1243 簡単に壊す訳にはいかない
作りっぱなしで責任は取りません。
偽りの支配者を作った制作者はそう言っているも同然だ。
『発掘される古代の魔道具は碌なものがないな』
安全装置の概念が最初から頭にないのだろう。
求める性能が達成できるかどうかがすべて。
できない場合は放置ってところか。
まあ、安全装置がどうこう言う前の問題だ。
作ろうとするブツが危険物ばかりだからな。
この魔道具は当然ながら破壊する。
ただし、単純に壊して終わりとはいかない。
魔道具の効果で集められている魔物たちが問題だ。
偽りの支配者を破壊すれば、誘導効果が切れる訳で。
迷宮核が配置の偏りをなくそうとするだろう。
『同時にすべてを制御しきれるのか?』
一時的なら問題なくても、その状態が長く続くのであればマズいかもな。
パソコンのようにフリーズしたりなんてことが無いとは言えない気がする。
そういう前例がないために読み切れないからだ。
ここの迷宮核は巨大なダンジョンを制御しているから通常は余力があるだろう。
長らく安定していたことからも、それは明らか。
が、これから先は前代未聞の状況になってしまう訳で。
通常時とは明らかに違う。
奪われていた魔物とのリンクが一気に戻ってくるのが気がかりだ。
迷宮核にかかる負荷は如何ほどのものか。
そこまでは、ある程度の予測はできる。
データに幅を持たせる必要はあるがな。
問題は迷宮核のスペックの方だろう。
余力がどれだけあるのか。
『実はダンジョンの制御で目一杯に近いとか言わないよな』
もしもギリギリだったなら、かなり危険かもしれない。
せめて3倍の余力があれば安心できると思うのだが。
こればかりは、大きい迷宮核をあまり見たことがないので何とも言えないところだ。
ミズホ国内のダンジョンは貧弱なダンジョンばかりだからな。
それより少しマシであろうブリーズの街のダンジョンでは迷宮核を見たけど。
『あれは異常な状態になったのを正常に戻して終わりだったし』
こんなことなら、ちゃんとデータ取りしておくんだった。
それなら本国のダンジョンの迷宮核と比較してスペックを想定できたと思うんだけど。
大きいダンジョンなら、もうひとつ知っているけど……
最近加わったジェダイトシティのダンジョンだ。
が、あれだって全領域を綿密に確認した訳じゃない。
『こんなことならぁーっ』
などと内心で身悶えしても今更だ。
後の祭りでは如何ともしがたい。
ならば迷宮核に負担をかけない手を考えるべきである。
まあ、方法なんてひとつしかないだろう。
迷宮核へ一気にリンクを戻さなければいいだけのことだ。
『それが面倒なんだけどな』
偽りの支配者を即座に破壊できなくなったとも言えるからだ。
少なくとも術式の解析が終わるまではね。
それを応用した独自の術式で偽りの支配者に取って代わるためである。
細かな部分まで精査しないと、何処が不要な部分かが分からない。
魔物の誘因やホロウアーマーの召喚は必要ない部分だ。
が、その中に他で利用する術式が含まれていることも無いとは言えない。
例えば誘因の強度を変更する術式に誘因を保留する術式も含まれたとしたら。
碌に確認もせず不要と切り捨てた場合、誘因を停止できなくなる恐れがある。
新たに保留の術式を用意すれば解決する話ではあるが。
ただし、新しい術式を組み込んだ時に予期せぬ事態が発生することも考えられるがね。
何の情報もないままに他者の術式に手を加えるのは、そういう怖さがある。
仕様書のない状態だと確認するだけでも一苦労だ。
おまけに、この魔道具は試作品である。
どこにどういうバグを抱えているか分からない。
現状は制作者の想定通りに動作はしているようだが。
もしも魔力の供給が不安定になったら。
『暴走しない保証はないんだよなぁ』
これが正規品として完成された魔道具ならば、一時停止するなりしただろう。
安全装置が組み込まれているからだ。
では、魔道具本体に破壊しきれない程度の攻撃が加えられたら?
術式の欠損から暴走することが考えられる。
これも正規品であるなら、自己診断術式が発動して停止することが考えられる。
この試作機にそんなものが組み込まれているとは思えない。
鑑定の結果──
[制御系は持たないため迷宮核が破壊されると暴走する]
とあったからな。
安全装置や自己診断術式が組み込まれているなら、こういうことにはならない。
『β版どころかα版てことだよな』
とりあえず動くものを作ったと言った方が分かりやすいか。
おそらく制作者も把握していないバグを抱えているはず。
そんな状態のものに手を入れようというのだ。
適当に術式を削ったり放り込んだりすれば、どうなることやら。
誤作動から暴走することだって充分に考えられる。
それがどういう結果を招くかは不明だ。
ホロウアーマーよりも強力な何かを召喚したり。
ダンジョン中の魔力をかき集めて魔物を生み出し暴走させたり。
あるいはダンジョンすべてを巻き込んで自爆したり。
それが何であれ最悪の事態が起こり得ることだけは念頭に置いて行動せねばなるまい。
そういう物騒なことは考えたくはないけれど。
いざという時は改造した術式を全停止させるしかあるまい。
止めれば迷宮核に負担をかけると分かっていてもな。
そうならないよう、術式の解析は念入りに行わなければならない。
ただし、迅速に。
偽りの支配者を破壊しない限りは召喚が止まらないのが痛いんだよな。
理力魔法で魔物の動きを止めることも考えた。
が、これも危険だ。
来るべきものが来ないことで、偽りの支配者が誤作動しないとは言い切れないのだ。
『本当に面倒なものを作ってくれたよな』
実に迷惑な制作者だ。
それを使った輩はもっと迷惑な奴だけど。
誰かは知らないが、生きている間に殴ってやりたかったさ。
が、銅像に等しい姿になった今の奴は迂闊に殴れない。
硬いから少々のことでは壊れないとは思うけどな。
それ故に加減をあまりしなくなるはずだ。
生身なら手加減しても反応があるから鬱憤を晴らせるんだけど。
『生きてるって大事だよな』
いや、厳密に言えば今も生きてるけどさ。
魔道具の一部として利用されている状態を生きていると言えるならな。
必要とされるのは演算装置としてのみ。
鑑定結果から推測するに脳死かそれに準ずる状態だと思われる。
仮に復活させることができたとしても、発狂した後の状態だ。
助ける理由も甲斐もない。
それでも解析が終わる前に損傷させる訳にはいかないのは、暴走を避けるためだ。
そうでなければ既にただの金属塊としてしか見ていない。
『金属相手に鬱憤を晴らすとなると手加減する理由がないよな』
無意識にそれをやってしまいかねないから下手に手出しできないのである。
術式を解析し終わった後はタコ殴りにしようと思う。
もちろん、魔道具から支配権を奪った上での話だ。
割と面倒な話である。
『単純に力押しできる相手が良かった……』
前回の卵もどきに引き続いての縛りプレイである。
ウンザリさせられるなんてものじゃない。
『次は脳筋がいいなぁ』
パワープレイも馬鹿にしたものではないってことか。
脳筋に需要があるとは思わなかったが。
平和が一番だけどな。
何かがあるのだとしたら、フラストレーションを溜めずに終わらせたい。
偽りの支配者を破壊できるようになってもスカッとできないからな。
まずは魔物を誘導してダンジョン内に再配置しなければならない。
下の階層から上がってこようとしているのも戻さねばならないから結構な手間だ。
本来であれば、どのフロアにいるかをシミュレートする必要があるからな。
間違えた状態で迷宮核とのリンクを戻したら意味がない。
それができたとしても、一気に支配権を譲渡する訳にもいかないし。
『あー、ホロウアーマーのことも考えるべきだよなぁ』
召喚されたゴーレムがダンジョン内でどう扱われるかが問題だ。
迷宮核が自ら召喚したのであれば何も問題はない。
自前の魔物と何ら扱いは変わらないだろう。
が、偽りの支配者が召喚して操っていたやつだ。
ノータッチの召喚された存在をどう見るのか。
迷宮核がどう扱うのか読めない。
完全に無視するとは考えにくい。
ダンジョン内に存在する訳だからな。
異物として排除しようとすることは充分に考えられる。
『冒険者のような侵入者と同じってことだな』
その場合は、これまた迷宮核に負担をかけることになるだろう。
浅い階層がベテラン冒険者ばかりで占拠されるようなものだ。
本来、そのフロアにいる魔物で対処しても大きな損失を出すことになる。
『……そうとは限らないのか』
ホロウアーマーがどう動くのかしだいで変わると言えそうだ。
召喚者を失ったことで消滅するのか。
それとも魔力を失うまで敵を排除しようとするのか。
どちらかと問われると後者のような気がする。
だとしたら、そのフロアの魔物が全滅しかねない。
損亡を回復させるのにダンジョンが何処までリソースを使うのか。
既に負担がかかった状態ということを忘れてはいけない。
ホロウアーマーの数だけ不足する魔物を回復させる必要があるからだ。
『考えたくないなぁ……』
そうならないように俺たちが破壊することも検討しておかないといけない。
ただ、迷宮核がどう判定するか。
ゴーレムも魔物としてカウントするなら支配下に置こうとすることは充分に考えられる。
そうなった場合、配置の問題が出てくる訳で。
弱い魔物より遥かに強いというのが厄介だ。
しかも、ホロウアーマー側が支配を受け入れるかは未知数なところがある。
迷宮核は召喚者ではないからな。
召喚者を失ったことで素直に受け入れるのか。
それとも抵抗するのか。
抵抗するとして、それが徹底したものになるのか。
その場合は迷宮核への負担が増すことになる訳で。
『これも対策が必要かよー……』
本当に頭の痛くなる話である。
どう考えても、不足する魔物を回復させる方が負担は少なそうだ。
『ぶっ壊すのが吉かもな』
近辺にいる召喚されたばかりのは俺が消すのが効率的だろう。
ダンジョン内に散ったのは皆に任せるしかない。
突入した面々に指示を出して一個所にまとまらないようバラけてもらう。
メールで事情の説明と指示を記述して送信。
これは楽なものだ。
すぐに返信も来たし。
[外で待機している子たちも呼んだ方が良くない?]
ミズキからショートメッセージが来た。
『そっか、破壊した後はエンドレスで戦い続ける状況ではなくなるからな』
そう考えると経験値ゲットのチャンスである。
配置と連携を考える必要はあるがね。
その点については言い出しっぺのミズキに任せるとしよう。
読んでくれてありがとう。




