1234 最後まで気を抜いてはいけない
ジュディ様が裁きを言い渡すと特殊効果があるようだ。
『全力で反省させるんだよ』
『ラソル様相手に通用するんですか?』
『僕が本気でやったらね~。
ラソルくんといえど抵抗できないから』
俺が無意識に受けていたあれの超凄い版らしい。
西方で裁きの神と言われているだけはある。
『へえ、特殊能力っぽいですね』
素直に感心したつもりだったのだが。
『まあねー』
ジュディ様は居心地が悪そうだ。
最初の時にやらかしたのを思い出してしまったようだ。
俺としては、もう気にしてはいないのだけど。
どうやら黒歴史と化しているらしい。
程度のほどは不明ではあるが。
そのあたりを俺から聞く訳にもいくまい。
余計に落ち込ませることになりかねないからな。
スルーを推奨します。
ジュディ様の特殊能力については、後で誰かに聞けばいいだろう。
どのみち、ラソル様がどうなったかは聞かないといけないのだ。
今は卵もどきの存在が完全消滅したお墨付きをもらえただけで良しとすべきだろう。
『それじゃあ、俺も皆に追いつかないといけないので……』
『おっと、そうだったね』
『ありがとうございました』
『なんのなんの。
僕なんかで良ければ、いつでも頼ってくれたまえ』
フハハと声に出して笑うジュディ様。
なんだか無理をしているっぽい。
気のせいではないと思うが、そこにツッコミを入れても否定されるだけだろう。
かなり根深くダメージになっているのだけは分かった。
これ以上地雷を踏むような真似は、お互いのためになるまい。
『では、これで失礼します』
俺は無駄を省いた短い言葉で暇乞いをする。
『ああ、うん、またね』
脳内スマホから電話の切断音がしてきた。
ふぅっと息を吐き出す。
電話だけで一仕事した気分だ。
が、とりあえずはお墨付きがもらえた。
ジュディ様と話している間に落ち着けたのか、もう不安に感じることはない。
逆にジュディ様を不安定にさせてしまった気がしなくもないが。
最後は微妙な空気の連続だったからな。
「裁きの結果に影響しないよな」
情緒不安定なせいで効果まで変になったんじゃ、シャレにならん。
罪悪感が湧き上がってきてしまう。
が、まだ起きてもないことでクヨクヨしても始まらない。
「そうなった時に考えるか」
俺もいい加減である。
というか、いい加減に帰りたい。
「……………」
いい加減が被ったが、シャレのつもりはない。
「疲れてるなぁ」
肉体的な疲労はないはずなのに、ズッシリした重みを感じるほどだ。
さっさと帰るに限るだろう。
そう思ったのだが……
「そうだ、石壁が残ってた」
コイツをどうにかしないと帰れない。
街道にはつながっていないから放置してもいいような気はするけどね。
けど、誰かが発見しないとも限らんし。
石壁が見つかって破壊されるようなことがあったら大変だ。
西方人には破壊できないだろうけど。
ただ、人ではない何者かに発見されることも想定しないといけない。
竜クラスの存在ともなれば、力任せに壊すことは可能だと思う。
そうなったら地脈にどんな影響があるか分からない。
「元に戻さないといけないといけないよなぁ……」
でもって、それは俺の仕事になる訳だ。
「シャレになってないよ、ラソル様」
後始末まで、おまけしてくるとは想定外もいいところだ。
おまけに無報酬である。
「……………」
またしても、無意識ダジャレになってしまった。
「シャレになってないよ」
余計にゲンナリさせられたさ。
仕事が残っているってのに。
せめてレベルアップでもしてなきゃ割に合わない。
『まあ、卵もどきが相手じゃ無理だよな』
現在のレベルが1265である。
3桁レベルなら幾つか上がったとは思うのだが。
それでも念のために確認してみることにした。
まず、深呼吸する。
変化がなくてもショックを受けないためだ。
これ以上のガックリは御免被る。
「よしっ」
覚悟を決めて自分のステータスを確認した。
[ハルト・ヒガ/人間種・エルダーヒューマン/ミズホ国君主/男/17才/──]
「んんっ!?」
一度、視線を外す。
年齢までは何も変化がない。
当然だ。
ここが変わっているなら、ラソル様にイタズラされている以外に考えられない。
こんな時に自分で変更したりはしないからな。
「レベルアップしてる」
何かの見間違いだろうか。
再び確認してみた。
何度、見ても結果は同じだ。
[ハルト・ヒガ/レベル1268]
「3レベルアップですとぉ────────っ!?」
思わず叫んでいた。
それくらいショックだった訳だ。
本当であれば、ありがたい。
が、素直に信じることができない。
今回は特に振り回された気分だからな。
ラソル様のイタズラが特別バージョンなせいだ。
またしても疑心暗鬼な状態に戻ってしまった。
が、ジュディ様に再び電話して確認することはできまい。
「おのれ、おちゃらけ亜神めっ」
これがイタズラかどうかは、しばらく放置するしかなさそうだ。
もしかすると報酬ということも考えられるからな。
3レベルアップの報酬で今回の詫びにしようとしているって訳だ。
どうにも信じ切れないところだけど。
『五分五分といったところか』
凄くドキドキする。
信じたいけど、信じて裏切られるとダメージがバカにならない。
しばらく寝込んでもおかしくないくらいだ。
もし、これが本当だったとしても素直には喜べないな。
『それでも礼は言わないといけないけど』
すっごく言いたくない。
たった3レベルとは言わないさ。
今のレベルで一気に3レベルアップなんて余程のことだからな。
凄く感謝すべきことである。
だけど振り回された後だとね。
スラスラと出てきそうなのは感謝の言葉より恨み言の方だ。
きっと、礼の言葉も絞り出すような声で言うことになるだろう。
みっともないけど、それが精一杯だと思う。
『忘れた頃に言うとしよう』
随分と失礼な話だが、それくらいの意趣返しはさせてもらいたい。
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「さて、後始末をするか……」
3レベルアップしたかもと思うだけで少し体が軽くなった。
我ながら現金なものである。
しかも、ぬか喜びに終わるかもしれないというのに。
『その時はその時だ』
割り切って作業にかかる。
でないと、いつまでたっても帰れないからな。
まずは石壁と地脈の繋がりを解析する。
これを切り離して周囲への影響があったら、とんでもないことになるからな。
卵もどきが栄養源としようとしていたくらいの地脈である。
川に例えるなら大河であるのは間違いない。
安易に石壁から切り離せば、魔力の氾濫が起こりうる。
そうなれば、周辺環境はズタズタになるだろう。
どの程度の範囲でそうなるかまでは分からないが。
というか、そこまでシミュレートしたくない。
今の不安定なメンタル状態で、どうなるかを知ったら果てしなく動揺しそうだ。
楽観視せず慎重に作業する。
これだけ念頭に置いておけばいい。
幸いにして石壁と地脈の繋がりは複雑なものではなかった。
厳重な状態で縛り上げている形ではあったけれど。
受け入れ体勢さえしっかりしていれば、そう苦労はしないだろう。
石壁の鑑定結果もよく読んでおく。
「……………」
ガクッと膝をついてしまった。
石壁の解体方法が書かれていたからだ。
「そういうことは先に言っといてくれないかなぁっ!」
思わず天に向かって吠えていた。
まあ、ちゃんと確認していなかった俺が悪いのだが。
とりあえず、悪いことでなかったのは朗報だ。
本当に最後まで気は抜けないものである。
「しょうがない」
切り替えるしかないだろう。
せっかく取扱説明書をもらったのだ。
その手順通りに作業を進めるだけである。
これほど楽なことはない。
手探り状態にならなくて済むからな。
あとは何も考えず機械的に作業していくのみ。
もちろん、異常事態とならないよう地脈の状態は観察しながらだが。
念のために周辺一帯に浄化を掛けておく。
外側の結界を解いて、更に浄化の範囲を広げる。
「これでいいか」
あまりやりすぎると環境が変わってしまうため程々にしておく。
元に戻すのに何千年とかかるほど清浄な空間なんて目立つからな。
そんなことしたら教会の関係者が押し寄せて来かねない。
一般人にもそれと分かるほどの状態にはできないさ。
そのあたりのバランスは鑑定しながら調整した。
次は地脈が元々流れていたあたりへ誘導するための魔力の道を作る。
ゴール地点では保持して固定するための封印もスタンバイ。
これで、地脈の移動準備完了だ。
あとは指定された順番で封印を解除していきつつ地脈を理力魔法で支えにかかる。
ひとつ解除するごとに、ひとつ支える感じだ。
かなり繊細な作業となったが、落ち着いてできたと思う。
地脈が素直な感じだったからな。
『誰かさんとは大違いだよ』
封印を解き終わった後は、ゆっくりゆっくり魔力の道に沿わせるように移動させていく。
それなりに時間はかかったものの、変にイライラしたりはしなかった。
地脈の方が協力してくれる感じだったからだろうか。
暴れると怖い地脈だけど、向こうも分かってくれているのかもしれない。
俺が強奪者である卵もどきと戦ったことを。
読んでくれてありがとう。




