1264 あっけなく?
せっかく統轄神様が願いを叶えてくれるというのだ。
ならば悩みを解決してもらうのが良いだろう。
これだったら、少しばかり図々しくても言い訳が立つ。
『……立つと思いたい』
問題は却下されるかどうか。
そうでないことを願いつつ──
「何でもいいんですよね」
確認してみた。
「ああ、構わないぞ」
返事はあっさりしたものだ。
それが不安にさせられるのだが。
言わなきゃ何も始まらない。
「それじゃあ──」
思い切って今回の事件のことをお願いしてみた。
俺たちのことが世間に知られないようにしてほしいと。
我ながら無茶な要求だと思う。
派手に立ち回っておいて無かったも同然にしてくれと要求しているのだから。
アーマード竜牙兵とのバトルは見られていない。
そこだけは救いと言えるだろう。
だとしても、ミズホ組は派手に立ち回っている。
それを目撃した冒険者も多い。
呆気にとられて逃げることを忘れるような者もいたようだ。
そういう面子は派手に宣伝して回るだろう。
噂になれば広まるのはあっと言う間だ。
人の口には戸が立てられないって言うし。
悪く言われることはないと思う。
危ういところを助けられた冒険者も少なくないようだしな。
が、どう受け止めるかは聞いた者が決めることだ。
話を盛っていなくても、信じてもらえなかったり疑われたりはするだろう。
当事者が熱を入れて喋れば喋るほどそうなる。
きっと荒唐無稽に聞こえるはずだから。
これをどうにかできるのは神様くらいなものだろう。
「なにっ!?」
俺の要求にルディア様の表情が険しくなった。
『やっぱり、ダメだよなぁ』
ダメ元で言ったから却下されてもショックはない。
「本当にそんなことでいいのか?」
意外なことを聞いたとばかりに聞き返されてしまった。
「へ?」
想定外のことに間抜けな声を出すので精一杯。
『本当にいいの?』
そう問いたいのは俺の方である。
「相変わらず謙虚なことだ」
信じられないと言いたげな表情でルディア様が頭を振った。
ナンデ?
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結局、俺の願いは聞き届けられた。
そこはありがたいのだが……
何故か俺が謙虚だということで統轄神様も驚いていたそうだ。
どれほど驚かれたのかは俺には分からない。
ルディア様は念話でやり取りしていたし。
ただ、ルディア様によれば──
「兄者に爪の垢を煎じて飲ませたいほど欲がないと仰っていた」
だそうだ。
『別にラソル様は強欲じゃないと思うんだけど』
イタズラが好きなのは間違いないのだが。
気前は良い方だし。
よくよく考えるとイタズラしなければ良い人なんだよな。
帳消し分が大きすぎてマイナスの印象が根強いけど。
まあ、ラソル様とイタズラは切っても切り離せないからプラスにはならないだろう。
『あそこまでくると病気だよな』
依存症かもしれないと思うほどだ。
どんなに我慢してもしきれない発作のようなものだからな。
病気でなければ、欲としか言い様がない。
『イタズラ欲ねえ……』
果たして欲と言って良いのか疑問に思うところではあるが。
どうにも違和感が拭えないというか。
ただ、ラソル様であれば分からなくもない。
少なくとも統轄神様は欲として認識しているようだ。
余人であれば通用しないラソル様専用の欲といったところか。
『頭が痛くなりそうだ』
「そうですか……」
返事が素っ気ないものになってしまった。
が、それは妙なことを考えてしまったからだけではない。
俺に欲がないと言われたことに抵抗を感じたからでもある。
まあ、俺がどれだけ否定したところで──
「謙遜しているな」
とルディア様に言われるだけだったが。
それどころか──
「統轄神様も好ましく感じているそうだ」
なんて言われる始末。
迂闊にこれ以上の否定なんてできやしない。
「おまけをしておこうと仰っておられた」
「ふぁっ!?」
どうしてそうなるのか問い質したい。
誤解に満ち溢れた返答をされそうだけど。
それを否定するのも訂正するのも無理そうだ。
どれほどの労力が必要になるやら……
「おまけはいいですっ。
今回の件だけ、どうにかしてください!」
「まあまあ、遠慮するな」
「いえっ、遠慮じゃなくて」
蛇足状態になりはしないかと危惧しているだけだ。
「心配しなくても大丈夫だ。
おまけは別件だからな」
どうやら俺の危惧した事態は避けられそうだ。
別件というのが何であるのか気になるところではあるが。
「楽しみにしておくと良い」
などと言われて教えてもらえなかった。
サプライズのつもりなんだろうけど、ルディア様にしては珍しい。
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ルディア様とはダンジョンの中で別れた。
来る時も唐突なら帰る時も唐突だった。
「ではな」
「あ、はい。
お疲れ様で──」
最後まで言い切る前にルディア様の姿は消えていたからな。
それだけ忙しいってことなんだろう。
その忙しなさが俺にも伝染してしまったくらいだ。
まあ、気分の問題なのだが。
ちょっとした作業で気を紛らわせながら1人で寂しく帰途についたさ。
皆は先に外へ出ていたしな。
どうにか落ち着けたのはダンジョンから出てきた時だった。
目の前の光景を目の当たりにしたせいだろうか。
外の広場になっている所で大勢の冒険者がグッタリと座り込んでいたのだ。
『皆、お疲れだね』
同情を感じると同時に、グッタリぶりに脱力させられた。
怪我人はいないようなのが不幸中の幸いである。
いたかもしれないが治癒済みなのだろう。
ミズホ組がそこかしこで礼を言われていた。
「やあ、ハルさん」
トモさんが歩み寄ってきた。
「お疲れー」
「ああ、お疲れ」
「相談があるんだが、大丈夫かい?」
「構わないけど……」
何か問題があったのだろうか。
まだまだ休めそうにないとは不幸な話である。
とはいえ、他ならぬトモさんの相談事だ。
いい加減に済ませることなどできはしない。
とりあえず皆から離れた場所へ移動する。
それだけでは足りないようで、トモさんは風魔法と幻影魔法でブロックしていた。
「そんなに深刻なこととはね」
「深刻かどうかは、ちょっと分かりかねるかな」
その恐れありといったところだろうか。
「冒険者たちの記憶が軒並みおかしいんだ」
その言葉だけで、どういうことかは想像がついた。
統轄神様の詫びがさっそく効果を発揮したのだろう。
「ホロウアーマーのことがよく思い出せないとか?」
試しに聞いてみた。
「うえーっ!?」
妙な唸り声を出してトモさんが驚いている。
「場合によっては、スッポリ記憶が抜け落ちたりもしている」
「なんで分かるのさ!?」
「俺が慰謝料代わりに要求したから」
「マジで?」
「マジで」
そこからどういうことかを説明すること数分。
「そうなんだー」
割とあっさりした感じで受け止められた。
「……………」
俺としては、それだけなのかと言いたいところである。
葛藤と苦悩があったと言うと大袈裟だが、精神をすり減らしたのは事実。
労いの言葉を要求するのは図々しいにしても、コメントのひとつも欲しいところ。
間接的とはいえ、統轄神様とのやり取りがあったのだし。
どうだったのかと聞いてくれるだけでも良いのだが。
「まだ、何かあるのかい?」
俺が物欲しそうな目で見ていたからだろうか。
トモさんが不思議そうに聞いてきた。
「いや、統轄神様が上手くやってくれるみたいだから問題にはならないよ」
「そうだね。
この騒動も解決したってことでいいかな」
「ああ、後始末はダニエルのオッサンに丸投げだ」
「ひでー」
丸投げという言葉に反応して苦笑するトモさん。
「酷くないさ。
俺たちは充分以上に働いた」
「それは確かに。
ダンジョンを駆けずり回って探索なんて普通はやらないよな」
「そうだよ」
俺は追い回すようなことにはならなかったが。
「あいつらは小細工が多くて面倒だった」
手間をかけさせられたのは同じだ。
「これ以上の働きを求められてもボイコットする」
俺は胸元で拳を握りしめて力説した。
「んー、その気持ちは分かるけどさ」
トモさんが苦笑している。
「犯人を突き止めなくてもいいのかい?」
読んでくれてありがとう。




