1237 人命救助に必要な情報は何処から得るべきか
「何事かっ!」
叱責するようなダニエルの声が王城の庭に響いた。
客人である俺たちがいるからか。
慌ただしい動きを見せたことを気にしたようだ。
本人としては空気を読んだつもりかもしれないが。
『空気、読めよな』
そう思ったのは俺だけではないようだ。
クラウドがダニエルを制した。
「構わぬ」
『おー、たまには叔父さん相手でも王様らしく振る舞えるんだな』
「何が起きたか報告せよ」
「はっ」
ダニエルの一喝で畏縮していた兵士が報告を始める。
が、もどかしい感じのする支えながらの報告であった。
事態の深刻さに焦りを感じているからだろうか。
要約すると、そう長い報告でもなかったが。
強力な魔物がダンジョンの浅い層で出たってだけだからな。
そのせいで死者が多数出てしまっているようだけど。
ちょうど兵士たちの訓練でダンジョンに入っていたらしい。
『間の悪いことだ』
「それで、どんな魔物かは分かるのか?」
クラウドが問うた。
問題はそこだ。
それが分かっていないと対策の立てようがない。
何人も死亡している状況だ。
装備ひとつで生死を分けることも考えられる。
「そっ、それが……」
そこまで言った兵が倒れた。
よく見れば、負傷しているのを応急手当で誤魔化しているのが分かる。
報告が支えながらだったのは決して畏縮や焦りからだけではなかったようだ。
『見落としていたな』
血の臭いはしていたが、革鎧に軽く拭き取った跡があったので気付くのが遅れた。
ミズホ国民なら先に状態を確認したんだが。
『あれでよく駆け込めたな』
感心している場合ではない。
俺が治癒魔法をかけようと動きかけたところで──
「はいはい、ごめんなさいよー」
マイカが兵の周囲にいる面々を押し退けて前に出ていた。
「すみませーん」
ミズキもそれに続く。
「あー、こりゃ酷いわね」
「腹部裂傷だよ。
急がないと死んじゃう」
「分かってるって」
口調こそ軽いが、マイカも表情は真剣だ。
すぐに治癒魔法を使い始める。
「はいよ、傷口は塞いだわよ。
続いて内部の出血処理ねー」
「雑菌の処理は?」
「そっちはすぐに終わんないわよ」
ミズキの問いに返事をしながらも、マイカは兵士の方を見ている。
かなりの集中ぶりだ。
「増血と一緒に継続中だから」
その口振りだと太い血管から毛細血管の先まで意識しているのだろう。
『効率の悪いことをしているなぁ』
血管を1本の線になるよう並べたら、とてつもない距離になったはず。
それだけ毛細血管が多いのだ。
血の流れに乗って調べるとかだと、時間がかかるなんてもんじゃない。
血流の速さで調べられるなら話は別だが。
それはそれで極度の集中によって大きく消耗するはずだ。
絶対に見逃すまいと言う決意は感じられるのだが。
『もっと体全体を見る感じの方がいいのに』
イメージで言うならレントゲンだろうか。
あるいはCTやMRIあたり?
『元日本人としてはイメージしやすいと思うんだけどな』
もちろん、そんなもので血液中の毒素なんて分かる訳がない。
あくまで魔法を使う上でのイメージの問題だ。
そもそもX線とか磁気共鳴とかは魔法の世界に必要ないからな。
そこまで想像する必要はないのだ。
人の体を輪切りしたように撮影した画像を想像できるかが鍵である。
全身の血管を辿っていくようなイメージより、よほど現実的というものだろう。
あとは、そこに雑菌や毒素がないかを探るイメージして重ね合わせるだけである。
今のマイカなら楽勝のはずなんだが。
そうしようとしないのは何故なのか。
首を捻らざるを得ない。
あえて困難な手段を選択するとは思えないし。
人命がかかっているからな。
そうでないなら修行のためということも考えられるが。
マイカはこの状況下で、そういう選択をするような馬鹿ではない。
『もしかして失念してるのか?』
日本人だった頃は病院とは縁遠かったみたいだしな。
テレビで医療系の情報番組とかも見ないって言ってたし。
それが最も考えられそうだ。
「マイカ、血管じゃなくて体全体を診ろ」
少しだけアドバイスする。
できれば口出しはしたくなかったが、人命優先だ。
これで気付いてくれるはず。
そう思ったのだが……
「無茶、言わないでよぉ」
滅多に聞かない情けない声で返事があった。
本気で分からないらしい。
『病院に縁遠い奴はこれだから』
愚痴りたくなってしまった。
「マイカちゃん、MRIだよ」
すかさずミズキがフォローに入ってくれたけどな。
適切かどうかは微妙だとは思うが。
「へっ?」
現にマイカは、よく分からないと言いたげな顔をしている。
「輪切りをイメージするんだよ」
「んー?」
首を捻るマイカ。
それでも治癒魔法の手は止めないのは、さすがだと思う。
「じゃあ、ドクター猫ひげ」
『ちょっ!?』
いきなり漫画のタイトルを言い出すミズキさん。
ドラマ化もされた作品だったと思うけど。
『医療系の漫画で連想させようってのか?』
それにしてはタイトルを言うだけだ。
特定のシーンなどを言った方が記憶を呼び覚ましやすいと思うのだが。
マイカはそこに気付いていない様子である。
「青ひげ診療所」
今度は小説のタイトルを挙げた。
これもドラマ化されている。
その際にタイトルから診療所がカットされたはず。
いずれにしても古いのを引っ張り出してきたものだ。
『そんなのでマイカが気付くのか?』
それは俺よりも付き合いの長いミズキにしか分からないことだ。
「GINは……タイムスリップするからダメかー」
どうやら漫画原作のGIN-銀-のことらしい。
これもドラマ化されている。
むしろ俺は原作の方を知らない。
『確かに江戸時代じゃMRIとかは出てこないけどさ……』
「動物のドクター様は、獣医ものだしー」
ミズキがパニックになりかけている。
思い出すことに必死になりすぎだ。
そのせいか目的と手段が入れ替わっているような気がしてならない。
本来はマイカに魔法のイメージを伝えようとしていたはずなんだが。
『それにしても原作ものばっかだな』
趣味の問題だろう。
俺も人のことは言えないところはあるが。
『特に、この動物のドクター様は好きな作品なんだよね』
主人公のあだ名が王子様と、本名の読みをもじったものになっている。
友人の中井戸は大のネズミ嫌いなのに獣医を目指す変わり種だ。
ヒロインのようでヒロインでない菱貫先輩も変わっている人だし。
こんな具合に登場人物の大半が変人ばっかりなんだけど。
なのに憎めない人たちばかりなんだよな。
ほのぼの系なんだけど、独特の雰囲気がある作品だ。
『じゃなくてっ』
懐かしくて、つい振り返ってしまった。
脱線もいいところだ。
俺がマイカに続いてどうするのか。
「肝心なのを忘れているね」
俺が指摘する前にトモさんが割り込みをかけていた。
その口振りからすると、脱線コースへ巻き込まれているっぽい。
「ブラックシャークだよ」
自信満々である。
『だけどなぁ……』
「不朽の名作漫画にしてアニメ化だけでなく実写も舞台にもなってる」
『そっち方面に持っていって、どうするのさ』
「ああっ、そうよね!」
ミズキが忘れてたとばかりの反応を見せた。
『だから、そういうことじゃなくてー』
「肝心のマイカが分かってないでしょうが」
ようやくツッコミを入れることができた。
まるで何か見えない壁に阻まれていたかのようだが、そんなことはない。
「「あっ」」
ツッコミを入れると、さすがに2人も気付いたようだ。
恐る恐るといった感じでマイカの方を見る。
既に治癒魔法はかけ終わっていた。
マイカは首だけこちらに向けて呆れたような視線を送ってくる。
「言いたいことは分かったわよ」
「そ、そう?」
「せめて、ドクターZと言ってほしかったけど」
こちらはオリジナルのドラマを引っ張り出してきた。
「分かりづらいったらっ」
『指摘するのは、そこかよ』
本人がそれでいいなら構わないが。
「それで、この者は治ったのかね?」
宰相のダニエルが聞いてきた。
少し焦れたような様子を見せている。
兵士が目を覚まさないからだろう。
「怪我は治したわ。
だけど、強制的に眠らせてるの」
「何か問題が?」
「ダニエルさんが考えているよりも消耗が著しいわね。
情報が欲しい気持ちは分からなくもないけど、3日は安静が必要よ」
「なんと……」
「要するにダンジョン内で発生した問題を解決できればいいんでしょ」
「それはそうですが……」
ダニエルがもどかしげな表情を見せていた。
「心配しなくても解決してしまえばいいのよね?」
結論ありきの問いかけにしか見えない。
「なっ!?」
「私達が行くわよ」
読んでくれてありがとう。




