1301 根付いた常識は簡単には消えない
「相変わらず賢者様はぶっ飛んでるよな」
疲れ切った表情でビルが漏らした。
『ぶっ飛んでるは言いすぎだろうに』
別に単独で翼竜退治をした訳じゃないのだ。
ちょちょっと石碑の碑文を写し取っただけである。
「どこがだよ?」
だから俺は抗議の意味も込めて聞いた。
そしたら唖然とした目を向けられたさ。
その顔は驚愕に彩られ──
「マジで言ってるのか!?」
と言いたげに見えた。
『解せぬ』
「そこまで驚くことはないだろう」
何も知らぬ他人ならいざ知らず、ビルには色々と見せているというのに。
俺としてはそう言いたかったのだが。
ビルは諦観を感じさせる表情を見せた。
「はあ─────っ……」
深い溜め息までつかれる始末である。
「こんなに早くこれだけの長文を書ける奴なんて見たことねえよ」
「何だ、そんなことか」
「そんなことかって、おいっ」
「見たこと無いなんて言わせないぞ」
「はあっ!?」
俺の言葉が予想外だったのかビルは素っ頓狂な声を上げた。
「ここにいるじゃないか」
書いたというか、撮影した画像を理力魔法を使って転写したんだが。
まあ、誰にでも真似のできる技ではないな。
それなりに制御力が必要になる訳だし。
放出型の魔法では紙に合わせて縮尺を変えるだけでも困難だろう。
インクの量も調節しなければならないし。
1文字ずつ転写するならどうにかといったところか。
その1文字にかける時間も長そうだし消耗も激しそうだ。
そう考えると、思った以上に非常識だったかもしれない。
現にビルはガックリしていた。
「あのなぁ……」
まあ、魔法の制御力あたりで具体的に考えたりはしていないだろうけど。
そう考えると、誤魔化すためには魔道具とかあった方がいいのかもしれない。
インスタントカメラとかは今回の言い訳には便利そうだ。
『ミズホ国内での需要は疑問符がつくけどな』
印刷しなくてもSNSのウィスパーがあれば撮影した画像は共有できるし。
そうなると、インスタントカメラを作るなら輸出することになりそうだ。
売れる相手は凄く限定的になってしまうけどな。
クラウドやカーターは大丈夫だろう。
他は俺が顔見知りの側近くらいまでか。
ただ、そうしたところで余計な火種を呼び込みかねない代物であるのは間違いない。
持ち運びが容易というのが何よりネックだ。
盗んだり奪ったりを画策する輩も出てくるだろう。
使用者制限をつけたくらいじゃ諦めないと思う。
『ボツだな』
プリンターくらいはあっても大丈夫だとは思うが。
その場合はスマホからワイヤレスでデータ送信して使えるようにすればいいしな。
持ち運びできないサイズにしておけば不埒な連中も簡単には手を出せまい。
ミズホ国内向けだったらポータブルなものがあってもいいと思う。
「まあ、いいや」
ビルがそう言ってガックリ状態から復帰してきた。
俺が考え事をしている間に折り合いをつけたようだ。
「賢者様だしな」
言ってることが微妙に失礼な気がするが、スルーしておく。
話が進まないしな。
「とにかく、下の階層に行くぞ」
階段の下にも石碑はあるはずなのだ。
そこもチェックしなければならない。
留まらねばならない理由はないのでルーリアを先頭に皆で階下へと向かう。
そして、お馴染みとなりつつあるパターンで碑文以外はそっくりな石碑があった。
文面だけが違うのも予想通りである。
確認が済んだら次だ。
「このフロアの斥候担当は誰だ?」
「自分です」
スッと前に進み出てきたハリー。
ギョッと目を見開いてビルが仰け反った。
「い、いつの間にっ!?」
間合いに入られたことを驚いたようだが。
「今更だろう」
ビルにツッコミを入れた。
「へ?」
間の抜けた顔を向けてくるビルだ。
既に見てきているはずなのに、これなのか。
いや、レベルが上がって自信がついた後だからなのかもしれない。
間合いに踏み込まれた瞬間くらいは把握できると思っていたのだろう。
『さっき、ルーリアの動きを追い切れていなかったのは誰だよ』
思わず内心でツッコミを入れていた。
それとも戦闘時と今のように何もない時では差があるとでも思っているのか。
随分と侮られたものである。
「おいおい、さっきは何を見ていたんだ。
デモンストレーションをした甲斐がないぞ」
「うっ」
俺の指摘を受けて、ようやく思い出したようだ。
単に失念していただけみたいだな。
「ちょっと気を抜きすぎじゃないか」
「勘弁してくれよ。
驚きの連続で、それどころじゃねえって」
混乱して満足に思考が働かない状態に陥っていると言いたいようだ。
そのせいで無意識に染みついた常識が優先されていたのかもな。
『そういうことか』
「そんなに落ち着かないんじゃ引き返すか?」
ビルに問うた。
万全でない時に無理をするのは不覚を招き寄せかねない。
「いや、大丈夫だ」
返事はノーだった。
ビルがそう判断するなら本人の責任である。
「そうか」
俺たちは探索を続けることにした。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
ハリーもルーシーやルーリアと同じく単独で魔物を殲滅していく。
この階層はホブゴブリンが多い。
他の魔物もいるが、今のところ遭遇した魔物の割合はホブゴブリンが半分以上だ。
これは徒党を組んで襲いかかってくるからかもしれない。
知恵が回るからそうするのではなく、単なる習性だけどな。
「なあ、賢者様」
ビルが怪訝な表情をしながら話し掛けてきた。
「どうした?」
「あの坊主頭の兄さんはどうやって魔物を倒してるんだ?」
俺たちから少し先行しながら前を進むハリーの戦い方が分からないらしい。
素人目には歩いているだけとしか見えないからだろう。
『それにしても、坊主頭の兄さんとはな』
ハリーが海外の某アクション俳優を気に入って人化しているからなんだが。
着ぐるみ時代から格闘技の達人で運び屋をする映画がハリーのお気に入りである。
その割に服装はミズホ服なので和洋が入り交じった感じがしてちぐはぐだ。
加えて戦い方はまるで別物だったりするし。
ビルも気になるような一風変わったものだ。
「何かチカチカ光っているから魔法だとは思うんだが」
さすがに素人とは違うビルの目には攻撃の片鱗くらいは映っているようだ。
ただ、見切ることはできていない。
それができるなら、あれが魔法ではないことも分かるはずだからね。
「あんな魔法は見たことがない」
「魔法じゃないからな」
「ふぁっ!?」
ビルが目を見開ききって俺の方を見た。
「もう驚かんと決めてたのに、なんなんだよ」
ビルが愚痴る。
確かにハリーの攻撃を最初に目の当たりにした時にはグッと口を引き結んでいた。
驚きの声を上げそうになるのを我慢していたのだろう。
我慢している時点で驚いているというツッコミはなしだ。
せっかく頑張っているんだしな。
残念なことに、その辛抱は長くは持たなかったが。
「それなら少し分かりやすくしてやろう」
「そんなこと、できるのか!?」
驚きを露わにして聞いてくるビル。
「もう驚かないんじゃないのか」
指摘するとビルは直ぐさま表情を引き締めた。
「ハリー、ちょっと」
俺が呼びつけると──
「はっ」
シュバッと参上な感じでハリーが俺たちの目の前に現れた。
「っ!」
ビルはどうにか声を漏らさずに耐えてみせた。
「すまんが武器をこれに変えてくれないか」
倉庫から一振りの剣を引っ張り出す。
「─────っ!」
突如として出現した剣にビルが驚愕の表情を浮かべる。
が、叫ぶのだけは耐えきった。
『粘るねー』
その様を横目で見ながら、ハリーに剣を渡す。
受け取ったハリーは剣に魔力を流すと、何かに気付いたようにハッと表情を変えた。
「同じ攻撃方法でということですね」
そう言いながらビルの方をチラリと見た。
理解が早くて助かるよ。
「スマンな」
「いえ、これを使わせてもらえるのは嬉しいです」
そう言って定位置に戻った。
「どういうことだよ、賢者様?」
ビルが困惑しながら聞いてきた。
「次に魔物と遭遇したときに分かるさ」
それだけ言って先へと進む。
「えーっ」
ビルは非難めいた声を発したが、それ以上は抗議してこなかった。
それから探索することしばし。
「いませんね~」
ダニエラが言うように魔物がいない。
他の冒険者とも遭遇しないしな。
ここは広いから、そういうことがあっても不思議ではないのだが。
『ん?』
何かが引っ掛かった。
俺だけが感じている違和感につながりそうな何かだと思う。
が、その感じた何かは潮が引くかのように消えていった。
「武器を変えた途端なの」
直後にルーシーのこの言葉。
グサッとくるんだよね。
俺のやっていることが的外れだと言われているっぽくてさ。
もちろん、俺の被害妄想であって言った当人に他意はない。
ルーシーはタイミングを言ったにすぎないのだ。
自力でどうにかしなければなるまい。
『やれやれ、種明かしも手間がかかるね』
読んでくれてありがとう。




