1245 リクエスト
ゴミ術式の解析をさせられて非常に疲れてしまった。
偽りの支配者の術式が酷いことを無意識のうちに実感させられていた訳だ。
気力は大幅減である。
体力的に問題はないので、はた目にはダレているだけにしか見えないかもだが。
『そういや変身中の負荷はメンタルにもかかるんだった』
デフォルトで肉体的にも精神的にも負荷がかかる設定になっている。
すっかり失念していた。
我ながらアホである。
本来なら、精神的な負荷は安全装置としての意味合いがある。
これがあるからこそ変身している時に自重できるのだ。
そして自重するからこそ俺らしさを消すことができる。
癖とか口調とかな。
声に関しては変身スーツの機能で自動的に変換されるので意識しなくてもいいのだが。
とにかく中身が俺だと知られる訳にはいかないのだ。
ゲールウエザー王国ではフレイムもダークネスも有名人だからな。
特にフレイムは派手にやらかしているからヤバい。
あれの正体が俺だと冒険者たちに知れ渡ったら、どうなるか。
冒険者たちの俺を見る目が畏怖の色に染まるのが見えるかのようだ。
ちょっと恐れられるくらいなら許容することもできるだろう。
が、化け物を見る目を向けられるのはシャレにならない。
それが1人や2人じゃないのだ。
右を見ても左を見ても同じ目しかないのは容易に想像できる。
距離は確実に取られるだろう。
俺が普通に振る舞おうとも、周囲の者たちにビクビクされることは想像に難くない。
冒険者カードの提示をするだけでギルド職員に怯えられたり。
頭をかこうとしただけでベテラン冒険者が飛び退いたり。
そういう状況にならないという保証がないのだ。
むしろ高確率で、そうなってしまう恐れがある。
『まともに冒険者活動ができなくなるかもしれん……』
それだと、まだ良い方かもしれない。
冒険者ギルドへの立ち入りを拒否されたりなんてこともありそうで怖い。
皆が怯えるからなんて言われたら、無理に入ることもできなくなってしまう。
『事実上の資格停止処分じゃないかよ』
それは嫌すぎる。
ダークネスの方だって謎深き存在として見られているようだし。
助けた冒険者たちが酒場で盛大に宣伝したのが広まったようだ。
衛兵が見た姿と食い違っていることで謎が謎を呼んでいるらしい。
できれば知りたくなかった。
恥ずかしすぎるなんてものじゃない。
俺にとっては黒歴史級である。
フレイムとは別の意味で知れ渡ったら、どうなるか。
こっちは好意的に見てくれるとは思うがね。
俺の方が拒絶したい。
それにゲールと他のモードに関連性があると知られたら終わりだ。
フレイムとダークネスが同じと思われない訳がない。
ダークネスの評判で恐れられているフレイムの評価を覆すのは無理だと思う。
期待はしていないのでショックはないがね。
ただ、だからこそ気付かれる訳にはいかないのだ。
そのためにはメンタル面で今以上に疲弊する訳にはいかない。
集中力が低下して注意力が散漫になりかねないからな。
俺は変身スーツの機能を使って精神面への負荷をカットした。
本来は気を引き締めるために負荷を強める目的で加えられた機能なんだけど。
が、こんな疲弊している時だと気が引き締まるどころか逆効果でしかないしな。
もう一踏ん張りってところで凡ミスなどシャレにならん。
負荷が消えると少しだがシャキッとした気持ちになれた。
もう1人の俺たちが組み直した術式を読み込む。
「これの大本がゴミと言うしかない状態だったのか……」
とてもそうは見えない。
それだけ修正に次ぐ修正を繰り返したのだと思われる。
とにかく、この術式単体で見ても分かりやすいのだ。
これをどうしようもない状態から組み直した根気には頭が下がる。
自分に頭を下げるのかという話になるけどな。
「エクセレント、素晴らしい」
思わず称賛の声が漏れていた。
『『『『『イエー!』』』』』
もう1人の俺たちが喝采の声を上げる。
自画自賛になるけどな。
だが、これに関しては恥ずかしいとは思わない。
皆で胸を張っていいと思う。
俺自身がそれをするのは恥ずかしいけど。
修正に参加していなかったんだから当然だ。
いや、他の者からすれば俺のやったことになるんだけどさ。
そこはケジメをつけたいというか、何というか。
とにかく、この術式なら大丈夫と太鼓判が押せる。
連打してもいいくらいだ。
「じゃあ、そろそろ始めるか」
ミズキたちの方もホロウアーマーの把握がそろそろ終わりそうである。
完璧にタイミングを合わせる必要のない作戦だ。
こちらが少し先に動き始めても大丈夫だろう。
そう思って動き始めようとしたところで──
『おーい、俺よ』
もう1人の俺が声を掛けてきた。
『どうした?』
『もう一仕事したい』
「はぁっ!?」
想定外の提案に素っ頓狂な声を大音量で出してしまう。
まあ、ゲールの機能で敵に聞かれることはないんだが。
『せっかく、ここまでの仕事をやったんだ』
『何かやりたくて仕方がない』
『あんなカス術式を見せられちゃな』
『腹が立って見てるだけなんて御免被るぞ』
『ここで見学と言われても俺たちはやるぞ!』
『『『『『おーっ!』』』』』
「……………」
急にやる気を出してしまった、もう1人の俺たち。
まあ、気持ちは分からんではない。
有り体に言ってしまえば、キレる寸前のテンションでハイになってしまったのだ。
思った以上に術式の解析で無理をさせてしまったらしい。
『何か、スマン』
自然と謝っていた。
『何故、謝る?』
『そうだぜ』
『まさか、おあずけとか言わないよな』
『そいつは勘弁してくれよなー』
『頼むぜー、俺』
おあずけだって?
そんなのはあり得ない。
俺がもう1人の俺たちの立場だったなら猛抗議するだろう。
『誰がそんなことを言うものかよ。
俺が俺のことを分からないでどうするんだ』
『そう来なくっちゃな!』
『『『『『イエーッ!』』』』』
ここまで来ると全員でハイタッチするノリだ。
キレずに済んだのは奇跡的と言えるかもしれない。
『それじゃあ、もう一仕事の方を頼む。
俺はあの偽りの支配者の解体に専念する』
『『『『『了解っ!』』』』』
小気味よい返事だ。
ハイになった状態の空元気でも気力を復活させるだけの力があるらしい。
いつの間にか倦怠感は無くなっていた。
ならば後は仕事をするだけである。
俺は宣言通りに銅像と一体化した魔道具の解体。
もう1人の俺たちは先に改良術式を発動させて支配権の奪取。
「行くぞっ!」
「「「「「おうよっ!」」」」」
もう1人の俺たちが声に出して返事をしてきた。
俺の口はひとつだから普通は考えられないことである。
が、仮面ワイザー・ゲールの機能を使って空気を直接振動させたのだ。
味な真似をするものだ。
そして、それは計算された行動でもある。
今の声は敵にも聞こえたはずだからな。
まあ、魔道具に耳はないのだが。
それでも気付いたのは間違いない。
広間内のホロウアーマーたちの動きが変わった。
声のした方に首を向けている。
それぞれが違う方を見ているが。
「よーし、よし」
決して間違っている訳ではない。
一方向からではなく四方八方から声を発した結果だ。
少なくともホロウアーマーは何らかの感知機能を持っているのだろう。
よく見れば、手近な音の発生源の方を見ているようだ。
「それでいい」
陽動と撹乱を目的としているからな。
大した隙ではないが充分だ。
そして、もう1人の俺たちが作戦行動に入った。
それを確認して俺も姿を現す。
光学迷彩も熱迷彩もカットすれば、そこにあるものだけを見るだろう。
「何もしなければな」
迷彩系の魔法を終わらせると同時に、幻影魔法を使う。
幾つもの俺の姿が広間内に出現。
その姿にゲールの機能を使って熱を生じさせる。
微妙にずらすのがポイントだ。
ホロウアーマーの動きが痙攣に近いものになった。
ズレの分だけ小刻みに首を動かしている。
目で見る情報も、それなりに信用するようだ。
これを偽りの支配者が確認しているのだとしたら。
更なる撹乱要因になる。
イメージとしては端末のセンサー越しに見ている感じだろうか。
仮に確認していないのだとしてもホロウアーマーはすべて管理下にあるはずだ。
ならば、向こうに緊急事態を認識させられるはず。
注意を少しでも引き付けられればいいのだ。
そうすることで、もう1人の俺たちが仕事をしやすくなる。
『『『『『確保─────っ!』』』』』
魔物たちの支配権を確保したようだ。
魔物の行列が動きを止めていた。
それはつまり新たな召喚が行われないことを意味する。
ミズキたちがホロウアーマーの排除優先で動いても何ら問題はなくなった。
そのことを知らせなければならない。
『作戦開始のメール送ったぜ』
どうやらそれも、もう一仕事の範疇であるようだ。
なんにせよ、仕事が早い。
援護を始めて間もないのだがな。
それだけ俺の援護が効果的だったのか。
単に処理能力が目一杯の状態だったことも考えられるけれど。
後者であった場合は手隙の状態になるので防衛能力がアップすることになる。
それまで動きの見えなかった銅像が動き出した。
どうやら後者だったようだ。
『おいでなすったー!』
『やっぱ、そう来るかー』
『これくらいはしてくれないと』
『出番だぞ、俺』
「はいはい」
ようやく、まともな戦闘になりそうだ。
読んでくれてありがとう。




