1272 今日は何して遊ぶ?
休暇3日目。
「今日は何をするかな」
「くーくぅ、くぅくっ」
よく遊び、よく遊べ、とか言ってる人がいますよ。
言わずと知れた我が守護者ローズさんである。
「そのつもりだけどさ。
具体的なプランがあるなら聞かせてもらおうか?」
「くぅ?」
さあ? だって。
『丸投げかよ……』
ジト目で見ると視線をそらされた。
「あるじー、これしよう?」
マリカが自前の倉庫から四角い紙を引っ張り出してきた。
ミズホ紙の中でも凝った作りをしているそれは──
「千代紙?」
なんだけど、マリカの言っていることが意味不明だ。
「んとねー」
そう言いながら食堂の机の上で千代紙に折り目をつけていく。
なかなか慎重な手付きだ。
あまり慣れていないらしくプルプルしているのが可愛い。
『あー、そういうことか』
すぐに気付いたが、何も言わない。
黙って見守り続けること数分。
「できたー」
そう言いながら掲げて見せてくれたのは折り鶴だった。
丁寧に作っただけあって綺麗な仕上がりだ。
「ほほう、懐かしいね」
トモさんが目を細めながら、そんなことを言った。
「そうなんですか?」
フェルトが不思議そうに聞いていた。
「何かの造形物だとは分かるのですが……」
何故か俺の方を見て聞いてくるフェルト。
『自分の旦那に聞かないのか』
まあ、俺には【諸法の理】先生のアシストがあるけどさ。
それにしたってトモさんが話し始めたのにと思ったら……
当の本人は次を折り始めたマリカの手元に夢中になっている。
『なるほど』
旦那の邪魔はしたくないってことか。
思わず苦笑が漏れた。
「これは折り紙という遊びだよ」
そんな訳で俺が答える。
「折り紙ですか……」
「マリカが折ったのはツルだね」
「ツル……」
少し首を傾げながら考え込むフェルト。
『あ、分からなかったか』
そんなフェルトの様子に気付いたのだろう。
トモさんが振り向いた。
「ツル、ツル……」
「ツルツル?」
不安そうな表情でそーっと頭に手をやって触っているトモさん。
『そっちのツルツルじゃないから』
アイコンタクトで意思の疎通を図ってみたら、ササッと手を離して苦笑いしてたよ。
たぶん通じたんだろう。
一生懸命に考え込んでいるフェルトに見られなかったことで安堵しているっぽい。
「ああ、鶴なんですね」
そう待つことなくフェルトも答えに辿り着いた。
折り鶴の完成度が高いことも、その要因だと思う。
「そうだよ」
「こういう遊びがあるんですね」
フェルトがしげしげと折り鶴を見ながら感心するように小さく頷いている。
そして再び折り始めたマリカの手元を食い入るように見始めた。
「四角い紙がこんな風に複雑に形を変えていくなんて……」
感嘆しつつ見入っている。
「折り鶴は丁寧に折れば、そんなに難しいものでもない」
「もっと難しいものもあるんですか?」
「カニなんかは鶴より複雑かな」
「えっ!?」
目を見開いて俺の方へ振り返るフェルト。
「四角い紙で折れるものなんですか?」
「簡略化した平面っぽいのもあるけど、立体的なのもあるね」
それでも中級者向けなんだけど。
上級者になるとリアルなドラゴンなども作ってしまう人がいる。
しかも、バリエーショが色々とあるんだよな。
そこまでいくと何処をどう折っているのか見当もつかない。
「想像がつきません」
ゆっくりと頭を振るフェルト。
『無理もないか』
折り紙を見たのは初めてだもんな。
という訳で前に見つけた動画を幻影魔法で流してみることにした。
「これは切り込みを入れるから折り紙としては邪道だって言われるかもしれないが」
そう言いながら早送りで動画を流すこと数分。
「凄いですね。
ちゃんと8本足と2本の爪を再現してますよ」
「うーん、これは俺も見たことがないね」
トモさんも知らなかったようだ。
だとしても、それは仕方のないところだ。
折り紙は日本人にとって当たり前の遊びでも、誰もがすべてを網羅している訳じゃない。
興味のあるジャンルなら色々と調べるんだろうけどな。
「でも、鶴なら俺もよく折ったなぁ」
トモさんは懐かしそうに軽く目を閉じた。
子供の頃のことを思い返しているんだろう。
それを見たフェルトが──
「これは子供の遊びなんですか?」
ちょっと驚き気味に聞いてくる。
難易度の高いカニの折り方を見せたせいだろう。
意外に思ったようだ。
まあ、更に高度なものになってくると子供の遊びの領域は超えているとは思う。
「基本はそうだね」
そう言ってから、ひとつだけ引っ掛かることがあった。
「あー、それだけじゃないか」
「どういうことでしょうか?」
「折り紙自体は日本では子供の遊びとして知られているんだが……」
「はい」
「折り鶴はたくさん折って病気のお見舞いなんかに持っていったりするんだよ」
「お見舞いですか……」
フェルトはよく理解できないらしく、不思議そうに首を捻っている。
「これを千羽鶴という」
「千羽鶴……」
フェルトがトモさんを見る。
その目がどうしてそういう風習があるのかと問うていた。
トモさんはそこで俺に聞くのかって目を丸くさせていたけどね。
詳しくないってのは先に言ったも同然だったし。
まあ、折り鶴のことはそれなりに知っていると受け取られたのだろう。
「そういや、どうして千羽鶴を折るのか知らないな」
トモさんは自分の奥さんの疑問に答えられずに苦笑していた。
そして、こちらを見る。
「ハルさんはどうしてだか知ってるかい?」
「縁起のいい動物だからだよ。
日本では鶴は千年って言うだろ」
「あー、言うねえ」
うんうんと頷くトモさん。
フェルトは知らなかったようだが、トモさんを見てそういうものだと思ったらしい。
「病気の回復祈願には最適なんだろうね」
「「へー」」
トモさん夫婦が感心している。
目の前にボタンがあれば連打していたかもしれない。
「ただし、これは俗説だ。
ハッキリしたことは分かっていないらしいよ」
「ありがちだね」
トモさんが苦笑する。
「でも、その話が事実でないと決まった訳じゃないんですよね?」
一方のフェルトは妙に力んだ感じで聞いてくる。
「断定はできないという程度だぞ」
出所不明だからこその俗説なのだ。
信憑性は限りなく薄い。
「それでも信じたいじゃないですか」
フンスフンスと鼻息が聞こえてきそうな感じで言ってくるフェルト。
「じゃあ、これからはそういうことにしようか。
千羽鶴は長生きの象徴である鶴にあやかって回復祈願のために折られるものだ」
トモさんがガクッとズッコケた。
「なんだい、それ?」
意味不明だとばかりに聞いてくる。
俗説だと言ったばかりなのに意見を覆したのだから無理もない。
「ここはルベルスの世界だからね」
「セールマールのルールに縛られる必要はないと?」
「そゆこと」
向こうの俗説をこちらの真説としてしまっても何ら問題はない。
千羽鶴は広まってすらないのだ。
ならば広めるのに合わせて、こういうものと定めても不都合はない。
むしろ都合がいいと思う。
こっちはそういう念がこもったものは魔法的な効果を持ちやすいからな。
願いを込めて折れば回復効果が付与されても不思議ではない。
千年生きる鶴にあやかるという具体的な指針があれば、なおのことだ。
「あのー……」
フェルトが小さく手を挙げて何かを聞きたそうにしていた。
「どうした?」
「千も折らないといけないんですか?」
「あー、違うよ」
何が聞きたかったのか分かって思わず苦笑が漏れる。
「千というのは具体的な数字じゃないんだ」
「そうなんですか?」
「この場合の千は数の多さや期間の長さを意味する。
だから千まで折らねばダメってことにはならない。
もちろん、本当に千年を生きたりすることもないから」
「なるほど」
フェルトが神妙な表情で頷いていた。
『こういうのも学校で教えないといけないかもしれないな』
一方、俺たちが話している間もマリカはせっせと鶴を折っていた。
とはいえ同じものばかりではない。
羽をパタパタさせるやつとか。
ポチ袋の表にワンポイントで鶴が配置されるように折ったものとか。
上下2段につながった親子鶴とか。
翼の先端でつながった4連鶴なんかもある。
親子も連鶴も切れ込みを入れるのは必須だけどな。
ただ、カニの時よりも繊細さが要求される。
「凄いなー」
トモさんが感心しながら見ていた。
「本当ですね」
フェルトがそれに頷きながら答える。
人が折るのを見るだけでも楽しめているようだ。
読んでくれてありがとう。




