1222 厳罰にできない?
俺ともう1人の俺の役割分担は決まった。
が、石壁に向かう前にすべきことがある。
それは俺がしておくべきだろう。
バスをこのまま石壁に向かわせるわけにはいかないからな。
それと3号車の後方の道はズタズタのままである。
これも何とかしないとダメだ。
幸いにして近辺を走る馬車はない。
上空から自動人形で見る限りはだが。
『これもラソル様の仕業なんだろうなぁ……』
そう考えなければ、不自然だ。
おそらく早めの休憩を取るように仕向けているのだろう。
如何なる手を使ったのやら。
考えられるとすれば……
『やめておこう』
碌なことにならない気がする。
雉も鳴かずば打たれまいって言うしな。
この場合は藪をつついて蛇を出すの方が適切か。
とにかく余計なことはしないに限る。
それにベリルママやルディア様にフォローをお願いしたのだ。
俺は自分の手が届く範囲のことに専念すべきだろう。
ベリルママの仕事を増やしてしまったことで負い目は感じるけどさ。
それで気を利かせたつもりになって余分なことに手を出すのは危険だ。
かえって邪魔をする結果になりかねないからな。
本末転倒なことになれば、俺までベリルママにお叱りを受けかねない。
今の状況を考えると恐怖以外の何物でもないだろう。
年末年始のスケジュールに影響しかねない真似は絶対に回避だ。
『余計なことはしない余計なことはしない余計なことはしない』
3回念じて自らに言い聞かせる。
最重要なので2回より3回だ。
日本人だった頃も役所が行う防災放送は同じことを3回繰り返してアナウンスしていた。
スピーカーの音が聞き取りづらいというのはあったけどね。
『これで良しっ』
気持ちを切り替えて作業にかかる。
魔力を練り上げて地魔法と植生魔法を同時制御だ。
1号車の先にある曲がり角から先の街道に魔力を流し込む。
この後のことも考えて地脈と連携させて消耗を最小限にしつつ魔法を発動……
『ん?』
しようとしたのだが、地脈の流れに違和感を感じてしまった。
魔力の連携を一時的に解除して確認していく。
『これは……』
違和感を感じた地点は地脈を辿っていけばすぐに分かった。
石壁の地下に通じていたのだ。
『おいおい』
意地でも石壁を維持させるつもりだったのか。
一瞬、そう思ったのだが。
すぐに考えを改めた。
地脈からの魔力の流れが明らかにおかしかったのだ。
よく調べてみれば、その理由は簡単に分かった。
石壁は地脈から魔力を吸収していない。
流れを誘導して石壁の中を通しているだけだ。
中で何かしている可能性はある。
が、出入り口となっている部分の魔力に差はないのだ。
微塵も減っていない。
変質しているわけでもない。
『何だ、こりゃ?』
意味不明なことをしている。
いや、そうではないだろう。
注意深く石壁付近の地脈の周囲を探る。
今から使おうとしている魔法に影響があると困るからな。
俺は新たに地下レーダーの魔法を発動した。
地属性と植生属性の混合魔法は保留状態のままだ。
せっかく魔力を練り上げたのに、最初からやり直しは面倒だからな。
俺のやっていることを西方の魔法使いたちが聞いたら卒倒しそうだけど。
そこを気にするのは今更である。
『んー、何かあるな』
地下深くに塊のようなものがある。
大きさは……
『デカいな』
人の背丈を超える幅がありそうだ。
楕円形の球体だから短い部分は、そこまでではないが。
『卵っぽい形が嫌な感じだな』
だが、卵ではない。
地下レーダーの反応では中も表面と同じ材質だった。
かなり深い地中に埋まっている時点で卵の線は消えていたけどさ。
え? 魔物なら無いとは言えない?
そうかもな。
ただ、このサイズの卵で該当する魔物はなかったよ。
地上でならあるようだけど。
生憎と地下深くに埋まる格好のものは、調べても見当たらなかった。
【諸法の理】先生、ウソつかない。
希に情報が古かったりするけどさ。
そのあたりは俺の熟練度も関係しているとは思う。
かなりのところまで上がってはきているけど、最近はサッパリ伸びないからね。
さすがは神級スキル。
特級スキルの【才能の坩堝】のアシストは利かなくなっているようだ。
そうそう都合良くはいかない。
それよりも気にすべきは卵っぽい何かだ。
直に見てみないと正体は分からないだろう。
何となく想像はつくけど。
『できれば見たくないよなぁ』
と思うのは、ここに来て初めて嫌な予感がし始めたからだ。
今まではラソル様が対処していたから何ともなかっただけって感じなんだよ。
『これは減刑の余地ありか?』
卵もどきを放置すると大変なことになりそうな気がするのだ。
地脈の流れがねじ曲げられて、そっちに流れないようになってるし。
おまけに卵もどきの周辺には大きな魔力が流れ込まないように結界が張られている。
すぐに分からなかったのは不覚だ。
薄くて弱い結界がフィルターのように何重にも張られていたからだろう。
大きな魔力のみブレーキがかかるようになっているのが巧妙だ。
枯渇しない程度に魔力が得られるよう調整していると見るべきじゃなかろうか。
一方で何のためにという疑問が湧いてくる。
あの卵もどきがヤバいものなら魔力供給を完全に遮断すればいい。
普通はそう考えるはず。
地脈を隔離したのもそのためだと思われるし。
にもかかわらず、ラソル様は魔力供給を完全には絶たなかった。
卵もどきが魔力を得られなくなると……
『何かあるってことだよな』
良いことであるはずはない。
ラソル様がイタズラをする時の法則みたいなものだ。
何か問題がある時に対処しつつイタズラを仕込む。
対処だけすればいいのに仕込んでくる。
妖精たちに忍者を教えたのも。
バーグラーで元奴隷たちを解放した際も。
とにかく、何かやらかさずにはいられない。
『やらかさずに対処してくれればいいのに』
それなら俺も素直に尊敬すると思う。
一応は恩人だしな。
スキルの種をくれたし。
亜神を代表してのお詫びということだったけどね。
それでもスキルの種を選んだのはラソル様だし。
だから、その点については感謝してるんだけど。
でなきゃ魔法を暴走させた俺はどうなっていたか。
イタズラに振り回されて印象はマイナス気味だけどな。
いや、幅があると言うべきか。
感謝についてはプラスなのは言うまでもない。
イタズラがマイナスなのもな。
それを差し引きするとマイナス気味な訳だ。
こうして考えると複雑である。
感謝したいのにできないんだからな。
まるで感謝させないためにイタズラしているかのようだ。
『まさかなぁ……』
さすがに考えすぎだろう。
意図してそんなことをするメリットがない。
信仰心がイタズラの分だけマイナスされるのだし。
まあ、西方では絶大な人気を誇っているから影響は微々たるものだろうけど。
それにベリルママへの信仰心が減ったりはしないし。
むしろラソル様のマイナス分を積み増しているくらいだと思う。
『そこまで計算してるのか?』
何とも言えないところだ。
絶対にそんなことはないとは言い切れない。
かといって計算してるとも断言できない。
常に飄々としたラソル様だからこそ考えていることが読めないのだ。
不真面目がベースなのに真面目なことも織り込んでくるからな。
今回の件だって特別フルコースでお仕置きかと思っていたのに……
『いち早く卵もどきに気付いたってことで減刑されそうだし』
それだけ、あの卵もどきはヤバそうなのだ。
ラソル様の扱いの丁寧さを見て確信するに至った。
卵もどきにとって魔力は食事のようなものと思われる。
完全に得られなくなれば飢えてしまう訳で。
そのまま餓死してくれるような玉ではないのだろう。
空腹になれば怒りっぽくなって八つ当たりするとか。
餌を求めて暴れ始めるとか。
ならば、普通に餌を与えるかという話になりそうだが。
それもマズいのだろう。
地脈を隔離しているくらい……
『そうか、隔離だ』
不意に思い至った。
それまで謎であった石壁の役割を。
空間魔法を内包させて地脈を固定しているのだ。
でないと、卵もどきが引き寄せてしまうのだろう。
美味しそうな餌が大量にあるのに手を出さないはずはないからな。
『ということは、卵もどきは休眠しているような状態か』
覚醒状態なら積極的に餌を求めて動こうとするはずだ。
移動手段がないなら、強引に引き寄せようとするかもだが。
いずれにせよ、それをしている気配はない。
『微妙に魔力が供給されるようにしているのはそのためか』
空腹で目が覚めることのないようにしている。
そう考えれば、今の状態も納得がいくというものだ。
イタズラ込みとはいえ対処したラソル様のファインプレーと言わざるを得ない。
『ベリルママもルディア様も「ぐぬぬ」状態かもしれんな』
まあ、それはそれということにしてスルーされる可能性も大いにあるけど。
とにかくタイミングが悪すぎたからね。
ベリルママとルディア様の逆鱗に触れているのは、ほぼ確実。
功績? なにそれ状態になるような気がしてならない。
とはいえ真面目なラソル様もらしくはないと思ってしまう訳で。
何か事案に対処するとイタズラしてしまうのが性分なんだと思う。
だったら、誰かに任せても良かったのだ。
エリーゼ様みたいに丸投げしたって大丈夫なはず。
神様の教習所に通っているんだから。
手伝ってほしいと言えば、聞き入れられたと思うのだが。
少なくとも、お仕置きは回避できただろう。
そこをあえて突き進んでイタズラするのがラソル様だったりするんだけどな。
読んでくれてありがとう。




