1270 湯冷まししていると口撃される?
どうにか浴衣を着て外に出ることはできた。
体を動かすのが怠いから苦労したさ。
理力魔法で移動して、理力魔法で浴衣を着たくらいだ。
魔法、マジ便利。
「いやはや……」
「酷い目にあったね」
「まったくだ」
湯あたりした熱は簡単には引いてくれない。
体の芯の芯まで熱がこもってしまっているからな。
理力魔法でフヨフヨ浮いて風のある場所まで移動する。
まるで幽霊だ。
そんなこんなで海岸沿いの砂浜に出てきたのだが。
「人がいるね」
トモさんが言うように少人数で集まっているグループが見られた。
「ハルさんの奥さんたちみたいだ」
「そのようだね」
全員ではない。
数人ほどが、輪になってしゃがんでいる。
その内側でチカチカした儚げな光が明滅していた。
「線香花火かな?」
「だね」
「季節外れもいいところだと思うんだけど」
トモさんが苦笑している。
「だから集まっている面子が少ないんだよ」
個人の自由だし、俺たちがとやかく言うことではないだろう。
「なるほど」
トモさんも見咎めるって感じではない。
そんなことより湯冷まし優先である。
「この辺りでいいかい?」
「いいんじゃないかな」
俺の問いかけにトモさんが同意した。
「ここより風のある場所はなさそうだよ」
まだ木枯らしが吹くには至っていない。
いま吹いている風はユルユルだ。
しかも普段なら少し冷えを感じる程度の冷たさでしかない。
『でなきゃ花火なんてしないよな』
向こうの面子にとっては、これ以上の風など迷惑でしかないだろう。
俺たちは風よ吹けと願ってしまうのだけど。
とにかく、今の風では足りない。
少しも心地よくならないのだ。
「やむを得ん」
「ほう、嵐でも呼ぶかい?」
トモさんが突拍子も無いことを言ってきた。
「そこまでしたら顰蹙ものだって」
ついついツッコミを入れてしまう。
「うむ、冗談だ」
分かっちゃいたけどね。
「今度は地魔法を使う」
「ほう、風ではなく地魔法を?」
首を傾げるトモさん。
意外だと言いたげな目で見てくる。
「こんな具合にするのさ」
言いながら地魔法を使った。
たたみ1畳分ほどのスペースがふたつばかり平行にモコッと持ち上がる。
「おおっ、石のベンチかー」
トモさんも見れば納得がいったようだ。
さっそく寝そべる。
ヒンヤリした感触が伝わってきた。
ただし、その感覚が味わえるのは石ベンチに触れている体表面だけだ。
しかも心地よさはすぐに失われた。
石ベンチに体から熱が移っていったからだ。
こればかりはベターッと寝そべって接触する面積を増やしてどうにかなるものでもない。
風に当たって湯冷ましできなかったくらいだからな。
冷たい部分を追うように手足を動かしても、すぐに石が熱を持つ。
この程度のことで簡単に体の熱が引いてくれるようなら苦労はしない。
それでも冷たい部分を追い求めてモゾモゾ動いてしまう。
隣のトモさんも同じような状態だ。
「排熱が追いつかーん」
とか愚痴っている。
同感だ。
ならば石ベンチの内部を空洞にするしかないだろう。
『いや、コの字型にした方がいいのか』
イメージは小さめの側溝なんかで見かけるやつだ。
あれを大型にして……
『ダメだ、強度が足りない』
排熱を優先すると寝そべる部分が崩落してしまう。
たとえ、そーっと寝そべったとしてもだ。
今の俺たちのようにモゾモゾすれば5秒と持たないだろう。
『困った』
良いアイデアがない。
熱ために頭がボーッとしているせいだ。
考えることもままならず、無駄に時間を潰してしまう。
「これがホントの熱血状態ぃー」
トモさんが妙なことを口走り始めた。
「おーい、大丈夫かー」
「熱帯夜より熱帯魚ぉー」
「意味が分からん」
トモさんが壊れたのかと思ってツッコミを入れたのだが。
「なんでだっ、熱帯魚は涼しげに見えるだろう」
普通に反論があった。
「ああ、そういう……」
少しでも涼しさを感じたいが故の発言のようだ。
分かりにくいったらありゃしない。
やっぱり壊れかけている気がする。
「熱血絶頂オーバーロード!」
そしたら、こんなことを叫び始めたし。
今度こそ意味不明だ。
「ロボットアニメのタイトルみたいだな」
とは思ったけどね。
リアル系じゃない方のやつ。
合体とかしそうだ。
そこまでは言わなかったんだけど。
「限界熱血オーバーヒート!」
何かがトモさんの琴線に触れてしまったらしい。
ロボアニメタイトル風のネタが続いた。
回らない頭でよくぞと言いたくなったさ。
同時に──
『涼感、どこ行った』
とも思ったけど。
ひとつ目の時から涼感とかまるで感じられなかったし。
むしろ逆方向に突き抜けてしまっている気がしてならない。
まともに考えられる状態じゃないのは間違いなさそうだ。
少なくとも普通ではあるまい。
これはもう熱暴走していると判断せねばならないだろう。
暴走は良くない。
何するか分からないからな。
まあ、熱のせいで満足に動けないんだけど。
そこがせめてもの救いか。
これが車だったら立ち往生で途方に暮れるところだった。
まあ、日本人だった頃でもそういう目にあったことはないけどね。
こっちの車は基本的にオーバーヒートなんてしない構造だし。
それ故にラジエーターなんかも積んではいない。
『ん? ラジエーター?』
「そうか、水冷式にすればいいんだよ」
石ベンチの中をパイプを通して冷たい水が循環するようにする。
強度を維持しつつ最適な状態になるよう内部構造を考えるのも億劫なんだけど。
そこは冷えると信じて頑張りましたよ。
設計が終わったら錬成魔法の出番である。
どうにか冷えるベンチに改造し終えて冷水を循環させた。
「おー、冷えてきたー」
ベンチの方がね。
体の方はまだまだ熱を持っている。
「急に楽になってきたんだけど、何かしたのかい?」
訳の分からないことを口走っていたトモさんが復帰してきた。
少し楽になったことで思考も正常範囲内に戻ってきたのだろう。
オーバーヒートで熱暴走していたのは間違いなさそうだ。
パソコンじゃないんだけどな。
「中身を弄って水冷式のベンチにした」
「おーっ」
言いながらパチパチと拍手するトモさん。
でも、起き上がったりはしない。
体の熱は簡単には引いちゃくれないのでね。
寝そべったままだ。
ハッキリ言ってだらしない。
それは俺もなんだけど。
とにかく怠くて動く気になれないのだ。
排熱という意味でも寝そべるのが効率的だし。
そこへ──
「さっきからー何してるんですか~?」
不意に声が掛けられた。
この間延びした喋り方は見なくても分かる。
ダニエラだ。
花火を終えて俺たちの様子を見に来たらしい。
「こんな所で寝そべってるとー風邪引いちゃいますよー」
「湯冷ましだよ~」
どう答えようかと考えている間にトモさんが答えていた。
声音を変えているのはダニエラの真似をしているつもりなのだろうか。
「でもぉ、冷えちゃいますよー」
ダニエラが気を利かせて忠告してくれているというのに──
「ほっときなさいよ」
「せやで」
後から来たはずのレイナやアニスは辛辣だ。
「でもー」
ダニエラ1人では分が悪い。
それでも俺たちのことを気にかけてくれているのは分かる。
『優しいねぇ』
起き上がれるなら抱擁したかもしれないくらい感激していた。
『まるで天使だ』
まだまだ冷えていない体では暑苦しくて嫌がられただろうけど。
「大方、長風呂し過ぎたんでしょ」
レイナがズバリ言い当ててきた。
「せやせや、この2人ずっと見ぃひんかったやん」
アニスが追随する。
「そうなんですかー?」
「「まあね……」」
俺とトモさんの2人で答える格好となったが歯切れは悪い。
そんな簡単に復活できるはずもないのだ。
「どのくらい入ってたんですかー?」
「んーと、12時間くらいだったかな?」
トモさんが確認するように聞いてきた。
「そのくらいだね」
俺が返事をした途端に──
「バッカじゃないの!?」
レイナの激しいツッコミが入った。
「筋金入りやね」
アニスは冷静だったけど、呆れた表情をしていて辛辣さは変わらない。
まあ、それだけバカなことをした自覚はある。
「……………」
ダニエラもさすがに絶句していたしな。
読んでくれてありがとう。




