1282 臨時イベント
「ところで、これってなんて名前なの?」
マイカが聞いてきた。
「へ?」
思わず間抜けな声で聞き返してしまう。
そんなことを聞かれるとは夢にも思っていなかったからだ。
「なによ、考えてなかったの?」
コクコクと頷いて答えた。
「ハルにしては抜けてるわねえ」
「悪かったな」
「悪くはないけど、珍しいじゃない」
「そうか?」
「そうよ。
こういうの、こだわるじゃないの」
「私はもう決めてるものだとばかり思ってたんだけど」
マイカだけでなくミズキも同じことを思っていたようだ。
「あ、それはうちも思たで」
「私もー」
ツッコミコンビのアニスとレイナも同意する。
見れば、他の皆も頷いていた。
「そんなこと言われてもなぁ」
作って満足してしまったのだ。
後のことは何も考えていなかった。
タイミング良くトモさん夫婦が来て遊ぶことになったし。
「流れでそうなったとしか言えないぞ」
「流れって何やねん、それっ」
すかさず、アニスのツッコミが飛び込んできた。
「流れは流れだよ」
それ以上でも以下でもない。
誰のせいでもないんだから他に言い様がない訳だし。
「気にしても始まらんだろう」
そう言ったのはツバキである。
「どうせなら皆で名前を考えるのはどうでしょうか?」
カーラがそんな提案をしてきた。
「それいいニャ」
「ナイスなの」
「面白そうだよ」
「「考えるー」」
子供組が同意すると、皆もその気になったようだ。
途端にガヤガヤと賑やかになっていく。
今までも雑談モードでそれなりに話し声がしていたんだけどね。
スイッチが切り替わったように音量が大きくなった。
まさに喧噪といった感じだ。
「あー、こりゃ止まらんな」
止める必要性も感じないが。
皆が考えてくれるというなら楽でいい。
ただ、気合いの入り方が尋常でない気がする。
あちこちで小グループに分かれて相談を始めているし。
『競い合う気か?』
そういう空気が漂っているのだ。
「チーム対抗戦でもしているかのようじゃな」
シヅカは参加しないようだ。
「くーくっくくぅくーくうくーくっ」
皆で何かしたい気持ちの表れだね、とローズが肩をすくめた。
「たかだか名前を決めるのに大仰だなぁ」
「たのしそーだよー?」
マリカが俺を見上げながら聞いてくる。
「別にやめろと言うつもりはないさ。
せっかくゲーム機があるのに、遊ばないのはどうかと思っただけだ」
「その通りっ」
背後から急接近しながらトモさんが言った。
振り返ると──
「うわっ」
至近距離まで迫ってきていた。
「ゲームがあるのに何故やらぬぅ!」
ドアップで力説されてもね……
とりあえず顔を押し返す。
「トモさんは今の方が都合がいいだろ」
「何故だっ?」
渋めの声で問うてきた。
銀座弾正さんの物真似か。
ここは三毛田庄一さんで返すところなんだろうが……
『この状態で物真似してもなぁ』
話がグダグダになりそうだし。
という訳で幻影魔法でトモさんの物真似シーンを流す。
これは前にトモさんが物真似をしたときに録画しておいたものだ。
こういうこともあろうかと思った訳ではない。
なんとなく保存していたのを咄嗟に使ってみただけだ。
「坊やだからさ」
「うおっ、まさかの返し技だ」
仰け反るようにたじろいだトモさん。
さすがに自分が物真似をしているところを見せられるとは思っていなかったようだ。
が、その怯みも一瞬のこと。
「ハルさんめ、やるようになった」
物真似で切り返してきた。
『照れ臭いんだな』
そんな訳で物真似返しはここまでにしておく。
ここで続けると延々と終わらないだろうし。
今なら目論見通りに話を戻せるはずだ。
「1時間の制限付きだから、その後は指をくわえて見てるだけになってしまうよ」
「OH!」
ショックを受けているトモさん。
思い出したようだ。
「ちなみにトモさんのアカウントでは解除不能だから」
「それは本体を変えてもダメってことだね」
「そゆこと」
「裏技みたいなのは……」
縋るような目で聞いてくるが、そんなものはない。
頭を振って現実を告げる。
「ぐわああぁぁぁっ、それは拷問だよ!」
絞り出すような声で悲鳴を上げるトモさん。
まあ、気持ちは分からなくもない。
皆が楽しそうに遊んでいる前で自分だけ見ているしかないというのはね。
「別に永遠にゲームができない訳じゃないから」
こんなことを言ってもなんの慰めにもならないとは思うが。
「そんなことになったら死んじゃうって!」
「それはない」
「うん、そうだね」
急に冷静なトモさんに戻った。
主張するだけしたら少しはスッキリしたのだろう。
『あとは腹をくくるだけだったか』
何やら悲壮な雰囲気を漂わせているが……
「トモさんや」
「何かな?」
「この状況を利用すれば良いと思うよ」
「どういうことかな?」
よく分からないとばかりに首を傾げるトモさん。
「ゲーム機の名前決めをイベントにして時間を稼ぐ」
「ほう」
「場合によっては今夜はゲームができなくなるかもだけど」
「指をくわえて見ているだけになることだけは避けられると?」
「その通り」
「うむむむむ……」
トモさんが唸り始めた。
どうやらゲームができないというのがネックになっているようだ。
が、しばし後にはそれを受け入れていた。
自前の倉庫からマイクを引っ張り出したのが、その証拠だ。
俺の方を見て頷き、そしてシュバッと食堂の片隅へ移動した。
そちらには軽くイベントがこなせるように小さめの舞台が設けられている。
迷うことなくササッと壇上へと上がったのは言うまでもない。
「あーあー、テステス、ただいまマイクのテスト中」
そんなことをしなくても魔道具のマイクは自動調整機能付きだ。
音量は食堂にいる人数や喧噪にあわせて変化する。
ハウリングを起こすこともない。
もちろん、トモさんもそれは知っているのだが。
テストとは別の狙いがあって、あえてそう言ったのだ。
今の一言で皆がめいめいに喋るのをやめて舞台の方へ振り向いていた。
「上手いもんだ」
「テストが上手いとはどういうことじゃ?」
怪訝な顔をしてシヅカが聞いてきた。
「テストじゃなくて、皆を振り向かせたのが上手いと言ったんだよ」
「ふむ、意味が分からぬ」
「聞きそびれても問題のない一言で注目を集めただろ」
「うむ」
「注目を集めてから大事なことを話せば、聞き漏らしを減らせるよな」
ここまで説明したところでシヅカが軽く目を見開いた。
「なるほどのう。
確かにそうじゃ」
しきりに頷いている。
そこで再びトモさんの声が聞こえてきた。
「皆が一生懸命にゲーム機の名前を考えようというのは、よぉーく分かった」
左から右へ流すように指差していく。
そうやって興味を引き付けようというのだろう。
現に今の言葉だけで興味を失ってしまった者はいなかった。
「ならばっ!」
拳を握りしめて1歩前に踏み出す。
「賞品付きのイベントにしてしまおうではないかっ!」
ガッと拳を突き上げた。
いや、よく見れば人差し指が立てられている。
そのポーズは何処かで見たような気もするのだけど、ちょっと覚えがない。
なんにせよ皆の興味を上手く引いている。
「やるなぁ、トモさん」
「そうじゃろうか?
あれくらいは普通ではないのかえ?」
「おいおい、シヅカは辛口だなぁ」
「ん? 彼奴は喋るプロなのじゃろう?」
「声優ね」
「そうじゃ、それじゃ」
「そうなんだけどさ……」
シヅカの言いたいことは分からんではないのだが。
それも認識にズレがなければの話だ。
「トモさんは司会はやってないからな。
台本なしで頑張っているっていうのを忘れちゃいけないよ」
「そうであったか。
妾の勘違いであったな。
すまぬことをしたのじゃ」
素直に自分の非を認めるシヅカ。
「あと俺が言いたいのは、皆の興味の引き方だね。
仕草とか最初の段階で賞品ありとしたことだよ」
「ふむ、手法が優れておるということか。
それは確かにの。
賞品目当てに話を聞く体勢ができておる」
「そうそう」
「咄嗟の思いつきであれやこれやと盛り込んでくるとは、やるではないか」
ちゃんとシヅカにも伝わったようだ。
ならば後はトモさんの踏ん張りを見せてもらうだけだな。
読んでくれてありがとう。




