129 初日の出へゴー!
改訂版です。
「よし、では行こう」
ノエルとローズに声を掛けて部屋を後にする。
時間的には余裕があるんだけど妖精組の半数以上が庭に集まっている様子だ。
皆それだけ楽しみにしているのだろう。
初日の出を見に行くのは俺が日本の風習とかを話した時にリクエストされたイベントのひとつだし。
「おっ」
「賢者殿」
階段でルーリアと遭遇した。
朝の挨拶を交わして階下へと下りていく。
その中でふいにノエルが口を開いた。
「賢者さん、初日の出ってどういう意味があるの?」
これも新国民組には説明してなかったか。
「日本の風習のひとつでな」
「うん」
「日本人は1年の最初に姿を現す太陽を神格化していたんだ」
「太陽が神様?」
「農耕民族だった日本人にとって太陽は作物を育てるために必要不可欠だったんだよ」
「なるほど。恵みをもたらす存在を神になぞらえ崇拝した訳か」
ルーリアが感心している。
「ああ。だから昔の人は年始に豊作を願って初日の出に感謝と祈りを捧げていたんだよ」
「今は違うの?」
「伝統を守っているところもあるけどね」
現代日本で五穀豊穣を願って初日の出に祈りを捧げる人ってどのくらいいるのかってことだな。
「では、この国で初日の出を見る意味とは?」
それを言っちゃお終いよみたいなことを言ってくれるルーリアさん。
うちは神様といえばベリルママしかいないとなっているからね。
西方ではおちゃらけ亜神のラソル様が太陽を司る主神扱いされているけど。
勇者に神託とか下したときに誤解されたのが始まりだとか。
西方の宗教の偉いさんたちが事実を知ったら隠蔽する方向に走りそうだ。
信者はともかく亜神を相手に隠し通せる訳ないのに。
しかも、相手はあのラソル様である。
西方全域で暴露してから隠蔽した連中相手にトントンとステップを踏みながら「ねえ、どんな気持ち」とか言いそうだ。
「太陽を神格化して良いのかと言いたい訳か」
「まあ、そういうことだ」
ベリルママがすべてを管理しているのに太陽を別の神様として見立てるのは不敬だと考えたんだな。
「そんなこと言ったら、西方の宗教なんてすべて不敬になってしまうぞ」
「言われてみれば……」
一気に顔色を悪くするルーリア。
「大丈夫だ」
「え?」
「どの神に祈ろうと信仰心はすべて管理神の元に集まってくるから」
「ええっ!?」
「大事なのは邪な気持ちを抱かず真摯に祈ること」
「そうだったのか」
ルーリアも納得できたようで俺から聞いた話を反芻しているようだ。
が、不意に別のことに気付いたような表情を見せた。
「では、初日の出を見に行く意味とは?」
神格化する訳じゃないし祈りを捧げるのとも微妙に違う行事だからなぁ。
そこまで考えるのは几帳面というか真面目というか。
「深く考えてなくていいんだよ」
「いや、しかし……」
ルーリアは反論しかけたものの明確な根拠がないせいか言い淀む。
馴染みがない習慣に戸惑っている一面もあると思う。
当人はもちろん、前世である神咲瑠理も経験していないだろうからな。
初日の出詣では江戸時代以前はなかったみたいだし。
経験してなきゃ魂に刻まれた記憶も呼び起こされはしない。
「イベントのひとつだと思えばいい」
「は?」
困惑の表情を浮かべるルーリアだ。
「ご飯を食べて美味しいと思ったら感謝しないか?」
「あっ、ああ……」
戸惑いつつもルーリアは返事をした。
「だったら神様に対してだけではなく恵みをもたらす太陽や雨に感謝するのもありだよな」
初日の出詣では1年の始まりという区切りが分かり易いからやっているだけなのだ。
「っ!」
目から鱗だったらしくルーリアは切れ長の目を大きく見開いていた。
「感謝は神様だけにするものじゃない、か」
確認するように何度も頷いているルーリア。
「先に賢者殿の話を聞いておいて良かった」
「ん」
ルーリアの言葉にノエルも納得顔だ。
その後もあれやこれやと話をしながら歩き続け庭に出てきたのだが。
「おや?」
ルーリアが何かに気付いたように声を発した。
俺はすでに気付いていたので特に何も言わない。
「どうしたの?」
かわりにノエルが問いかけた。
「ほら、あそこ」
ルーリアが指差す先に居たのは──
「リーシャ……、それに皆」
そう、来ないと言っていた月狼の友が集合場所にいたのである。
向こうも気付いたらしく、こちらに向かってくる。
「いよー、寝坊しなかったようだな」
俺が声を掛けると苦笑いが返ってきた。
「どういう心境の変化だ?」
ルーリアが首を捻っている。
「あー、それはだな」
気まずそうな感じでリーシャが言い淀む。
この調子で話が進まないのもどうかと思ったのでフォローしておくことにした。
「最初から来るつもりだったんだろ」
「来ないというのはウソだったと?」
「ウソというか安全策だな。寝坊して迷惑を掛けたくなかったんだろう」
「要するに間に合った時だけ参加するつもりだったと?」
「そういうこと」
「最初からそう言っておけば良かったのに」
「それだと時間が来てもドライに行動しづらいだろ」
確認に奔走したり出発の時刻を遅らせたりとなれば月狼の友の面々も肩身が狭い思いをすることになる。
「なんや、賢者はん。最初から気付いとったんかいな」
アニスが照れくさそうな感じで苦笑している。
気配で動きを察知するまで気付いていなかったと言っても信じないだろう。
下手に説明するよりスルーした方が賢明だ。
そろそろ出発の時間だし。
「よーし、全員集合したなー」
案の定、正門に近い方からキースの大きな声が聞こえてきた。
「これより初日の出詣での場所に向かう」
場所は海岸なので新国民組にとっては結構な距離がある。
全力で走っても日の出に間に合うかどうかぐらいじゃなかろうか。
「総員、続けー!」
「「「「「おーっ!!」」」」」
キースの号令の元、妖精組がダッシュしていった。
「あのー、行っちゃったみたいなんですけどー」
ダニエラがいつものタレ目を更に下げて困り顔になりながら、速さについて行けないと暗に言っている。
一瞬で消えるようにいなくなったんじゃ無理もないか。
「アタシらじゃアレを真似しろって言われても無理だぞ」
ふてくされたようにレイナが言ってくる。
双子たちも困惑したように頷いていた。
「心配無用! こうすりゃいいんだ」
言うが早いか理力魔法で全員を持ち上げる。
「ちょ、おいっ、これって」
「レッツ! ゴー!!」
有無を言わさず飛んで行く。
「キャーッ!」
という悲鳴は誰のものだろうか。
「ギニャーッ!」
というのはレイナだと分かったのだけど。
いずれもスルーさせてもらった。
時間にすれば数十秒だし到着すれば怖くないってことでギューンとひとっ飛び。
「おまっ、お前って奴は───っ!」
妖精組を追い抜いて海岸に到着した途端にレイナから噛みつかれたけど。
ちょっとしたジェットコースター気分を味わえたと思うんだけどな。
「「だめだよー、レイナちゃーん」」
双子のメリーとリリーに羽交い締めにされるレイナ。
なんだかパターン化しているな。
「先に説明しなかったのは悪かったな」
とは言ったのだが、レイナはキーキーと喚いて興奮冷めやらぬ状態だ。
なだめるのも一筋縄ではいくまい。
「そんなに酷かったのか」
ならば最年少のノエルも怖がらせてしまったかもしれない。
何も言ってこないけれど抗議する余裕すらないということも考えられる。
そう思ってノエルの方を見たが特に青い顔をしているということもなさそうだ。
「ノエルはダメだったか?」
念のために話を振ってみたが。
「速かった。あと私も自分で空を飛べるようになりたい」
「なっ!?」
ノエルの返答にレイナ轟沈。
丁度そこにキースを先頭に妖精たちがやって来た。
「さすがは陛下。我々も更に修行を積まねばなりません」
「無理をしないようにな」
最近の妖精たちはやる気が先走る傾向にあるからなぁ。
最初に出会った頃の慎重さは一体何だったんだと言いたい。
なにはともあれ海岸に全員がそろった。
こういうのって今だからできることだと思う。
今は人口が3桁にも満たないけれど、ミズホシティは政令指定都市の要件を満たす人口を余裕でまかなえるからな。
もっと人口が増えれば海岸で全国民集合なんてできなくなるだろう。
だからこそ今を大事にしたいと思う。
「あ、明るくなってきた」
色々考えている間に空が白み始めたようだ。
皆もワイワイと騒いでいた状態から一瞬で静かになった。
徐々に明るくなっていく景色を皆で眺める。
ついに輪郭を覗かせた太陽は圧倒的な存在感があった。
誰も彼もが圧倒され言葉もない。
もちろん俺もだ。
初日の出にはそれだけ荘厳な何かがあるってことなのだろう。
読んでくれてありがとう。




