1271 湯あたりは怖いので防止策を講じます
湯あたりした翌朝。
とりあえず目覚めは普通だった。
「体調不良は持ち越さなかったか」
朝食も普通に食べられたので間違いないだろう。
そのことにホッと安堵する。
「酷い目にあったよね」
朝食後の俺の呟きに反応したトモさんが話し掛けてきた。
「確かに」
まったくもって同感である。
なかなか熱が引かないんだもんな。
体の芯まで温もるのは悪いことじゃないんだけど。
問題は温もりすぎてしまったことだ。
不快な上に頭が回らないから何をする気も起きなかった。
一種のプチ地獄と言えるかもしれん。
「グッタリグデグデ」
頭も回らないので訳の分からないことを口走りもしたし。
「グッタリグデグデ」
俺に付き合ったトモさんも追随してきたくらいだ。
熱が引く訳ではない。
楽になる訳でもない。
魔法の言葉で熱が引いて楽になるなんて都合のいい話があれば良かったんだけどね。
ただ、言わずにいられなかったのだ。
お陰で溜まったフラストレーションだけは吐き出せた気がする。
そう考えると、まったくの無駄ではなかったかもしれない。
その代わり──
「アホなこと言うてたらアカンで、ハルトはん」
「馬鹿じゃないの」
アニスとレイナにツッコミを入れられてしまったけどな。
「アナタも反省してください」
トモさんも奥さんであるフェルトに叱られていた。
それまではアニスたちの後ろで心配そうに控えていたんだけど。
さすがにふざけすぎだと思ったのだろう。
なんというか子供に「めっ」っという感じでトモさんを叱っていた。
「すんませーん」
返事をしながらも何故か嬉しそうにしていたトモさんだ。
気持ちは分からなくもない。
心配されているって実感できるもんな。
ちょっとトモさんがうらやましくなったさ。
俺はツッコミを入れられただけだ。
『めっ、な感じで叱ってもらえなかった……』
テンションが落ちたのは言うまでもない。
「うわーん、不貞寝してやるぅ」
「なんでやねん!」
またもアニスにツッコミを入れられてしまった俺である。
「馬鹿じゃないの」
レイナにまで追撃を入れられる始末。
『誰か俺に優しくして?』
なんて感じのことがあったのだ。
まあ、アニスとレイナは文句を言いながらも熱が引くまで付き合ってくれたけどね。
ツンデレさんなのである。
ダニエラは先に戻って寝るための準備をしてくれてたし。
『天使か』
後から考えると充分に優しくしてもらったと思う。
できればツッコミを入れずにと思うのは贅沢なんだろう。
特にツンデレ愛好家にとってはね。
御褒美なんだと思わねば罰が当たりそうだ。
個人的にはツン成分はもう少し薄めでお願いしたいけど。
「修行じゃないんだしさぁ」
トモさんの愚痴は続く。
言われてみれば、それっぽい結果だったかもしれない。
苦行やら訓練など言い方は色々とあるだろうけど。
なんにせよ内実は耐久能力の向上を目指した特訓と変わらなかった。
「そう思った方が気は楽だけどな」
無駄に休暇を潰したと思うよりはね。
「休暇中にすることじゃないって」
「同感だ」
「自業自得でしょ」
ぐうの音も出ないことをマイカに言われてしまった。
『昨日はアニスとレイナで、今日はマイカか』
先の2人は、言うだけ言ったからとばかりに傍観している。
「マイカちゃんの言う通りだよ。
反省しないとダメなんだからね、ハルくん」
ミズキも今日はツンモードだ。
「反省が足りてないのではないか、旦那よ」
「私もそう思います」
弟子コンビのツバキとカーラにも言われてしまった。
「12時間はさすがにね」
クスクスと笑っているエリス。
「とっくに上がっているのだと思っていました」
呆れた様子で嘆息するマリア。
「私もです」
ちょっと驚いた様子で同意するクリス。
辛辣でないのは助かる。
でも、コメントしながらも3姉妹は積極的には助けてくれない。
微妙に距離を取っているのだ。
とばっちりを受けないギリギリのラインでね。
これで本格的に助け船を出そうものなら一緒になって説教を受けることになるだろう。
甘いとか何とか言われるのが分かっているから踏み込んでこない。
実は、これでも援護してくれているのだ。
俺への風当たりがこれ以上は強くならないようダメ出ししている風を装ってね。
3人とも俺にだけ見えるようにウィンクしていたし。
間違いあるまい。
『頑張ってくれてるなぁ』
ありがたい。
神妙に説教を聞いている振りをしながら、内心で手を合わせておいた。
下手に動きを見せようなものならバレかねないからな。
ギリギリまで踏み込んでくれている3人を巻き添えにするなどあってはならない。
それは重大な裏切りに等しい行為だ。
どうしても直に感謝したいというなら、後でも構わないんだし。
実際、そうしたよ。
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そんなこんなで、どうにか説教タイムを耐えきりました。
心配してくれるからこそと神妙に聞き続けること約10分。
体感的には長く感じられた苦行が終わった。
思ったよりは短かったけどね。
休暇中だからということで切り上げてくれたのだ。
でなきゃ、この程度では済まなかっただろう。
助かったと言うべきなのか否か。
『休暇中だからこその失敗だもんなぁ……』
普段なら、こんなバカな真似はしない訳だし。
釈然としないものはある。
が、自業自得であるのも事実だ。
皆を心配させてしまったのも事実だし。
これにて愚痴るのは終了。
「とにかく、長湯は良くない」
「まったくだ」
うんうんと頷くトモさん。
「そんな訳で今日は風呂の改修をする」
「ほう、具体的には?」
「湯あたりの初期症状が出たら強制的に湯船から転送する」
「ちょっ!?」
トモさんが吹き出すような慌てぶりを見せた。
「それは極端じゃないかい?」
「そうかな?」
「風情も吹っ飛んでしまうよ」
「そっかー……」
確かにトモさんの指摘する通りだと思う。
しかも、指摘するだけじゃなくて……
「頭上に幻影魔法で赤い回転灯が点灯するとかどうだい?」
提案もしてきた。
内容は無茶なものだったけど。
「ぶふぉっ」
つい想像してしまった。
昨日の自分だったならと。
俺たちの頭上で回転灯が赤い光を発して回る様を。
『これは吹かずにはいられないって……』
間抜けすぎる絵面しか想像できないからな。
せめて回転灯の位置が両肩だったなら、懐かしく感じたかもだけど。
昔のロボットアニメで警察のメカにそういうのがあったのだ。
まあ、そんなのを露天風呂に入れる訳にもいかない。
グランダムよりずっと小さいとはいえ、人間の何倍もあるからな。
デザイン的にも風流とは結びつけにくい。
人間サイズにしただけでは、どうにもならない壁が立ちふさがるだろう。
「それだって風情が無くなるって」
単に回転灯だけで考えたって奇妙な絵面になるもんね。
入浴してたら、いきなり頭上で点灯して回り始めるんだから。
「だよね」
提案してきた割にあっさり認めるトモさん。
「じゃあ撤回するよ」
俺が指摘しただけで、反論もなくすぐに自分の案を引っ込めた。
『これはワザとだよな』
一度はボケないとダメらしい。
そうして話し合った結果、採用されたのはスマホに通知メールが行くというものだった。
これならミズホ国民であれば全員が所持しているからね。
着信時に網膜投影されるから気付かない訳がない。
ただし、自前で亜空間倉庫を確保できる国民に限る。
そうでない国民は魔法のポーチを肌身離さず所持してもらう必要がある。
ポーチは完全防水だけど入浴中の見た目としては微妙なところだ。
こればかりはどうしようもない。
回転灯よりはマシだと思うけど。
安全には代えられないので入浴時の注意点として脱衣場の外で告知するようにした。
できることなら見た目を気にしてほしいので、学校のカリキュラムに手を加える予定だ。
以後、魔法習得のための初期教育課程がグッと難しくなるのだが。
国民からは歓迎されることになる。
空間魔法に憧れを感じている者が多いからね。
習得率が下がっては意味がないので教材と指導法を更新させる予定だ。
結果として劇的なまでに空間魔法を会得する者が増加することになるのだが。
それはまた別の話である。
そんな訳で休暇2日目は風呂巡りで始まった。
各温泉施設を改修するためだ。
せっかくだから入浴しながらね。
「これって今日も丸1日かけて風呂ってことになりそうだよね」
トモさんがそんなことを言ってきた。
「不吉なことを言わないでくれよぉ~」
2日連続で超長湯とかアホのすることだ。
だが、耳にしてしまうと嫌な予感はするもので。
「フラグ立てて、どうすんのさー」
ないとは否定できない自分が恨めしい。
「ハッハッハ」
わざとらしい乾いた笑い声で誤魔化すトモさん。
怖いので皆にも協力してもらって温泉巡りをすることになったよ。
どうにか改修が完了したのは昼過ぎのことである。
奥さんたちに感謝しないとね。
読んでくれてありがとう。




