1251 顔だけが……
そこからはさほど待つこともなかった。
振動がピタリと止まる。
何の前触れもなく唐突に。
そして今度はボコボコと音がし始める。
『今度は何だ?』
『沸騰してるとか?』
確かにそれっぽい音だ。
こちらの方が音に重みを感じるので、そのものという訳ではないが。
『今までの振動はその前段階だとでも?』
『いや、単なる思いつき。
そこまで考えちゃいなかったさ』
そんなやり取りの中で──
ボコン!
一際、大きな音がした。
『『『『『っ!?』』』』』
すわ、破裂音か。
その音を耳にした瞬間は、そう思った。
が、発生源である銅像は壊れてはいない。
まったく変化がなかった訳ではないが。
『『『『『なんだとぉーっ!?』』』』』
「……………」
もう1人の俺たちは驚きのあまり絶叫。
俺は絶句させられた。
『『『『『顔がないーっ!』』』』』
そう聞くと、のっぺらぼうのような妖怪を想像してしまうところだ。
が、そういうのとも違う。
顔面部分が陥没したからだ。
あの大きな音はこれが原因だろう。
ボコン!
再び大きな音がした。
『今度は膨らんだぞ』
『そんなのは些細なことだろう』
『別の顔になってるじゃないかっ』
もう1人の俺が言うように顔が変わっている。
それも若返ったとか年を食ったとかの変化ではない。
明らかに別人だ。
最初の顔は神経質そうな若者だった。
が、陥没してから膨らんだ後の顔は肉食系が前面に出ているオッサンだ。
『いかにもな脳筋顔だなぁ』
もしくは野獣顔とでも言えばいいか。
『体はそのままだから強そうに見えないぞ』
『同感だ。
違和感ありすぎだろ』
『ここまでくると不気味だな』
ボコン!
再び陥没した。
『『『『『またかよぉーっ!』』』』』
もちろん陥没したままではない。
ボコン!
再び膨らんだ。
そこに現れたのは、やはり別人の顔。
『今度は女の顔だぞ』
体型は最初の若者のままなので、これまた違和感しか感じない。
いや、より際立ったと言えるだろう。
『オッサンより若くないみたいだ』
『老女とまでは言えなさそうだが』
『銅像にすると皺が目立つからだろ』
『そういう話は危険だから、女性陣の前でするなよ』
『おっと……』
迂闊なことを喋ると雷を落とされそうだ。
『『『『『くわばらくわばら』』』』』
そんなことを話している間にも銅像は顔を陥没させていた。
陥没が3回目ともなると──
『次はどんな奴だ?』
『またオバさんじゃないか?』
『だから危険な発言はよせって言ってるだろ』
ボコン!
再び膨らむ。
『今度は男か』
『ズルそうな感じだな』
『そうかぁ?』
『痩せぎすで目付きが鋭いから、そう見えるんだろう』
『悪役っぽさはあると思うけどな』
『おー、そんな感じだ』
『グランダムの続編に出てきた戦闘狂の大尉殿にちょっと似てる』
『戦場ではビビった奴が死ぬんだ、の人か?』
『そうそう』
『えー、言うほど似てないぞ』
『そのまんまとは言ってない。
あくまで似ているってだけだ』
『あー、劣化した感じのそっくりさんね』
『そんな感じかな』
『言われてみれば……
意地悪そうな感じにシフトすれば似てるか』
『ほう……』
『確かに、そうかも』
『あの大尉は部下思いだけど、それと真逆なイメージにしたら』
『『『『『分かるーっ』』』』』
などと盛り上がっているが、もう次の顔になっていた。
次もオッサン顔。
それも時代劇に出てきそうな悪人面だ。
『なんか、傾向が読めてきた気がする』
『おお、分かる分かる。
どいつも中年くらいだよな』
『全員、悪党って感じがするのもポイントだ』
『『『『『それな』』』』』
ほとんどのもう1人の俺が同意した。
『そうだろうか?』
1人だけ疑問を呈する者がいたけれど。
『最初の野郎は若く見えたぞ。
それに悪党というより神経質な雰囲気が強いと思うがな』
『全員がそうだとは言ってないさ。
連中の関係性を考えれば、1人だけ仲間はずれでも説明はつきそうだしな』
『関係性だって?』
『そう大仰なもんじゃない。
あの神経質そうな男が1人でここまで来られると思うか?』
『『『『『思わないな』』』』』
皆が即答するのも頷ける話だ。
若い男は服も一緒に銅像化していたけれど、それでも細身と分かる体型だったし。
間違っても戦う職業の人間には見えない。
学者か文官だと紹介されれば納得するような出で立ちだったのが何よりの理由だ。
魔法使いなら考えられなくもないといったところか。
足元にローブが捨て置かれているところを見ると、それも否定されそうだが。
魔法使いとして冒険者登録しているなら、こんな真似はすまい。
ローブとて防具の一種だからだ。
ダンジョンで脱ぐなど自殺行為もいいところである。
そういう常識のない奴が冒険者である訳がない。
おそらくはダンジョンに入る時のカモフラージュとしてローブを着用したのだろう。
そして、誰かに見られても問題ない場所まで来たところで邪魔だから脱ぎ捨てた。
普通なら考えられないが、ダンジョンに潜ったことのない素人なら話は別だ。
そこまで考えれば、もう1人の俺が言った関係性も見えてくる。
『なるほどな』
別のもう1人の俺が呟いた。
『最初の男は依頼主だったんだな』
『『『『『そういうことか』』』』』
『残りの連中は雇われた護衛だったと』
『そういうことだ』
『それにしちゃ、ガラの悪そうな感じに見えたが』
『ダンジョンに入ってから脅して金品を奪いそうだよな。
人を見た目で判断するなとは、よく聞いたりするけどさー』
『言いたいことは分かる』
『全員が脛に傷を持ってそうに見えたからな』
『確かにそんな感じに見えた』
全員がそんな風に見えるのは普通じゃない。
「それはきっと顔つきじゃなくて表情が同じだから、そう見えるんだろうよ」
『『『『『おおーっ……』』』』』
もう1人の俺たちから感嘆の吐息が漏れた。
大いに納得がいったらしい。
『ということは、そういう狡猾な真似をしてきたことは充分に考えられる訳だ』
『その割には死んじゃってるみたいだけどな』
『依頼主の方が1枚上手だったんだろうよ』
『タイミングの問題じゃないか?』
『互いに騙そうとしていた訳か』
護衛の連中は手っ取り早く金品を脅し取るのが目的。
命が惜しくばってやつだな。
依頼主の若い男はそれに気付いていたって訳だ。
あるいは織り込み済みだったのだろう。
でなきゃ今の状況にはなっていまい。
護衛たちは偽りの支配者の使い方を知らんだろうし。
そこを利用して上手く言いくるめたと見える。
特定の場所で儀式をすれば金銀財宝が手に入るとか何とか。
これなら儀式が終わるまでは護衛たちも簡単には手を出せない。
欲ボケているからこそ最後まで我慢して見届けようとする。
そして、その最中に護衛連中を生け贄にしてしまえば依頼人の勝ちだ。
死体にされてしまったんじゃ、殺すことはできないからな。
いや、死体も残らなかったのか。
銅像の中に取り込まれているくらいだから。
魔方陣を起動させるために取り込まれたというところだろう。
偽りの支配者を最初に起動するには相応の魔力が必要だったはずだからな。
そうでなければ、男より以前に誰かが起動させているだろう。
意図的か事故であるかは別にして。
とにかく、護衛として連れて来た連中を生け贄としたのは間違いない。
血肉だけでなく命の根源である魂からも魔力を絞り出したであろう。
それくらいしないと、魔道具は起動どころか反応さえしなかったはず。
似たような体験は俺にもある。
もっとも、相手は魔道具じゃなくて魂喰いとかいう魔神のペットだったけどな。
それに半分喰われただけで助かった。
お陰でグロいものを見せられることになったが仕方あるまい。
命あっての物種だ。
護衛どもなどは肉片すら残っている様子がない。
魔道具に魂まで魔力に変換されて取り込まれてしまったものと考えられる。
何もかも残さず喰われてしまった訳だ。
物騒なこと極まりない。
一歩間違えば俺も同じような末路を辿っていたのだろうし。
そう思うと身震いしてしまう。
単に死ぬだけなら魂だけは残る。
それすら許されないなど恐怖以外の何物でもないだろう。
『で、そんな連中を今頃になって引っ張り出してくる理由は何だろうな』
『記憶の読み取りとかは考えられるんじゃないか。
丸ごと吸収したんなら記憶も格納していてもおかしくないと思うが』
普通なら、そんなことして何になると言っているところだろう。
「藁にもすがるってところか」
それだけ、なり振り構っちゃいられなかったとも言える。
顔を変えないと読み出せないというのもどうかと思うがね。
読んでくれてありがとう。




