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1259 パンチから始まる近接戦闘

 パンチを連続で繰り出してくるアーマード竜牙兵。


 そのすべてに一撃必殺の威力を込めているようだ。

 距離を測るだとかジャブで牽制するなどの工夫がない。


 偽りの支配者が制御しているとは思えない脳筋っぷりである。

 当たれば倒せるから関係ないとでも言いたいのだろうか。


 だが、当たらない。

 ことごとくを躱す。


「その程度かっ」


 挑発すると思ってもみなかったことに連打のスピードが上がった。

 躱した際に聞こえてくる風切り音が変わる。


 最初は短めの──


 ゴッ!


 だった。

 が、今は──


 ゴオゥッ!


 という風を巻き込んだような音になっている。


『どうしたんだ、急に?』


『まるで別人だな』


『近接戦闘のデータが足りないだけだろう』


『あー、読み取った相手がお粗末だったか』


『教科書がお粗末だと、こんなものか』


『元々データを持っていなかったんじゃ、しょうがないだろう』


 手本は大事である。


『武器でも持ってれば少しは違うかもしれんな』


 おそらくは冒険者だったのだろうが。

 武器のない状態で戦うのは得意でない者も意外に多い。


 冒険者の戦闘は魔物相手がほとんどだからな。

 武器のない状態を想定して鍛錬する者は少ない。


 連中はベテランだったようだが、それでもこの様である。

 連打スピードこそ指バルカンに匹敵するものの礫より大きい拳は見切りやすい。

 難なく躱せるために怖さがなかった。


 躱してばかりでは芸がないので打ち払いにかかる。

 少しは応酬している風に見えるだろうか。


 すべての拳を流していると連撃が止まった。

 同時に間合いから竜牙兵が飛び退く。


 通用しない攻撃に見切りをつけたようだ。

 先程までの指バルカンとは大違いである。


「さあ、どうするよ?」


 俺の問いかけに対する奴の返答は変形であった。

 といっても右肘の突起を手の方へ回転させて伸長させただけだが。

 先端は鋭く、伸びた部分は薄い刃になっている。


『肘がブレードになるか』


『便利だな』


 そして突きの構えを見せて突っ込んできた。

 わずかに躱そうとするが──


「おっと」


 切っ先が向きを変えて追ってきた。

 手首のあたりで自在に曲げられるみたいだな。


「普通の長剣のように扱えるのか」


 となると多彩な攻撃に結びつけられるだろう。

 これはパンチの時のように考えていると足をすくわれそうである。


 掌でブレードの側面を叩くように受け流す。

 そのまま、去なしてやろうと思ったが……


「軽い?」


 あまりの手応えのなさに訝しく思ったが、それもそのはず。

 奴は流れに逆らわずグルリと体を反転させてきた。

 突きに回転の勢いを加えてブレードを横凪ぎに払ってくる。


 俺は少し下がって間合いを外した。

 が、そこで竜牙兵の攻撃は止まらない。


 パンチの時とは打って変わって流れるような動作で連続攻撃を繰り出してくる。

 切りと突きを巧みに織り交ぜて。


『まるで別人だな』


『護衛として雇われるだけはあるってことだろう』


 躱しても追撃がある。

 受け流しても去なせない。


『これで、どうして訳ありっぽい依頼を受けたのかねえ』


 ここまでの技量があれば、普通に冒険者でやっていけるはず。

 なのに一般人を護衛してダンジョンに潜るという怪しげな依頼を受けている。

 普通は考えられないことだ。


 しかも、偽装した形跡があった。

 ギルドを通していない依頼であるのは明白であろう。


 まともな冒険者なら怪しすぎて受けたりはしないはず。

 何の意図があったというのか。


『体力の衰えから引退を考えていたなんて、ありそうだと思うんだが』


『それで最後の仕事で賭に出た?』


『そうそう。

 依頼人がそのあたりの情報を事前に掴んでいたとか』


『どうかなぁ?』


『大金を餌にすれば考えられるだろ?』


『『『『『あー……』』』』』


 護衛は、どいつも結構な年齢に見えたからな。

 スタミナ不足から引退を考えるという線はありそうだ。

 模擬戦ならそこそこ戦えても、ダンジョン攻略はそうはいかないし。


 往復の移動にも体力を使うのがネックになる。

 その上で魔物と連続して遭遇することも考慮しないといけない。

 嫌でもペース配分を考えざるを得ないだろう。


 いくら技量が優れていても連続攻撃はここぞという時のみしか使えないって訳だ。


 が、アーマード竜牙兵にそういう制限はない。

 魔力がある限り動き続けるゴーレムだからな。


 とはいえ、絶対って訳じゃない。

 護衛たちのことは何も分かっていないのだ。

 他の事情があることも考えられる。


『古傷が元で技が生かせない状態だったとか』


 無いとは言えないが、それなら最後の賭に出る前に引退しているはずだ。

 満足に体が動かせないんじゃ危険すぎる。


 ダンジョンに潜れば死と隣り合わせの状況が続くからな。

 命あっての物種だ。


 だからといって、ベテラン冒険者がルーキーに混じって雑用なんてする訳ないだろうし。


『借金で首が回らない状態だったとか?』


『『『『『あー、分かるー』』』』』


『貯金してそうに見えない連中だったもんな』


 確かに肝臓に貯金してそうな面構えの連中ばかりだった。

 飲み代以外もと言うべきか。

 野郎連中は飲む打つ買うと三拍子そろっていてもおかしくない。


『あの面子だと、ちゃんとしてそうなのはオバさんくらいか』


『いやいや、美容関連に注ぎ込んでたかもよ』


『『『『『あり得るー』』』』』


 随分と盛り上がってくれている。


「……………」


 防御は俺の仕事で、他にすることがないからな。


「む?」


 それまで流れを止めずに攻撃し続けていた竜牙兵が再び退いた。

 飛び退いてブレードを縮める。


「ほう……」


 大胆な決断だ。

 が、長剣では埒が明かないと判断したと見える。


 武器は小剣サイズになったが、間合いを縮めても踏み込めるという確信があるのだろう。

 しかも、左肘も変形させて小剣ブレードにしてきた。


「双剣か」


 手数で勝負するつもりなのは明白である。

 間合いはパンチに近い。

 懐に飛び込んでの攻防も想定される。


 が、先程の全力ストレートのみの攻撃とはひと味もふた味も違うはずだ。

 フルスイングは手数という意味ではスピードが落ちるからな。


 それに技量も違うだろう。

 偽りの支配者が攻撃方法を明確に切り替えてきたのだ。

 長剣よりも勝利に近いと判断しているのは疑いようもない。


 竜牙兵が軽く素振りを始めた。

 今までとは違うという意思表示が込められた威嚇だろうか。

 徐々に回転を上げている。


 そんな中で──


『おーい、俺よ』


 もう1人の俺が声を掛けてきた。


「何かな?」


『たぶん逃げないぞ、コイツ』


「……根拠は?」


『皆でシミュレートした結果だ』


『パラメーターを色々変えてみたから、信頼性はそこそこあると思うぞ』


『ほとんどが勝つまで戦うという結論に達した』


 一応は逃げることも想定しておかないといけないようだ。


『負けが確定した時点で自爆はするかもしれん』


 勝てないなら、自爆して相打ちに持ち込むつもりってことなんだろう。

 どうやら逃げられるより警戒すべきことがあるようだ。

 偽りの支配者はそこまで勝ち負けにこだわるらしい。


 感情はなくても存在意義には固執するか。

 最強であらねばならないと定義されているのかもな。


 とにかく強くという意思表示は、そこかしこに感じていた。

 が、ここまでとは想定していなかった。


 偽りの支配者を作り出した者は狂気に囚われていたのかもしれない。


『一方で逃げるという選択肢はないと出た』


 どうやら、逃げる想定はしなくても良いらしい。


『どんなに条件を悪くしても無駄に足掻くんだよ』


『隙ができたら逃げるより攻撃してくると思うべし』


『状態に関係なくそれだからな』


 ウンザリさせられるような情報だ。


『部位欠損くらいじゃ勢いは止められんだろうな』


『アーマーは無理だが、竜牙兵のパーツは召喚できるし』


『残った部位を召喚の基点にするってさ』


 それは厄介だ。


『【諸法の理】先生によれば残存部位が1割程度でも呼び出せるって』


 厄介どころの話ではない。

 偽りの支配者は想定以上にハイスペックのようだ。

 迷惑な話である。


『往生際が悪過ぎ』


『決める時は一気に行くべきだぞ』


『舐めプ厳禁』


 元よりそのつもりだ。

 時間稼ぎする必要さえなければ早々に終わらせるつもりだったし。


「さて、向こうもウォーミングアップは充分だろ」


 アーマード竜牙兵のブレードさばきが残像を伴ったものになっていた。

 その回転が上がるごとにジリジリと接近してきている。

 わずかでも隙を見せれば、一気に襲いかかってくるだろう。


 そんな時である。


 RRRRRRRRRRR!


 脳内スマホの着信音がした。


読んでくれてありがとう。

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