1266 主犯の正体は
トモさんが永浦氏の絵を見比べながら唸っている。
「これは難しいね」
「そうかな?」
「よく見知っている相手にはリアルな方が分かりやすいと思うんだよ」
「なるほど、そういうことか」
そう思うのも無理からぬところだ。
「それで大事な情報を取り損ねる恐れはないかな?」
「トモさんはジレンマを感じている訳だ」
幅広く情報を集める重要性を理解しつつ、同時に不安も感じている。
決定的な情報をロスすることで問題が起こりうるのではないか。
そんなところだろう。
「それな」
「懸念していることは想像がつくけど」
「ふむふむ」
「結局は捜査する側のやり方しだいかな」
「そうなのかい?」
「イラストと写真を併用すればいいんだよ」
「うん?」
トモさんが首を傾げる。
「それだと、イラストを使う意味がなくなると思うんだが?」
同時に見せられれば写真の方に見入ってしまうだろうからね。
「先に似顔絵の方だけ見せるんだよ」
俺の回答にトモさんがハッとした表情を見せた。
「そうか、なるほど!
何か引っ掛かりを感じた相手にだけ写真を見せるんだね」
「そうとは限らないかな」
「えっ!?」
「スラスラ情報を提供してくれる相手なら見せる必要はないと思うよ」
「時短になるかな」
「それもあるけど、見せたことで逆に混乱することも考えられる」
「あー、やっぱり違うかもとか?」
「そういうことだね。
場合によっては、証言を取り消されるかもしれない」
「そっかー……」
「考え始めれば切りがないから、そういうのは丸投げすればいいんだよ」
悩まなくて済むから楽だ。
「なるほど」
俺と同じことを思ったらしく、トモさんも苦笑している。
仕事をした後に追加で奔走させられたからね。
間が空いていたとはいえ、面倒に思うのは無理からぬところだ。
それと俺が辟易しているのも察してくれているのだと思う。
どっちかというと、後者の方が濃いめじゃないかな。
「それとね」
「まだ、何かあるのかい?」
意外そうな目を向けてくるトモさんに頷きを返す。
「こういうヘタウマな絵の方が言い訳が立つんだよ」
「言い訳だって?」
キョトンとした表情で聞き返された。
見当がつかないみたい。
シンプルに考えれば、すぐに思いつきそうなんだが。
灯台もと暗しってことなんだろう。
「もしかしたら別人かもしれないけどってね」
「あー、証言がしやすくなるんだ」
そのせいで別人の情報が多く集まったりもするのだが。
無駄なゴミ情報の方が多いかもしれない。
それでも本人の情報がちゃんと含まれているはずなのだ。
別人だと思うから言わないでおこうとなるよりは、よほどマシというものである。
言わば、玉石混淆の状態か。
選り分けるのは捜査をする者たちの仕事である。
それは俺たちの仕事ではない。
丸投げ、バンザイ!
何でもかんでも丸投げってのは良くないと思うけどね。
「だから、こっちのヘタウマな似顔絵を使うんだ」
「なるほどねー」
トモさんも、どうにか納得してくれたようだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
結局、犯人捜しは行われなかった。
似顔絵が無駄になった訳ではない。
ちゃんと宰相のダニエルに見せたしな。
そしたら噛みつきそうな形相になって見入ってしまったんだよ。
知っている人物だったようだ。
『これなら大丈夫そうか』
「そっちは広く聞き込みをするための似顔絵だが、こういうのもある」
写真と見紛うほどのリアルな方見せてみたら……
「これはスプリーンではないかっ!」
絶叫に近い叫びようをしてくれた。
お陰で耳の中がキンキンするったら。
何はともあれ聞き込みなどをするまでもなく主犯が判明。
なんとも呆気ないものである。
聞くところによると、ややこしい経歴の人物であった。
「この男、元宮廷魔導師団員でしてな」
「へえ」
「ずっと魔道具の研究をしておりました」
「あー、だろうね」
このあたりまでは、ややこしいものではない。
むしろ今回の一件を考えると納得がいく。
偽りの支配者の入手ルートも容易に想像がつくというものだ。
ただし、魔導師団では入手した記録がないという。
「あれは公私混同が甚だしい男でしてな」
「あー、私物化してたのかー」
記録がないということは入手する段階から、そのつもりだったのだろう。
「お恥ずかしながら、そうなります」
ダニエルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「その様子だと、数件程度では済まなさそうだな」
「はい」
その返事は唸っているのかと思うような声だった。
『思い出すだけで我慢ならないって感じだな』
「公金でも大量に使っていたか」
ただで入手できるものではないしな。
「っ!?」
一瞬だが鬼の形相を見せるダニエル。
『おいおい、少しはポーカーフェイスで誤魔化すとかしろよ』
「図星か……」
「あれには散々手を焼かされましたからな」
間接的に肯定してしまうし。
それだけ信用してくれているんだろうけど。
「発覚した時点で首を切らなかったのか?」
ここまで来たら、とことんまで聞いておこう。
公表などできるものではないのは承知の上である。
信頼を裏切る訳にはいかないからな。
ただ、知らなかったことで足をすくわれるなんてことも考えられる。
件の元宮廷魔導師団員には無理でも縁者がいるかもしれんし。
こういう輩の身内となれば逆恨みも……
『それはないか』
俺たちが今回の事件で奔走したことは漏れないはずだからな。
統轄神様の仕事に抜かりがあるとは思えない。
まあ、今後のことを考えれば情報を得ておくことに越したことはないか。
問題のある輩の情報を事前に得ているかいないかの差は大きいと思う。
「あれは王家の遠縁にあたる者でしてな」
そう答えるダニエルの表情は苦り切っていた。
『あー、有力貴族より質が悪そうだな』
「後ろ盾があったのか」
それは好き放題できただろう。
吹けば飛ぶような下級貴族とは違うからな。
しかも改易する訳にもいかない。
遠縁だろうと王家は王家。
下手に処分しようものなら、国の内外に恥と弱みを晒すことになる。
だからといってやりたい放題だったとは言わないがね。
おそらく政に口出ししていれば謀殺されていたのではないだろうか。
そのあたりのさじ加減は心得ていたのだろう。
質の悪さは筋金入りだった訳だ。
『でなきゃ、あんなヤバそうな魔道具を使おうとは思わんか』
「……はい」
絞り出すように返事をするダニエル。
その口振りからすると──
『何度も煮え湯を飲まされたか』
そんな風に感じる。
俺の想像は決して的外れではないと思う。
「かつての栄華にすがり付くなど滑稽の極みだ」
「ヒガ陛下?」
俺のディスりに困惑の表情を浮かべるダニエル。
そりゃそうか。
部外者が、その国の王族に向かって悪口を言っているようなものだからな。
「もし、俺の考える通りの輩しかいない家であるなら潰した方がいいな」
「それはっ……」
俺の指摘にダニエルは焦った表情となった。
「幾度となく考えたことはあるようだな」
「っ!」
「身内は処罰できんか?」
「そういう訳では……」
「それとも王家の恥が内外に知れ渡る影響が気になるか?」
「……………」
ダニエルは言い淀むどころか返事がない。
だが、無言であることで認めたに等しい訳で。
急所を押さえられた気分ではないだろうか。
大国の宰相ともなれば気苦労は絶えない。
『寿命、縮めてないだろうな』
ちょっと心配になってくる。
俺が苛めたみたいな気がしてきたし。
そんな訳で少し助け船を出すことにした。
「此度の一件は充分に恥として広まると思うがな」
「それは……」
「ならば逆手にとって利用するしかあるまい?」
「っ!?」
俺の言いたいことに考えが及んだのだろう。
今までとは別の意味でダニエルが血相を変えている。
「そのスプーンだかなんだかいう男は国家転覆を目論んだと判断すべきだろう」
俺の言葉に「やはり……」という顔をしていた。
ただ、話を聞く限りではスプーン野郎の動機は単なる逆恨みだと思う。
才能のある自分が首になるなどあり得ないとか何とか。
自分の行いを省みないタイプにありがちなことだ。
失敗しても反省しないから学習もしない。
首になった時にどういう評価を受けての結果だったのかを考えていれば……
『違った未来もあったろうに』
国家反逆罪に問われると気付けただろうからな。
状況だけなら一族郎党が処罰されてもおかしくない。
ダニエルはそうしたくないようだが。
読んでくれてありがとう。




