1226 結界内デスマッチ?
卵もどきが空中で静止している。
理力魔法は使えるってことだ。
『どういう手を使ってくる?』
読む。
悪意を持った奴が次に考えることは何か。
敵対する意志を持っているのは明白。
でなければ、槍のように体を変形させて突っ込んできたりはしない。
今は動きを止めているがね。
だが、次も攻撃されると考えるのが妥当だろう。
攻撃方法は不明ではあるが。
ワンパターンの槍型突進か。
『ビームを撃たれたら、あんな感じなのかね』
そんな感じだった。
さすがに光の速さではなかったけどな。
そのかわりと言ってはなんだが、衝撃波がある。
掘った穴を崩壊させる威力があることからも明らかだ。
理力魔法を使っていなかったら俺も押し退けられるくらいはしたかもしれない。
攻防一体の有効な攻撃手段と言えるだろう。
それともパターンを変えてくるか。
手札が多いと、こっちの判断に迷いが出る恐れがあるからな。
あえて手札を見せずにワンパターンで通すことも考えられるが。
ここぞというタイミングで意表を突かれるのは嫌なものだ。
コイツはそれができる。
本能のみで戦っている訳じゃないからね。
「さあ、次の一手は何だ?」
聞いたところで答えてくれる訳じゃない。
卵もどきに口はないからな。
あったらあったで怖いと思うけどさ。
デカいピータンに口や目があったら怖いだろ?
まあ、あれほど光沢はないから印象はまた変わるのかもしれないが。
少なくともグロい感じがしそうで嫌だ。
『なるべくグロくない感じで頼むぜ』
どうなるかは卵もどきしだいなのだが。
願ったところで向こうは向こうの意思があるからな。
「…………………………………………………………………」
それにしても次の手が来ない。
膠着状態が続く。
『考え込んでいるのか?』
初手の大胆さからは考えられない慎重ぶりだ。
が、考えられなくもない。
向こうとしちゃ意表を突いて一撃必殺を狙った手が空振りで終わった。
無闇に同じ手を繰り返さないのは冷静に考えているからだろう。
『俺の出方を見て次の手を打つつもりかもしれないな』
こちらから手を出さない限りは我慢比べになりそうだ。
そうなると俺が不利か。
卵もどきは、あの形のままで静止していれば動き出しが読みづらいからな。
先程のように変形しなければ動けないということもないだろう。
理力魔法が使えるのだし。
スピードは劣るかもしれないけれど。
それでもノーモーションで攻撃される方が嫌なものだ。
1アクションを省略されるだけで見極めがシビアになる。
前兆とも言える動作があると分かっているだけで、精神的な負担は少ない。
それを見てから反応するためのギアを上げても間に合うからだ。
が、予備動作が無いとなると少し抜き気味にして待ち構えてなどいられない。
常に気を張るなど困難を極める。
長期戦になるなら尚更だ。
『やりにくいなぁ』
突進時の勢いから推定できる戦闘力からは凄みを感じない。
パワーなら漆黒のクラーケンや邪竜の方が上のように思える。
それでも卵もどきの方が嫌だ。
単純なフェイントなどには引っ掛かってくれないだろうし。
向こうがフェイントを使ってくることも考えられる。
それも使いどころを計算した嫌らしいタイミングだったり。
読みづらい攻撃パターンとして織り込んできたり。
それ故に何をしてくるのか分からない不気味さがある。
『脳筋相手のなんと楽なことか』
基本的にパワーとスピードにさえ注意しておけばいいからな。
特殊能力があれば、それはそれで厄介なんだが。
コイツにそれがなくて助かったと思うのは早計か。
こういうタイプだからこそ隠し球にしていることも考慮せねばならない。
『ホント厄介だな』
向こうがどんな風に観察しているのかが分からないのも厄介だ。
こちらが微妙に肩を動かして牽制してみるが微動だにしない。
すり足で踏み込む素振りを見せても反応がない。
内心で舌打ちする。
見えていない訳はないのだ。
奴が突進してきた時、明らかに顔面を狙ってきたからな。
掘った穴の大きさからすれば、全身のどの部分でも狙えたはず。
穴のド真ん中を飛んできたのなら腹部に当たっていただろうし。
わずかとはいえ角度をつけての顔面コースは見えていたからこそ。
目があるようには見えないがね。
『まさか全体が目玉なんてことはないよな?』
そんなことを考えてしまったせいで、テンションが下がってしまったさ。
RPGなんかでお馴染みの目玉の魔物を思い出したせいである。
ああいうのって、生々しいイラストが定番だからね。
そういうグロい感じの姿が重なって見えてしまったのだ。
あんな姿でジーッと見られちゃ、気持ち悪くて敵わん。
「俺も暇じゃないんだ。
さっさと決着をつけようじゃないか」
焦らされているようでイライラが募ったせいか、声にもそれが乗ってしまう。
「……………」
だが、返事はない。
「聞こえていない訳じゃないだろう!」
更に苛立った声を出してしまう俺。
それこそが卵もどきの待っていたものだった。
その瞬間、奴が唐突に動き始めた。
「ちっ」
喋ったことで出来たわずかな隙を突かれる格好となったのは不覚である。
そのせいか無意識に舌打ちしてしまう。
しかし、俺はあえて動かなかった。
『そう動くとはな』
てっきり攻撃してくるものとばかり思ったが、結果は違った。
卵もどきが選択したのは逃走である。
「生憎だったな」
勢いよく飛び去ろうとした奴は結界に弾き返されていた。
「最初から逃がさないようにしてあるんだよ」
それでも諦めずに見えない壁に向けて突進を繰り返す。
かなりの勢いがあるらしく、結界に当たった瞬間にグッと形が変わった。
そして、大きく跳ねて元の位置まで戻される。
『まるでスーパーボールだな』
単に勢いよく弾んでいるようにしか見えない。
が、注意深く観察する。
油断はしない。
それこそが次の狙い目ということもあり得るからだ。
愚直すぎるというのが、根拠である。
フェイントをかけて逃走を試みたところまでは納得もしよう。
今の時点での勝負を避けて力を蓄えようとするということはあるだろう。
冷静に判断するタイプなら彼我の実力差を考慮するくらいは普通にするはず。
だが、そこから後があまりに白々しい。
考えなしに同じ動作を繰り返すなど、目に焼き付けろと言っているかのようだ。
何度も同じパターンで弾んでいるだけのように見せかけるのが狙いだろう。
今は自身でブレーキをかけて止まっているようだが。
そこから突然パターンを変えることは充分に考えられる。
ブレーキをかけるどころか、急加速して突進攻撃に切り替えてくる線が濃厚か。
『いや、違う』
その読みさえも見越している。
俺のことを無視して愚直に結界に突進する理由。
奴は魔法を破ることができる。
ならば結界も同じだろう。
弾んでいるように見せていたのはカモフラージュだ。
それに思い至った俺は、即座に動く。
「結界を突き破るつもりだったとはなっ!」
地面を蹴って卵もどきへ向けてまっしぐらに跳躍した。
理力魔法を使っていなければ、地面は大きく抉られていたはず。
その勢いがあれば互いの間合いを一瞬で詰めるだろう。
が、奴と違って衝撃波は発生させない。
そうすることで気配や距離感を掴ませないのが狙いだ。
卵もどきの反発に合わせてカウンター勝負に持ち込んだつもりだった。
俺の方がタイミングを見計らって踏み込んだ分、有利なはず。
しかしながら、その目論見は外れる。
卵もどきは制動をかけなかった。
向こうも俺が飛び込んでくるのを待っていたのだ。
結界を破ろうとすることさえフェイク。
待ってましたとばかりに槍型に変形してきた。
俺からすると正面からは面積が最小となるため、非常に当てづらい。
逆に向こうは必中に等しい。
奴にしてみれば、俺の方から当たりに来てくれたようなものである。
先程と同等の突進の勢いに俺の跳躍の勢いが加わったからな。
躱しながら点に対してカウンター攻撃を仕掛けるのは至難と言わざるを得ない。
そして正面衝突。
いや、串刺しとなった。
「残念だったな。
そいつは俺の幻影を纏った岩だ」
魔法で作り出した岩を貫いて先端と末端だけが出ている卵もどき。
俺はその横合いからミズホ刀で切り付けた。
両端を切り離した瞬間に浄化しつつ分解の魔法をかける。
さしたる抵抗もなく切り落とされた部分が消える。
『やはり読み通り、浄化に弱い』
だが、これで終わりではない。
「もう一丁!」
岩ごと斬り捨てるつもりでミズホ刀を振るう。
しかしながら、それは虫が良すぎたようだ。
岩は俺の思い描いていた通り、いくつもの輪切りになった。
が、卵もどきは切る前に抜け出している。
そして大きく間合いを取っていた。
『ミズホ刀を警戒しているみたいだな』
第2ラウンドの読み合いは既に始まっている。
まずは俺が先勝したものの、油断できる状況ではない。
確かに卵もどきは切り落とした分を失った。
だが、損傷があるようには見えない。
自由に形を変えられるからな。
大きさもパッと見では違いは分からなかった。
ダメージは微々たるものってことだ。
『しぶとい奴だ』
さすがは迷宮核と言うべきか。
己が切られたことに対して淡々としている。
まあ、痛みは感じていないようだからこその反応かもしれない。
こういうところは俺が不利だ。
どれだけ切り落とそうと一発で逆転されるからな。
まだまだ油断できるような状況ではない。
むしろ、奴が動かなくなるまで油断などするのが間違いだ。
とは言うものの、先程のように膠着状態が続くのは御免被る。
「次はどうする?」
俺は思いっ切り上から目線で挑発的に問いかけた。
読んでくれてありがとう。




