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1304 ただいま休憩中

 次の階層に到着するなりビルはへたり込んでしまった。


「やっと終わった……」


 エリスの殺気と槍さばきは、それだけのプレッシャーがあったということだ。


「少し休憩にするか」


 今のままでは探索の続行は難しいだろうしな。


「ビル、これを食べておけ」


 疲労回復ポーションを山なりに放り投げる。

 ビルは飛んでくるコースが口元だと理解すると、そのまま口を開いた。

 手でキャッチするのも億劫らしい。


 パクリとくわえ込む様は、専用のおやつで芸をする犬の動画を見ているかのようだ。

 動画と違って可愛くはないけどな。

 モフり甲斐のない野郎じゃ、しょうがない。


「─────っ!」


 酸っぱさにビルの顔がシワシワになった。

 瞬時に唾液が口腔内に溢れ出したらしい。

 絵に描いたような何も言えねー状態だ。


 それでもビルは涙目で抗議してきた。

 目は口ほどにものを言うってやつである。


『なんてものを食わせるんだってところか?』


 当たらずとも遠からずだと思うのだが。


「それは疲労回復ポーションだ」


 当てずっぽうではあるが返事をしてみた。


「っ!?」


 驚きに目を見張るビル。

 推測が当たったのかどうかは分からない。


 が、疲労回復ポーションという単語は衝撃的だったようだ。

 補給食の類いだと思っていたのだろう。

 ポーションは液体というのが西方での常識だからな。


 それと疲労回復のポーションは西方では出回っていない。

 ポーションで疲労を回復するという概念がないのだと思われる。


『思いつく者はいるのかもしれないが、少数派なのかもな』


 疲れたのなら休めばいいと考える者は多いはず。

 他のポーションより需要が少ないのは明白である。

 それに西方のポーションを見る限り製造技術はあっても安く作るのは難しそうだ。


 仮に安かったとしても買う者がいるかどうか。

 ポーションを買うなら治癒や魔力回復のものが優先されるだろう。

 状況によっては状態異常回復か。


 このあたりの常識は安全や救急体勢が担保されているような日本とは違う訳だ。


 それに職人の数も限られている。

 本当に必要とされているものだけを作っていると考えるべきだろう。

 疲労回復のポーションが西方に無いのは当然のことかもしれない。


 だからといって、売るつもりはないけどね。

 余計な混乱をもたらしかねないし。

 その余波で他のポーションの品質が落ちたりすることだって無いとは言えない。


 場合によっては紛い物が出回ることだって考えられる。

 現状でもポーションの水増し品や期限切れの粗悪品などがあるみたいだしな。

 そんなのが巷に溢れられたら、どうなることやら。


「そのまま食べておけ」


 ただ、ビルに食べさせる分には問題あるまい。

 ここで消費してしまう訳だし。

 こういうものがあると話を余所でしたとしても、真に受ける者は少なかろう。


「─────っ!」


 更に目を見開くビル。

 たぶん「冗談だろ」と言いたいのだと思う。

 その割には未だに口の中に残したままで吐き出したりしていないのだが。


「食べなきゃ効力を発揮しないぞ」


「っ!? ─────っ!」


 何か抗議したかったようだ。

 口を閉ざしたままでは言いたいことが何なのかは分からなかったがね。


 結局、咀嚼して飲み込んだが何も言われなかった。

 恨みがましい目で見られはしたけれど。


「悪いが先を急ぐんでな。

 こんな所でヘロヘロになられちゃ困るんだ」


 そう言うと、ビルはガックリと肩を落とした。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 この階層はドルフィンの出番のようだ。

 背負っていた長い棒を抜き放ちヒュンヒュンと振り回し始める。


 感触を確かめているようだ。

 初めて使う武器だしな。


「なあ、賢者様」


 どうにか酸っぱさのショックから抜け出したらしいビルが呼びかけてきた。


「ん、どうした?」


「どうして槍じゃないんだ?」


 もっともな疑問だ。

 杖や棍の類いより槍の方が攻撃力は高いからな。


 ちなみに、この棒は仕込み杖のようになっていたりもしない。


「あれだけの腕なら槍さばきも相当なものだろうに」


 勿体ないと言わんばかりのビルである。


「ただの棒に見えるか?」


 ハッと息をのむビル。


「エリスの槍も伸びたり曲がったりしただろう」


「これもそういう変わり種の魔法の武器なのか?」


「変わり種って……」


「だって、そうだろう。

 あんなので攻撃されたらシャレにならんぞ」


 先程までのことを思い出したのか青い顔をしている。


「初見殺しではあるかもしれんな」


「それどころじゃねえよっ」


 ビルが吠えた。


「受けに回ったら防戦一方になるって」


「それは技量しだいだろう」


「簡単に言ってくれるぜ」


「エリスの槍だって並みの奴じゃ使いこなせないからな」


「そりゃあ、そうかもしれんが……」


「魔物の中には、ああいう攻撃をしてくるのもいるぞ」


 触手系のとかね。


「うっ」


「まあ、あの棒は伸びたり曲がったりはしない。

 ビルの言う変わり種の魔法の武器ではあるがな」


「やっぱり、そうかよ」


 ビルはそう言って諦観を感じさせる嘆息を漏らした。

 そしてドルフィンの方を見る。


 その槍さばきならぬ棒さばきを見続けるうちに表情がみるみる変わっていく。

 何か恐ろしいことでも思い出したかのようだ。


「まさか……」


 恐る恐る俺の方を見てくる。


「まさか?」


「穂先が見えない槍とか言うんじゃないだろうな」


「そんな訳ないだろう」


 何処かの英雄王の剣みたいな処理はしていない。


「発想は面白いが、刃物じゃ乱戦になった時に味方まで巻き込みかねないぞ」


 大きな被害が出てもおかしくない。


「そ、そうだよな」


 ビルは焦ったように頷きながらも安堵している。


「あれは相手に応じて形態を変えるハンマーだ。

 だから風属性を選んだ場合は見えないハンマーを形成する」


 実体を伴わないので、乱戦になっても対処のしようはある。

 ピコピコハンマーのような状態にしておけばいいのだ。

 敵に命中したときだけ衝撃を通すようにすれば、事故は減るだろう。


「ふぁっ!?」


 素っ頓狂な声を出して大口を開けるビル。


『そこまで驚くことか?』


 反応が過剰すぎる気がする。

 それ故にからかいたくなってしまうのだが。


「ファンマーじゃなくてハンマーだ」


「分かってるよっ」


 顔を真っ赤にして抗議してくる。

 自分の驚きっぷりをイジられたのが心底恥ずかしかったのだろう。


「あれの何処がハンマーなんだっ」


 照れ隠しするように食って掛かってきた。


 ドゴッ!


「何事だっ!?」


 ビルが激しい音のした方を見た。

 ドルフィンが地面に棒を打ち付けた状態で動きを止めている。

 棒が地面にめり込み、砕けた岩石の破片が飛び散っていた。


 だが、破片は空中で止まっている。

 動画を一時停止させたかのような不自然さがあった。

 もちろん、リアルでそんなことがあるはずもない。


「何だぁ?」


 訳が分からず目を白黒させるビル。

 その声を耳にしたドルフィンが一瞬だけビルの方を見た。


 そして、見られていることを確認した上で棒を地面から引き抜いていく。


「うおぉっ!」


 ビルが唸り声を発したくなる気持ちも分からなくはない。

 地面から引き抜かれた棒に瓦礫が纏わり付いていたからだ。


 それだけではない。

 飛び散った破片までもが吸い付くように集まっていく。

 単に集まるだけでなく押し固めるような力強さがあった。


 最終的にはバスケットボールほどの体積になっただろうか。

 ただし、その形は──


「ハンマーだ」


 ビルの言うように、ハンマーそのものであった。


 それをドルフィンはブンブンと振り回す。

 明らかに先程までの棒とは重心が違うと分かる。

 それだけでハンマーが如何に重いかが分かろうというものだ。


 にもかかわらず、それを振るうドルフィンの体の軸はぶれていない。


「スゲえ……」


 ビルにもそれが分かったのだろう。

 呆然と呟きを漏らした。


「休憩は終わりだ」


 俺がそう言うと、ドルフィンはピタリとハンマーの動きを止めた。

 こちらを振り向いて頷くと、ハンマーを肩に担いで歩き出す。


「体格に見合っちゃいるんだろうが……」


 ビルが唸るように呟いた。


「オッサン、半端ねえって」


 何処かで聞いたようなことまで言い出す始末である。

 まあ、日本のことなんてビルが知りようはずもないので単なる偶然だ。


「その台詞は少し気が早いな」


「どういうことだよ?」


「魔物と遭遇すれば分かるさ」


 俺の言葉にビルがハッとした表情を浮かべる。


「おいおい、あのハンマーで戦えるのか?

 いくら何でも多勢に無勢になりかねないだろう」


「まあ、見てろって」


 ビルをなだめながら俺たちも歩き始める。


「ここじゃ何も分からんよ」


 魔物が寄りつかないからな。


読んでくれてありがとう。

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