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1299 疑り深いのとデリカシーがないのはどっちが面倒か

「このお姉さんも防具なしか」


 ビルが諦観を感じさせる顔つきで言った。


「お嬢ちゃんは格闘家だったから分からなくもないんだが」


「心配性だな、ビルは」


「性分なんだよ」


「知ってるよ」


 ゲールウエザーの王都にいた頃から世話焼きでお節介だったからな。


「ルーリア、この先に湧き部屋があるから少し見せてやってくれ」


「承知した」


「おいっ!?」


 ビルが目を剥いてツッコミを入れてきたがスルーだ。

 何度も抗議してきたがドルフィンに羽交い締めにされて抱え上げられてしまった。


「湧き部屋はベテランでもソロじゃ突っ込まないんだぞ!」


 両手両脚の数では数え切れないほどの圧倒的物量で押し寄せてくるからな。

 それは承知している。


 だからこそ格好のデモンストレーションになるのだ。


「どうなっても知らねえからなっ」


 そう言ったきりビルは沈黙した。

 凄く不機嫌そうではあったがね。

 説得できない上に自らは身動き取れない状況だしな。


 筋金入りのお節介野郎だからこその御機嫌斜めぶりってことなんだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 湧き部屋前に到達した。


「結局、誰も止めないのかよ」


 呆れた様子でビルが呟いた。


「どう考えたって湧き部屋でソロが防具なしとか無謀すぎるだろ」


『普通はそう思うんだろうが』


 西方人ならばな。

 が、ミズホ国民からすれば違うと言わざるを得ない。

 うちでは定番と化した西方の常識ミズホの非常識ってやつだ。


「無謀だと思うか?」


 念のため皆に聞いてみた。

 一斉に頭を振る一同。


「デモンストレーションにもなるかどうか怪しいところですね」


 苦笑しながら、そんなことを言うエリス。


「強そうな気配はしませんよ~」


 緊張感の欠片もなく語るダニエラ。

 同意するように頷くハリーとドルフィン。


 階層が浅いから気配で探るまでもないけどね。


「この足音はウサギさんなの」


 ドアに耳をつけることなく断言するルーシー。


「ちょっ、おいっ!?」


 ビルが慌てた様子を見せる。


「もしかして牙ウサギが湧いてるのかよっ!?」


 驚きを露わにした表情で聞いてきた。


「そうなの」


 胸を張って答えるルーシー。


「防具なしで入るとかバカな真似はよせっ」


 必死の形相でルーリアに呼びかけるビル。

 しかしながら、ルーリアに取り合う様子はない。


「人の話を聞けっての!」


 相手にされないのを見てビルは更にヒートアップする。


「湧き部屋で牙ウサギの相手をするなんて無謀だっ。

 奴らは単体なら雑魚だが、すばしっこくて攻撃力もあるんだぞっ!」


 その呼びかけにもルーリアは特に表情を変えることなく一瞥しただけだった。


「聞けよっ!」


 もはや見向きもしない。


「奴らは群れる習性があるから連携もしてくるんだって!」


 ルーリアは躊躇することなくドアを開け中へと踏み込んだ。


「おいっ、中の様子くらい──」


 今まで吠えていたビルが急にトーンダウンしたのは湧き部屋の魔物を刺激しないためか。

 それとも部屋に入ると同時に抜刀したルーリアの殺気に気圧されたからか。


 最後まで言い切れなかったところを見ると後者の線が濃厚だ。

 ワンテンポ遅れてビルの足元に牙ウサギの生首が飛んできた。


「うおっ!」


 抱え上げられたままのビルが両脚を上げる。

 ガッチリ両脇をホールドされているせいで、それくらいしか避ける手段がないからな。

 ニアピンな位置で止まったので避けるまでもなかったが。


 その後も次々と生首が飛んでくる。

 すべてニアピン賞ものだ。

 それらが一塊になって積み上がっていく。


「なっ」


 ビルが絶句する。


「少しは静かにしろってよ」


 俺がそう言うとニアピンショーはピタリと止まった。

 が、湧き部屋の中では戦闘が続いている。


「特等席へ御案内だ」


 俺が目配せするとドルフィンが歩き出す。


「お、おいっ」


 抱えられたままのビルが左右を見てオロオロしている。

 まともに身動きできない状態で湧き部屋の入り口へ向かわれると焦りもするか。


「心配するな。

 中に入る訳じゃない」


「そんなこと言ったってよぉ」


 情けない声を出しながら振り返るビル。

 その顔は生きた心地がしないと語っていた。


「何の心配もいらんよ」


「無茶を言うな~」


 腰の抜けたような声で反論してくる。


「そんなことより前を見ろ。

 せっかくの特等席が勿体ないぞ」


「っ!」


 思い出したようにガバッと正面に向き直るビル。

 いつ自分が襲われるかと気が気でないのだろう。

 その割には失念していたのはどうかと思うが。


 何にせよ、正面を向いたビルは一瞬で体を強張らせていた。

 特に脚部に力みが見られる。

 バネのように縮めて臨戦態勢だ。


『牙ウサギが飛び出してきたら蹴りで対処するつもりか』


 万が一にもそんなことになったら、ドルフィンが対処するので無意味だ。

 国民でないとはいえビルは数少ない友人の1人である。

 デモンストレーション程度で怪我などさせる訳がない。


 それ以前に万が一など起きるはずはないんだがな。

 牙ウサギどもにルーリアを出し抜くことなどできるはずがないのだ。


 知能が獣並みだからではない。

 相手を上回るスピードでルーリアが牙ウサギを翻弄しているからだ。


 縦横無尽に湧き部屋の中を駆け回り、目にもとまらぬ早技で剣を振るっていた。

 ビルにしてみればの話ではあるが。


 あっと言う間に数を減らしていく牙ウサギ。

 その光景を目の当たりにしたビルが口を開く。


「……………」


 だが、何かを語る訳ではない。

 絵に描いたような唖然呆然の顔つきになっていた。

 体からも力みが消えていく。


 最後の牙ウサギが斬り伏せられた直後──


「マジか……」


 そう呟くのがやっとだったようだ。

 ビルの固まった表情を横目にルーリアが通路に戻ってきた。


「お疲れー」


 とは言ってみたが、ルーリアにそんな様子は微塵も見られない。

 まあ、挨拶代わりの社交辞令みたいなもんだ。

 自分の奥さん相手に社交辞令ってどうなのかとは思うがね。


「ああ」


 コクリと頷きながら短く返事をするルーリア。

 頬がやや紅潮しているように見えるのは気のせいではない。

 あれだけ動き回ったから、という訳ではなく照れているだけだ。


 こんな声掛けだけで恥ずかしがるのは生真面目なルーリアだからこそだろう。

 2人きりの時にイチャイチャしようとしたら真っ赤になって卒倒寸前までいくしな。


 普段は冷静なのにギャップがあって可愛いったらありゃしない。

 見事なまでのクーデレさんである。

 と思っているが、このことは当人には内緒だ。


 指摘したら本当に卒倒しかねない。


「息ひとつ乱してない……」


 ビルが再び呟いた。

 見れば羽交い締めの状態からは解放されている。

 デモンストレーションが終われば拘束する必要はないしな。


「心配無用で御意見無用って訳だ」


 これで納得するだろうと思ったのだが。


「それにしたって剣士が防具なしなのは感心しないぞ」


 反論されてしまった。

 実に頑固な男だ。

 思わず嘆息してしまう。


「心配には及びませんよ」


 そう言ったのはエリスである。


「我々の衣服は下手な金属甲冑よりも丈夫ですから」


 ビルがそれを聞いてギョッとした顔になった。

 そして、恐る恐る俺の方を振り返る。


「いくら賢者様のお仲間の言葉でもなぁ……」


 ウソだろうと問いたげに言ってくる。


「そんな魔法じみた服があるとか言われても信じられんぞ」


「実際、魔法が付与されてるからな」


「マジで!?」


「マジで」


 頷きで肯定しながらそう言うと、ビルは頬を引きつらせていた。

 この様子なら余所で喋ったりはしないだろう。


「誰にも言うなよ」


 念のために釘を刺せば──


「言えるわきゃねえよ」


 引きつった表情のまま即答した。


「こんなの喋ったら余計な火種に巻き込まれるだけだ」


「だから、今まで黙っていたんだがな」


 誰かさんが思いの外しつこいから、こういうことになる。


「ぐっ」


 当の本人もそれに思い至ったらしい。

 ばつが悪そうな顔で短く唸っていた。


「納得したか?」


「ああ、賢者様なら何があっても不思議じゃねえしな」


「まったく……」


 一言、余計なのだ。

 とはいえ納得したのなら後は探索を続けることが優先される。


「じゃあ、続きだ」


 気を取り直して指示を出した。

 ルーリアを斥候役としてダンジョン内を進むが……


「見事に何もないな」


「何もないんじゃなくて、あの姐さんが片っ端から斬り伏せて回収してるだろ」


 俺の言葉にビルがツッコミを入れてきた。


『姐さんって……』


 ビルの方が年上なんだが。

 まあ、デモを見せつけられた後なら仕方ないのかもしれない。


 問題はルーリアがどう受け止めるかだ。

 表面上は何ともないように見える。


 が、ルーリアが「姐さん」のところでわずかに反応していた。

 確実に気にしているはずだ。

 年相応に見られたいだろうしな。


『後でフォローしなきゃならん俺の身にもなってくれっての』


読んでくれてありがとう。

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