1307 休憩中の勧誘と休憩後の疑問
ガッツ食いしたつもりはないが、あっと言う間に食べ終わってしまった。
「これは画期的だよなぁ」
ビルが感心している。
「色々な味が一度に楽しめる。
何より手早く食べられるのがスゲーわ」
食後の感想にしては評論家くさいというか、冒険者っぽくない。
「惜しむらくはダンジョンで食べるのには向いてないことだよな」
『本当に評論家くさいな』
「柔らかすぎて持ち運びしづらいし」
そこで軽く苦悶の表情を浮かべる。
「けど、この柔らかさがクセになるっていうか」
『そんなことで悩むのか』
「いやいや、これを真似るのは俺には無理だな。
屋台の誰かに頼んでもできるとは限らんし……」
腕まで組んで悩み始めた。
そんなに気に入ったのなら、屋台で提供することも検討すべきだろうか。
ジェダイトシティの街中ではハンバーガーショップは出してなかったんだよな。
先鋭的すぎる気がしたので止めていたのだ。
ビルを虜にしたことからも影響力が窺い知れようというもの。
バンズとハンバーグの柔らかさが売りであり急所でもある。
それをスポイルするとハンバーガーじゃなくなると言っても過言ではあるまい。
西方で模倣できれば、問題は解決できるのだが。
ハンバーグは料理人が実際に食べれば再現は可能だろうか。
挽肉料理はほとんど見たことがないので難しいかもしれない。
『それっぽいものなら作れるかもしれないがな』
実は挽肉は繊細な代物なのだ。
ミズホ国で作られた挽肉を用意できても、最初は満足に調理できないと思う。
焼き上げる時にパサパサにしてしまうのは目に見えている。
西方で普及している調理器具では火加減が大雑把になりやすいし。
仮にその点が解決できても、ふっくらジューシーなハンバーグにはならないだろう。
挽肉は水分が飛びやすいからな。
並みの腕の料理人なら、そこを解決することは難しかろう。
それに問題は調理面だけではない。
挽肉を作る時点から味に差が出てしまうからな。
単に肉を挽けば良いというものではないのだ。
適当な肉を挽いても味気ないと感じる挽肉になってしまったりするからね。
良い肉を使ったつもりが物足りないなんてこともある。
そんな訳で使える部位は限られているのだ。
きっと失敗作を量産することになるだろう。
それでも諦めなければとは思う。
『妥協せず研究を重ねれば、いつかは引けを取らないものが作れるかもな』
更に問題なのはバンズの方だ。
食べたくらいで再現できるものではない。
白パンが贅沢品として普及していないせいもあって製造技術はまだまだ未熟だ。
黒パンよりも咀嚼しやすくはなってるがね。
元日本人としては信じられないくらい触感がゴワゴワしてるし。
口の中の唾液が一気に持っていかれるようなものが大半だ。
中にはマシなものもあるが、それでもパサつき感がある。
そのレベルのものが市場には出回っていない。
ある意味、超のつく高級品だ。
ゲールウエザー王国で出されたものなのでね。
料理長が改良に改良を重ね、どうにか作り出したそうだけど。
『うちのパンをそのまま売り出すだけで騒ぎになるだろうなぁ』
しかも格安である。
西方の黒パンと変わらぬ値段で提供できるほどだ。
現状は国民以外も出入りできる内壁の外では品質を意図的に落としている。
同じように価格も引き上げているので妙な騒ぎになったりはしていない。
騙しているみたいで心苦しくはあるけどな。
『噂を聞きつけた人々がジェダイトシティに大挙して押し寄せてきても困るしなぁ』
そういう意味では適正価格なのかもしれないが。
現状でもパンに限らず食事面で評判を呼んでいるという報告が入っている。
お陰でジェダイトシティを訪れる人が増えているそうだ。
『これ以上、食事面での品質を上げたら、どうなることやら』
本当に人が殺到してきかねない。
特に商人はこぞって押し寄せてくるだろう。
日持ちを考えれば、仕入れて余所で売るのは難しいとは思うけど。
それでもレシピを手に入れようとする商人は少なくないはずだ。
あるいは材料を買い付けるために動く商人もいると考えられる。
他にも料理人なんかは来るかもしれない。
興味本位だったり修行のためだったりと動機は様々だろう。
もちろん、己の舌で味を盗もうと意気込んでくる者だっているはずである。
『まあ、ハンバーガーの場合は無理だろうけどな』
間に挟む具材の大半はどうとでもなるとは思うが。
先に挙げたハンバーグとバンズは容易に真似できるものではないからな。
だからこそ、ビルはウンウン唸って悩んでいるのだ。
「ダメだー」
嘆息と共にビルはギブアップの言葉を漏らした。
「こんなの再現できねえよ」
愚痴るのは諦めきれない証拠だろう。
解決する方法はあるがね。
「うちの国民になれば──」
一旦そこで言葉を句切った。
ビルならその資格があると思うんだが、ローズの反応を見るためだ。
ドルフィンの方へ目を向けると小さく頷いている。
問題ないなら話を続けるまで。
「普通に食べられるようになるぞ」
バッと振り向いてビルは鋭い視線を向けてきた。
が、すぐに頭を振る。
「悪いけど、それはやめておくよ」
「ほう? 理由を聞いていいか?」
「さて、俺にも上手く言えないな」
ビルが悩ましげに考え込んでいる。
時間がかかるかと思ったが、すぐに顔を上げた。
「魅力的な話だとは分かっちゃいるんだ」
そこを言い忘れてはいけないとばかりに前置きしてくる。
ビルの表情は真剣そのものだ。
安直に何となくで答えを返したのではないと言いたいのではないだろうか。
「ただ、踏ん切りがつかないというかさ」
何か引っ掛かりを感じる部分があるみたいだな。
悪い意味ではなく。
「今の生活の方が性に合ってるって気がするんだよ」
そういうこともあるだろう。
ビルにはビルの生き方があるということだ。
「分かった……」
その考えは尊重しなければなるまい。
「それなら、これ以上しつこくするのは良くないな」
「悪いな」
「いいや」
俺は頭を振った。
「無理強いするつもりはないんだ」
そんなことをしなくてもビルが友人の1人である事実は変わらない。
残念ではあるがね。
ただ、断られたからって態度を変えるなどあり得ない話だ。
大人げないというか、みっともないことこの上ないもんな。
「気が変わったら言ってくれ」
これくらいは言っても許されるだろう。
『……と思いたい』
まあ、調子に乗りすぎないように注意しないとな。
「ビルならいつでも歓迎するぞ」
「そう言ってもらえると助かる」
ビルがすまなさそうにしながらも穏やかに笑った。
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食べ終われば、探索の続きである。
ゴミは火魔法で灰にした。
ファーストフードはこういうところが楽でいい。
洗って片付ける必要がないからな。
テーブルや椅子は片付けねばならないが、こちらは洗う必要がないし。
自動人形たちは回収済みだ。
召喚魔法ということにしてあるので、呼び寄せなくても帰還させたことにできる。
「あっと言う間なんだよな」
何処か諦観を感じさせる様子でビルが呆れていた。
そのあたりはスルーしておく。
変にツッコミを入れると、やぶ蛇になりかねないし。
そんなことよりも──
「うーん、ハンバーガーだと中途半端だったなぁ」
自らの選択ミスの方がよほど気になるしな。
「幾つ食べるつもりなんですか」
苦笑しながらエリスがツッコミを入れてきた。
「ん?」
何か勘違いをされてしまったようだ。
「そういうことじゃないぞ」
空腹なら充分に満たされている。
それに、そんな風に言われるほど沢山のハンバーガーを食べた訳じゃないしな。
「その心は?」
別に謎かけ問答をしている訳ではないのだが。
「短時間で手っ取り早く食事が終わったのが問題だと言いたいだけだ」
「そうですか?」
エリスは不思議そうに聞いてきた。
納得しかねると顔に書いている。
「安全地帯かどうかの検証には不充分だ」
「それは今の倍の時間をかけても同じことだと思いますよ」
「む」
「どう考えたって誤差範囲内じゃないですか」
「うっ」
エリスの言う通りだ。
もっと時間をかけないと結論は出せないだろう。
ベリルママからお墨付きでももらえるなら話は別だが。
「でも、全くの無駄でもなかったですよね」
「そう思いたい」
襲撃は受けなかった。
斥候用の自動人形の出る幕がなかったくらいだ。
石碑は魔物たちに忌避されているという仮説が否定されなかったのは喜ぶべきだろう。
冒険者の負担は確実に減るからな。
逆にダンジョンを管理する迷宮核が排除しないのかという疑問が湧いてくるが。
『より多くの冒険者を誘き寄せるための罠って感じでもないしなぁ』
石碑の存在感がそれが間違いないことを主張しているように思えてならないのだ。
考えれば考えるほど不思議な代物である。
これも神様が用意したと考えれば、そんなでもないんだが。
ただ、今頃になって何故と思わなくもない。
ベリルママなら俺がルベルスの世界に来た時点でそうしていたって不思議ではない。
『俺と同じで過保護だもんな』
読んでくれてありがとう。




