1218 状態異常と信頼と
状態異常を隠蔽した相手に目星がついてきた。
こんなことをするくらいだから、石壁の犯人でもあるだろう。
ラソル様かエリーゼ様だ。
え? 他にもいるかもしれない?
かもな。
ただ、ベリルママだと俺に何も言ってこないのはおかしい。
亜神にしたってそうだ。
そういうイタズラじみたことをする亜神を俺は知らない。
ラソル様以外の全員がルディア様を筆頭に真面目に仕事をするタイプである。
アフさんのようにノリが子ど……
『ゲフンゲフン!』
ノリに若々しい感じがあったとしても、線引きはできている。
おちゃらけ亜神のように仕事にまで遊びの要素を持ち込んだりはしない。
当然のことながら、仕事で俺を巻き込むなら知らせてくるはずだ。
『そういや、1人だけ知らせてこなかったのがいたな』
僕っ娘なジュディ様が。
そう考えると、いないとは断言できないかもだけど。
ただ、あの時点では知り合いじゃなかったからな。
あの時だって、いきなり来たり脳内スマホに電話してきても相手にしなかったはずだ。
だって、胡散臭いだろ?
誰の紹介もなく連絡してくるなんてさ。
亜神だからと全面的に信用する訳にもいかんよ。
ラソル様という前例があるからね。
ジュディ様の場合はイタズラじゃなかったからタイプが違うけど。
まあ、結果からすれば同じようなものだったけどね。
我慢できずに暴走した結果みたいだから。
なんにせよ、コッテリと絞られたはずだから懲りているはずだ。
次からは前回のようなことはないだろう。
『やはり、あの2人以外に容疑者はいないか』
俺の知り合いでないラソル様に似たタイプの亜神がいるなら話は別だけど。
それはそれで嫌な話だ。
ラソル様が何人もいるとか考えるとゲンナリするよな。
たとえパワーダウンしているとしても、同類は勘弁願いたい。
『引っかき回される相手はラソル様だけで充分だ』
いや、ラソル様のイタズラもノーサンキューだけどさ。
単に諦めているだけだ。
あの病的なイタズラへの執着が完治するなんて思ってないからね。
だからこそ、おちゃらけ亜神は1人で終わりにしてほしい。
『そうでないことを切に願おう』
なんにせよ、知らせてこない相手に心当たりが少ないのは事実だ。
ラソル様の場合はイタズラを予告するようなものだしな。
相手を驚かせてこそのイタズラなんだから、そういうことはしないだろう。
より楽しめるイタズラになるなら知らせてもくるだろうけど。
え? エリーゼ様が知らせてこないのは変だって?
『そうでもないんだよなぁ』
エリーゼ様の場合、面倒だから聞かれるまで黙っている恐れがあるのだ。
そこを指摘してクレームをつけると脳内スマホに電話をかけてくる気がする。
そして、こう言うんじゃなかろうか。
『分かるようにしてあったでしょ』
随分と回りくどい方法でだけどな。
石壁への魔力の流し方とか。
拡張現実の表示を阻害する隠蔽とか。
そんなのでエリーゼ様の仕業だなんて分かる訳がない。
いや、目星はついてきているけどさ。
そういうことじゃなくて、即座に分からないのが変だと言っているのだ。
『あー、ちょっと忙しくてね』
アハハと笑って誤魔化しながら返されるところまで読めた。
『すぐに連絡してこられると対応できなかったのよ~』
とかなんとかお気楽な調子で言いそうだ。
どこまで忙しいかは不明だけどな。
ウソではないだろうけど、面倒くささの方が上ってことはあるかもしれない。
『なんたってエリーゼ様だもんなぁ』
それで仕事を丸投げしてくるんだぜ。
勘弁してくれと言いたい。
拒否しても仕事自体は押し付けられるし。
せめて面倒くさい空気を出さずに状況を説明してほしいものだ。
いや、まだエリーゼ様の仕業と決まったわけじゃないんだけどさ。
『五分五分かな』
ラソル様の可能性だって残っている。
どちらが犯人であるかは断定できない。
決定的な証拠がないからね。
『やっぱり、俺が直に石壁を調べないとダメか……』
それで犯人を特定できるだろう。
が、その後が憂鬱である。
やらかしたのがラソル様であった場合は、何かしら明確な変化があるだろう。
何をしてくれるかは分からんがね。
碌でもないことだけは確かだけど。
だって、統轄神様の監視をかいくぐってくるんだぜ。
余程のことを思いついたに違いないはずだ。
『あとの罰が極みレベルで強力そうだもんなぁ』
統轄神様のお仕置きなんて知りたくもないけどさ。
何にせよ教習所通いの身でよくやるものだと思う。
そんなことをやろうと思いつくのは本物のバカだ。
頭の出来は関係ない。
バカなことをしようとするからバカなんだ。
『頭のネジが何処か外れてるんだな』
リミッターがないというか。
そういう言い方をすると格好良く聞こえるかもだけど。
実際には必罰を承知でしなくてもいいことをする訳だからアホの子で確定だ。
『本当に管理神になれるのかね?』
甚だ疑問である。
もし、なれたとしても住人たちが心安まる暇のない世界になりそうなんですけど。
とりあえず他人事なので、これ以上考えるのはよそう。
それよりも調査だ。
『何かあった時の覚悟だけはしておいて……』
したくないけど、しておく。
でないと余計に疲れるからな。
犯人がラソル様であろうとエリーゼ様であろうと関係ない。
遊ばれるか面倒な仕事をさせられるかの差でしかないからな。
「ちょっと石壁に手を出してみるぞ」
皆に向けてそう言ってから【多重思考】で維持したままのもう1人の俺に依頼を出す。
『スマンが石壁を調べてくれるか』
『了解した』
返事が強張っているように聞こえたのは覚悟があるからこそだろう。
『ん?』
ふと気付くと、ベルが怪訝な顔をしていた。
「既に調べられたのではないのですか?」
『だから調べてないって』
ツッコミは無駄なのでリアルではしない。
問題はどう答えるかだが、面倒なのでスルーして状況だけ説明することにした。
「偵察に行った面子が状態異常にさせられてる」
「ええっ!?」
さすがのベルもこれには驚きを禁じ得なかったようだ。
質問も吹っ飛んでしまったことだろう。
「状態異常ですか?」
すかさずフィズが聞いてきた。
偵察に向かった面々を気遣うだけではない不安そうな面持ちである。
他の面子も不安が表出している。
「石壁の異常な状態を分かっていながら報告を忌避していただろう?」
問い返すと、全員が今更のようにハッとした表情になった。
「絶対に変」
ウィスがボソリと呟いた。
誰かに向かって喋ったのではないだろうか、静まり返っている中では話したも同然だ。
「ウィスの言う通りだ」
ジニアが確認するようにフィズの方を見て言った。
「ああ、そうだな」
それに同意するフィズ。
「あの妙な感覚って状態異常だったんすか?」
堪らずといった感じでローヌが聞いてきた。
「そうだ」
「変じゃないですか?」
ナタリーがツッコミを入れるように聞いてくる。
「何がだ?」
「陛下が、そんな真似をされて割り込まないなんて考えられないです」
俺の過保護ぶりに対する信頼はとてつもなく大きいようだ。
「そうでもないでしょう」
俺よりも先にベルが否定した。
先程の驚きから持ち直したようだ。
「陛下が問題ないと判断されたからこそ割り込まなかったと考えれば」
「ああ、なるほど。
それもそうでしたね」
ベルの言葉にナタリーも納得の表情を浮かべた。
『もしもしぃ? 過大評価がすぎますよー』
過保護ぶりに対してだけでなく全面的に信頼されきっている気がする。
ナタリーだけでなくベルにも。
「そうじゃないんだな、これが」
「「え?」」
婆孫コンビが怪訝な表情をシンクロさせつつ疑問を向けてきた。
「俺が状態異常に気付いたのは、つい先程だ」
「「「「「ええっ!?」」」」」
驚きの声を上げたのは2人だけじゃなかった。
残りの面子も全員が信じられないと顔に書いている。
「しょうがないだろう。
どう足掻いても直接的には分からないようにされていたんだから」
「「「「「ええ─────っ!?」」」」」
皆にとっては驚きの連続となってしまったようだ。
重ね掛けのような状態になったせいか愕然度が凄い。
これでも拡張現実で何も表示されない。
普通は精神状態が[驚愕]であると出てきそうなものだが。
隠蔽が徹底されている証拠だ。
「陛下でも分からなかったんすか?」
驚きの表情を残したままローヌが聞いてきた。
「今も状態異常が確認できない状態だ」
「それでよく分かりましたね?」
ベルが感心しながら聞いてきた。
「隠蔽しすぎで違和感を感じたお陰だな」
「あるべきはずのものが無かった訳ですか」
「そんなところだ」
納得がいったらしく、ベルは何度も頷いている。
一方でローヌは絶句してしまっていた。
唖然呆然の垂れ流し状態である。
目なんか全開になってて、出来の悪いお面かと思ってしまったさ。
「ウソっすよね?」
ナーエも似たようなものだ。
いや、他の皆もと言うべきだろう。
「ウソなものかよ」
「いやいや、信じないっすよ」
ライネが全力で頭を振る。
それに同意する一同。
「おいおい……」
思わず溜め息が漏れた。
俺への評価が高すぎなのは婆孫コンビだけじゃないらしい。
『皆の中で俺はどれだけ万能なんだか……』
そうとしか言いようのない反応だもんな。
俺としては期待に添えず申し訳ありませんとしか言えない。
幸いなことに落ち込むことだけはなかった。
帰り道で問題を起こしてくれた相手が自分より格上だもんな。
読んでくれてありがとう。




