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1267 事件の結末は……

 暗に主犯一族の粛清をほのめかしてみたのだが。

 ダニエルの表情は強張っている。


 躊躇いがあるのだろう。

 容易には実行できないことがうかがえる。


「情があるなら難しいかもな」


 スプーン野郎の身内にも、まともな者がいるのかもしれない。


「情などありませぬ」


 ダニエルから表情が消える。


「存在自体が王家の汚点ですからな」


 冷徹さを感じさせる目をしていた。


『おー、怖えー』


「躊躇う理由は何かな?」


「過去の功績がネックでしてな」


「あー、それが元名家の後ろ盾になってる訳だ」


 貴族の反発も強そうである。

 場合によっては国民からも王家の印象が悪くなるかもしれない。


 そう思ったが、あえて元をつけた。

 凝り固まった認識にくさびを打ち込むためだ。


 ここで決断しなければ、この先もズルズルいくのは明白。

 碌なことにならないだろう。


「元ですか……」


 ダニエルが苦笑する。


「辛辣ですな」


「客観的に見た結果だ」


 部外者だからこそ辛辣になれるというもの。


「宰相に汚点と言わしめる連中しかいないのだろう?」


「これは手厳しい」


 自嘲気味に嘆息するダニエル。

 分かっちゃいるが踏み出せないといったところか。

 くさびの打ち込みはまだまだ足りないようだ。


『ならば、もう一丁』


「過去に未来は作れない」


 かつて偉業を成し遂げたのだとしても、それは過去。

 固定されたものだ。


「礎にはなるだろう。

 だが、それだけだ」


「……………」


 ダニエルは神妙な面持ちで聞いている。

 この爺さんの凄いところだ。


 若造の言葉を真剣に受け止めているのだからな。

 俺に一国の王という肩書きがあるのも影響はしているとは思うけれど。


 ただ、それだけではない目で見られている気がする。

 明確な根拠はないがね。


 勘というか雰囲気を感じるというか。

 まあ、何となくだ。


 いずれにせよ見習うべき美点だろう。


「礎は動かない」


 何かを生み出せるものではないということだ。


「礎の上に何かを建てられるのは今を生きる者のみ」


「っ……」


 ダニエルが短く小さい呻き声を漏らした。

 だが、内心では大きなショックを受けているものと思われる。


 大きく表情を変えた訳ではなかったが目の色が変わったからね。

 どことなく諦観を感じさせていたものが明らかに薄れているのだ。


「過去に立派な城を建てたとしても、いつかは朽ちる」


 そして、その時は早く訪れる。

 現実の城とは違うのだ。

 世代交代すれば、あっと言う間である。


「一から同等のものを建て直すだけでも困難だ」


 人が違う。

 時代が違う。

 状況が違う。


「本物の城と違って同じものは何ひとつ使えないからな」


 そんな中で過去のものと比較されてしまうのだ。

 評価を上げるためには過去を超えるしかない。


 が、無難に維持するだけでも困難である。

 得てして過去の評価は美化されるものだし。

 中には偉業や功績によって礎を積み増したこともあるだろう。


 結果として更に大きな城を建てることを求められてしまう訳だ。

 無理難題もいいところであろう。

 傑物と言われる者であっても一生をかけて乗り越えられるかどうかの課題かもな。


 名家といえど、そうそう突出した人材を輩出できるものではない。

 過去のノウハウや独自の教育法があるのだとしてもね。

 それにしたって限度があるのだし。


 当人が凡庸であれば、平均より少し上にいられるかどうかではないだろうか。


「現状はどうだ?」


「え?」


 ここで問いかけられるとは思わなかったのだろう。

 ダニエルが間の抜けた表情になってしまった。


「礎の上に建っているのは立派な城か?」


「……………」


 ダニエルは答えられない。

 その表情は渋面だ。


 立派どころか城ですらないと言っているも同然である。

 果たしてダニエルが己の内で見ている元名家は礎の上に何を建てているのか。


『下手すりゃ掘っ立て小屋かもな』


 過去の礎を無視したお粗末な代物。

 ダニエルの様子を見る限りでは無いとは言えない。


「その様子なら建っているものが見えたのだろう?」


 あえてお粗末なものだとは言わなかった。

 鞭打たなくても今更だ。


「はい」


 重苦しさを感じさせる表情で頷くダニエル。


「それが王の城を貶めるものでないと言えるか?」


「─────っ!!」


 そのうめきは声にはなっていなかった。

 ダニエルとしては絶叫したかったのかもしれない。

 意思の力でねじ伏せている様がうかがえたからな。


 すなわち──


『くさびは打ち込まれた!』


 ということだ。

 ならば、ダニエルも頑なではなくなるだろう。


「今のままだと、いずれ道連れにされるぞ」


 腐った評判は隣接するものにも移っていくからな。


「それはっ」


 看過できるものではないだろう。


「現状でも手足をもがれる覚悟は必要なんだろうが」


 でなければ、ダニエルたちもとっくに決断していただろう。


「首を切られて生きていられる者などいないぞ」


「ぐっ」


 首、すなわち王の権威が失墜すれば国は滅んだも同然である。


 そこに考えが及んだのだろう。

 ダニエルが表情を硬くした。


「道連れは真っ平ですな」


 そう言った声からは気が抜けていた。

 その決断は苦悩するに値しなくなったのだろう。

 内外の評判など二の次どころではなくなったようだ。


「分かりました。

 取り潰しは痛いですが、死ぬよりはマシでしょう」


 そこまで覚悟を決めたなら迷うまい。

 ならば、もう少し手助けするとしよう。


「取り潰すよりも良い手があるぞ」


「何とっ!?」


 驚きの叫びを上げたダニエルの目と口が大きく開かれたままとなった。

 それ以外に道はないと腹をくくっていただろうからな。


「改易だよ」


 職を解き別の者を任命する。

 日本の江戸時代だと何から何まで没収された上に武士ですらなくなる重罰だ。

 切腹よりは軽いらしいけど。


「これなら家の名だけは存続させられる」


 実質的には別の王家ということになってしまうがね。


 体裁は整うから反発は減るはず。

 場合によっては歓迎されることも考えられる。

 元名家が何処まで悪評を広めているかで変わってくるだろう。


「むう」


「元いた連中は平民落ちするだけだから甘いと言われるかもしれんがな」


「そこは仕方ありますまい。

 追放処分も加えるしかないでしょうな」


「それなら良い場所を紹介できるぞ。

 二度と外部の者に接触できなくなるだろう」


「真でございますか……?」


「ああ」


 言わずとしれた強制スローライフの刑だ。

 まあ、ダニエルは知らんだろうけど。


「お願いしてもよろしいでしょうか」


 あれこれ聞くこともなくダニエルは即決した。

 今まで色々と見せてきているからな。


 返事をした直後は身震いしていたようだが。

 そのあたりは、あまり深く考えないようにしよう。


 信頼されているなら、それで良しとすべきだ。


「任せろ」


「お願いしたします」


 深々と頭を下げるダニエル。


「今回の借りは必ずや──」


「あー、待った待った」


 ダニエルの言葉を遮る。


「貸し借りがどうのという話はなしだ」


「ですがっ」


「今回の一件で俺たちは動いていないことにしておいてくれ」


「それでは我々の利が大きすぎます」


「正面切って礼だの何だのと言われると迷惑なんだよ」


 せっかく統轄神様が俺たちの都合のいいようにしてくれたのだ。

 ここでぶち壊すような真似をされてはな。


「どういうことでしょうか?」


 ダニエルが困惑の表情で問うてきた。


「冒険者として今後の活動に差し障りが出る」


 一瞬、呆気にとられたような表情になったダニエル。


「それはまた……」


「俺たちにとっては死活問題と言ってもいい」


 ダニエルが困惑が幾分か残った苦笑を漏らした。


「死活問題とあれば仕方ありませんな」


「すまないな」


「では、何かありましたら仰ってください。

 友好国であるミズホ国のために全力で手助けさせていただきましょう」


 そういうことなら断る理由などない。

 むしろ、上手く落としどころを見つけてくれたことに感謝しなければならないだろう。


「助かる」


「いえいえ」


 その後、程なくしてゲールウエザー王国に長く続いた名門の代替わりが発表された。

 粛清のための改易であると、もっぱらの噂になったという。


 だが、件の名家が悪名を蔓延させていたために好意的に受け入れられる結果となった。

 新しく家を継いだ者が己の才覚で評判を高めていくのは、まだ先の話である。


 ちなみに、主犯であるスプーン野郎の護衛だった者たちの素性も判明した。

 冒険者としてはベテランのパーティだったが、実力より金遣いの荒さで有名だったとか。


 顔なじみには近いうちに冒険者を引退して貴族の護衛になると言っていたようだ。

 これはスプーン野郎のことで間違いが無いと裏が取れている。

 護衛の話がなければ今も冒険者を続けていたのかもしれない。


読んでくれてありがとう。

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