

 三節棍の特性を知らないのだし。

 ダニエラが、どういう風に使いこなすかも見ていない。


『使い始めたばかりだからな』


 どうしても世話焼きな性格が自身をハラハラさせてしまうのだろう。

 片方の対処をしている間にもう一方の攻撃が、と考えているのは明白だ。


 が、そんな心配は無用である。

 ダニエラが素早く視線を動かし左右から来るソードホッグを見た。

 左の方が右から来る奴より飛び込んでくるタイミングがわずかに早い。


「ホォアッ……」


 左に三節棍を突き込むダニエラ。

 普通ならそんなことをしても真っ直ぐに突き入れることはできない。


 が、捻り込むような挙動と高速の突きは確かにソードホッグの動きを止めた。

 それで終わりではない。


「チャアッ!」


 左から迫っていたソードーホッグに当てた反動も利用して右側へと突きを入れた。

 この間、わずかコンマ数秒にも満たない時間である。


「え……?」


 どうやらレベル71のビルには見切れなかったようだ。


「同時に突いた?」


 そういう風に見えたようだ。


「2人に……」


 ダニエラが分身しているように見えたのかもしれない。


「魔法で2人になったのか?」


 呆然とした面持ちで呟いている。

 ビルの脳内では分身どころではなかったようだ。


「魔法で2人って何だよ」


「いや、瞬間的に2人に分かれて戻ったみたいな」


『分体ってことか』


 ちょっと荒唐無稽である。

 ゴーレムとかで擬似的に実行することは可能だとは思うが……


『現実的ではないな』


 出しておいて瞬時に消すとか無駄が多い。

 どう考えても、そちらの方が手間だ。


「そんな訳ないだろう」


 素早く動いて残像を残したという発想にならないのだろうか。

 まあ、ダニエラの動きは緩急が利いていて普通の残像とは見え方が違いはしたが。


「だよな」


 ビルが素直に頷いた。

 自分で言っておきながら信じていなかったようだ。


「じゃあ、どうやって今の同時攻撃を?」


「別に特別なことはしていないぞ」


「んな訳ないだろう」


 ビルは声を震わせて反論してきた。


「その瞬間だけ素早く動いた」


「へ?」


 訳が分からないと言いたげに俺の方を見るビル。


「今までのがトップスピードって訳じゃないんだよ」


「は?」


 まだ、理解が追いつかないらしい。

 その間にもダニエラは──


「アチョォッ!」


 飛び掛かってくるソードホッグどもを叩きのめしていた。


「今は見ておけ」


 ビルの視線をダニエラの方へ向けさせる。

 ビルが目を向けたちょうどその時──


「うおっ」


 ソードホッグどもは通路の壁面へと叩き付けられていた。

 1体だけではない。

 遠心力を利用した三節棍の横薙ぎで数体を巻き込んでのことだ。


 なかなかの威力であったが、ダニエラの攻撃はそこで終わりではない。

 三節棍を体に巻き付けるかのような動きで連続突きへと転身していく。


「ホォウアタタタタタタタタタタッ!」


 飛び掛かろうとしていたソードホッグが跳ねた瞬間に突き込まれていた。

 隙を探るようにその場で小さく跳ねていた奴らも。

 回り込もうとサイドに移動していた奴も。


 前後左右と踏み込む足さばきで瞬時に移動。

 点の攻撃で面制圧していた。

 ダニエラが何人にも分かれて見えたのは言うまでもない。


 そして、残りのソードホッグもすべて動きを止めた。

 どれも一撃で息絶えている。


 倒し方は首ポキ、背骨ポキ、圧殺とバラエティに富んではいたがね。


「どうなってる……」


 ビルはそう呟くのが精一杯だった。

 最後の連続突きがよほどショックだったようだ。


 まあ、2連突きの時より分身数が圧倒的に多いからな。

 しばらくは固まったままだろう。

 故に俺はダニエラに声を掛けることにした。


「御苦労さん」


「はい~、終了ですぅー」


 こちらに向き直ってニッコリ微笑むダニエラ。


「魔物の回収も忘れるなよ」


「はいですー」


 返事をしたダニエラが嬉々としてソードホッグの死骸を回収していく。

 さすがに分身の術は使わない。


「フンフンフ~ン」


 鼻歌交じりで、あちこちに散らばったソードホッグを倉庫へと入れていく。

 それを見て更に頬を引きつらせるビル。


「あれが余裕で……」


 呟きは途中で止まったが、残りの部分は想像がつく。

 できるのか、あたりだろう。


 その後もビルの愕然とした状態は続いた。

 移動に支障はなかったが、ソロであったなら無防備で魔物の襲撃を受けていただろう。


 ここに来て、ようやく実力差が身に沁みて分かってきたようだ。

 ダニエラの動きは今まで俺たちが見せてきたより1ランク上だったからな。


 至福の時間が終わるのもそれだけ早かった訳だが、それは仕方あるまい。

 むしろ堪能させてもらったことに感謝せねば。


『ポヨンに感謝を』



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 そろそろ階段が見えてくるはずなのだが、ビルは押し黙ったままだ。


『どんだけ、引きずるんだよ』


 それでも歩くペースが落ちたりはしなかったので良しとする。

 考える時間ができたと思えばいい。


『おーい、首尾はどうだ?』


 もう1人の俺たちに声を掛けてみた。


『『『『『いい訳ないだろ』』』』』


『ありゃりゃ』


『縦読みとか斜め読みみたいな単純な話じゃないことだけは分かったがな』


『同じく』


『右に同じ』


『左も同じ』


『今の俺たちに右も左もないだろうが』


『言ってみただけだ、キリッ』


『キリッとか口で言っちゃうかね』


『残念でしたー。

 今の俺たちに口で喋ることはできませーん』


『『『『『アハハハハハッ』』』』』


「……………」


 言葉がない。

 テンションがおかしくなっている。

 ボケとツッコミで遊びたくなるくらい進展がないのは、よく分かったが。


『もういい、少し休め』


『サラダバー』


『それを言うなら、さらばだって』


『そうとも言う』


『そうとしか言わないっての』


『『『『『アハハハハハッ』』』』』


「……………」


 去り際までテンションが変わらないとは。

 それだけ煮詰まっていたのだろう。


 少しアプローチを変えなければいけない気がした。

 碑文を読み解く前に、これがどうして設置されたかを考えた方が良さそうだ。


 設置した人に聞けばいいと思うかもしれないが、相手が分からない。

 よくよく考えるとベリルママではなさそうだからだ。


 もし、ベリルママが設置したなら連絡が入っていただろう。

 未だにそれがないということは違うということだ。

 何らかの事情がない限り。


 そういうものに思い当たる節がない。

 まあ、俺の思いもよらない事情があるのかもしれないが。

 そんなの考えたって分かる訳がない。


 だからベリルママは設置していない前提で考えることにする。

 眷属の亜神たちも同様だ。

 ラソル様みたいな亜神が他にもいるなら話は違ってくるが。


『そんなのいて堪るかっての』


読んでくれてありがとう。

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