1256 闘牛から始まるバトル
急激に迫り来るアーマード竜牙兵。
俺が多重展開した氷弾弐式改を射出前に潰そうというのは明白だ。
が、一歩遅かった。
弐式はホーミング弾だ。
目標以外は避けて飛んでいく。
射出されてしまえば、氷弾の勢い以上のスピードでなければ当てることはできない。
向こうもそれは予測していたのだろう。
無理に氷弾を追うことはなかった。
代わりに俺の方へ向けて更に突進する勢いを増す。
『術者を攻撃して術式を乱そうってつもりか』
おそらくはそうだろう。
ショルダータックルの姿勢を見せているからな。
肩にせり出した角がグランダムに出てきた敵のメタルサーバントを彷彿とさせる。
嫌な予感がした。
『ズワクとは違うのだよ、ズワクとはっ!』
予想通り、もう1人の俺がネタに走ってきた。
気持ちは分からんではないが……
『その時の攻撃はタックルじゃなくてキックだろ』
ツッコミを入れてくる者まで出てくることになる。
勘弁してほしいんですがね。
こっちは竜牙兵に対処しなきゃならんというのに。
とりあえずスルーしておいた。
注意とかしても素直には聞かないだろうし。
俺はガンセイバーの光剣モードを少し弄って薄紅色の膜を展開させた。
奴の眼前で振りかざし姿を隠す。
そこへ暴風を纏った竜牙兵が迫る。
ゴオオォォォッ!
接近するだけで周囲の空気が荒れ狂う。
しかしながら、膜はなびきもそよぎもしなかった。
仮面ワイザー・ゲールの風を自動制御する機能によるものではない。
俺自身の方は、その機能によって暴風をシャットアウトしていたがね。
膜の方は光剣モードの応用であるが故に風に影響されないのだ。
見た目は布っぽいけどな。
もちろん、俺の意志で布っぽくはためかせたりすることは可能だ。
それを利用して竜牙兵の通過タイミングに合わせてヒラリと躱した。
『闘牛士ばりの回避だな』
『ていうか、まんまだろ』
言われるまでもなくってやつだな。
本場の闘牛は衰退しつつあるようだが。
あのヒラヒラしたムレータと呼ばれる布で攻撃を躱すのを意識したのは事実。
真似をする格好になったが、これで確かめたかったことがあるのだ。
竜牙兵の索敵方法とその能力が如何ほどのものか。
目視だけであるなら視界を奪うだけで回避は容易になる。
偽りの支配者が制御していることを考えると、対応してくることが考えられるがね。
それも含めての回避方法の検証だ。
初回は難なく誘導できた。
「まずは視覚のみのようだな」
竜牙兵は躱されてもすぐには止まらなかった。
止まれなかったと言うべきか。
突進の勢いがつきすぎていたからな。
寸前まで加速を続けていたし。
それでも天井に激突することはなかったのは重力魔法での制御が間に合ったからだろう。
風魔法だけでは止まれないと瞬時に判断したのか織り込み済みだったかは不明だが。
とにかく、魔法により重量を何倍にも増した状態で竜牙兵が折り返してくる。
2回目の回避。
先程とは左右を逆に躱してみるつもりだ。
直前までは同じ姿勢にしておくのがポイントである。
躱し方を同じだと思わせられなければ、逆に躱す意味がない。
竜牙兵の索敵の仕方が探れなくなるからな。
奴のことだ。
初回と違って俺の行動を読んでくるだろう。
視覚に頼るだけだとしても、さっき躱した側へおおよその形で攻撃を入れてくるはず。
突進してくるだけで終わりなんてことは……
様子見をすることは考えられるかもしれない。
念のためにダミーの人形を反対側に配置するとしよう。
「来た!」
これで、ある程度のことが分かる。
シビアなタイミングで幕を使えば咄嗟の反応も見て取れるはずだ。
膜の裏側に姿を隠した瞬間に光学迷彩を使った。
『今度は風の音がしないな』
暴風を纏っていないせいだ。
その割に風魔法の術式は起動している。
待機状態にしているようだ。
止まる時のブレーキとするためか。
今度は重力魔法だけでは止まれないと考えているのだろう。
この様子だと最初の急停止も計算してあったようだな。
竜牙兵が通り過ぎていく。
その瞬間、俺は気配を消して回避した。
反対側には幻影魔法を纏わせた人形を引っ張り出したが……
『被害はゼロだな』
もう1人の俺が言ってきたが、素直には喜べない。
『様子見してきたか』
『というより観察してたぞ』
『ある程度は読まれていたようだ』
『単純に逆方向に避けるだけなら危なかったかもな』
被害はゼロでも読み合いでは押され気味だ。
向こうの被害が甚大だとしても勝っている気がしない。
それを読まれるわけにはいかないので【千両役者】は使うがね。
通り過ぎた竜牙兵は重力魔法と風魔法を発動させた。
減速するためなのは言うまでもない。
タイミング的には少し早めな気もしたが、周辺被害を気にしてのことだろう。
奴が守ろうとしたホロウアーマーは1体残らず殲滅したけどな。
それは奴が天井に辿り着いた直後には完了していたことだ。
にもかかわらず、今回は普通の攻撃だった。
地面への衝突を避けるのに集中していたとも考えられるが。
実際がどうであったかは読めない。
「さて、どうするよ?」
あえて上から目線で問いかけてみた。
優位に立っているとは思っちゃいない。
「お前が次を召喚しようとしていたことなどお見通しなんだよ」
挑発しても通用しないのは承知の上でのことだ。
俺がわずかでも動揺しているなどとは思わせないためにやっている。
【千両役者】のアシストがあればこそ可能なことだがな。
でなければ、バレバレの状態になっていただろう。
「もう1体を呼び出すために確保しようとした贄はもうないぞ」
氷弾弐式改で消滅させたからな。
通常の氷弾弐式にそんな効果はない。
改だからこそ成し得たことだ。
大した種がある訳じゃないががね。
氷弾の内側を空洞にして分解の魔法を仕込んだのだ。
そのままだと分解の魔法で氷弾が消滅するので、内壁に結界を定着させた状態でね。
これにより分解は保持される。
そして、氷弾が壊れると結界も崩れる。
結界が崩れれば、分解が発動するって訳だ。
見た目が氷弾なのに命中した目標は消滅。
結構、凶悪かもしれんな。
今回は分解を仕込んだが、別の魔法を仕込むことも可能だ。
内包した魔法を着発で発動するのが氷弾弐式改ってことになる。
使い勝手が非常に良い魔法だと言えるだろう。
ただし、術式が複雑化したぶん消費魔力もグンと上がっているけどね。
分解の魔法を内包させると、更に上がる。
そこだけは欠点だ。
まあ、既に回復はしているけど。
「……………」
あれこれ考えている間も竜牙兵からの反応はなかった。
リアルで顔がデカいくせに表情が読めないし。
相手はゴーレムだから無理もないんだけど。
操っている奴からして感情がない相手だ。
まともに返答があるとは期待していなかったが。
『怒り狂ってパワープレイって訳にはいかんよなぁ』
そこに持ち込むことができたなら、どれほど楽になるか。
脳筋、バンザイ。
『仕方あるまい』
『相手が悪い』
それは承知の上だ。
故に残念だとまでは思わない。
『それよりも気を付けろ』
『様子見してきたぞ』
問題はそれだ。
『どこまで見切ったかだよな』
向こうは手の内を見せてこなかったのが嫌らしい。
このまま見せずに観察を続けてくるか。
それとも、すぐに反映させてくるか。
『あるいは自分の動きを把握することに専念していたのかもしれないが』
可能性はある。
が、専念は言いすぎだろう。
それでも次の攻撃から動きが良くなっていくはず。
『嫌な感じだねえ』
戦いの中で強くなっていく敵。
そのこと自体は決して嫌なことではない。
漫画なんかでは燃える展開につながるからな。
ただし、読みやすい相手に限る。
『なかなか襲ってこないし』
確かにそうだ。
不気味なほど静かである。
『ただいま情報の整理中とか言わないよな』
大いにあり得る話だ。
『おいおい、このまま読ませ続けて大丈夫なのか?』
対応しづらくなっていくのは確かだな。
最終的には鬱陶しいことになりかねない。
それでも俺が選ぶのは待ちだ。
頑なと言われようが変わらない。
ダンジョン内を奔走して作業を進めている皆を信じて待つ。
それに、この選択にも意味はある。
奴が動かずに考えるなら俺も次の手を見せずに済む。
つまり、学習と観察の機会を減らすことにつながる訳だ。
持久戦につなげる以上は焦りは禁物である。
とはいえ、何もしない訳ではない。
向こうが分析している最中の警戒レベルも確かめるくらいはする。
直接攻撃はさすがに即応してくるだろう。
ならば、別の手で奴の戦力を削る。
俺は明後日の方へ向けてガンセイバーの引き金を引いた。
銃口の先から極細ワイヤーが出現し射出するような勢いで伸びていく。
途中で向きを変え、地面へ向けて急降下。
そのまま地面に突き立った。
周囲の地面が歪な形のドーム状に盛り上がる。
とはいえ大した大きさではない。
せいぜい拳大だ。
そのままでは大した変化ではないだろう。
だが、ワイヤーはまだまだ伸び続けていた。
地中でも向きを変えたワイヤーが蛇行しながら地面の形を変えていく。
俺の狙いは魔方陣の破壊だ。
果たして何処で気付くのか。
読んでくれてありがとう。




