1204 リサーチする?
魔力掲示板操作の説明のために人を集める。
カーターや爺さん公爵はこう思っているようだ。
確かに間違いではない。
が、俺の目的は他にもある。
「操作が覚えられなかったり使い勝手が悪かったりするなら改善する」
これが俺の目的だ。
納品するための商品だからな。
しかも西方向け仕様ということで意図的なグレードダウンを行っている。
『グレードダウンだと何か安っぽいな』
廉価版じゃ、更に安っぽくなるし。
デチューンと言うべきか?
「……………」
どれもしっくり来ない気がする。
まあ、そのあたりは適当ということにしておこう。
とにかく、調整を前提とした試作品を用意した。
現場の人間が使いづらいと感じるようなら話にならないのでね。
独りよがりなブツをそのまま納品するなど、あってはならないことだ。
それでは押し売りになってしまうからな。
相談を受けて提案し、そして注文を受けた。
ならば、真摯に対応すべきだろう。
故に現場で使う人間に意見を聞いて調整する必要がある。
しかしながら俺の思惑とは裏腹にカーターは驚いていた。
「そこまでするんだ……」
半ば呆然とした面持ちで呟いている。
爺さん公爵など言葉もないといった有様だ。
『そこまで驚くことか?』
ちょっとどころか大いに意外である。
だが、俺の意図するところを説明した訳じゃない。
『どちらかというと職人的な発想だしなぁ』
カーターたちは職人の仕事を見たことがないものと思われる。
視察くらいはしたことがあるのかもしれないが。
それくらいでは、職人の仕事ぶりをすべて把握するなどできないだろうし。
ならば驚くのも仕方ないと言えそうだ。
それも何故であるかを説明すれば、理解してもらえるかもしれない。
「誰でも使えるがコンセプトだからな」
とりあえず言ってみた。
「いや、それにしたって……」
戸惑いの色を見せるカーター。
集める面子の心配をしているのかもしれない。
王城勤めとはいえ魔道具に慣れ親しんでいる訳じゃないからな。
せいぜいが照明器具とかの単純な動作をするものだけだと思うし。
複雑な操作を必要とする魔道具はファックスくらいのものじゃなかろうか。
『あれは爺さん公爵が誰にも触らせないだろうしな』
ならば、初心者だらけということになる。
「大丈夫だ。
高度なことを覚えろとか無茶なことは言わないから」
「うーん……」
どうにも煮え切らないカーターさんである。
「心配ないさ。
分かり易さを重視して作ってるんだし」
最初は戸惑うとは思うがね。
普通の掲示板は読み込ませるなんて操作はしない訳だし。
まあ、そこが不安材料であるとも言えるのだけど。
試作品が受け入れられない事態は想定しておくべきか。
多少のことであれば、慣れが解決してくれるとは思うが。
「一から作り直しになるなら時間がかかるかもしれんが、そうはならないはずだ」
と思いたい。
拒絶的な反応をされた場合は、その限りではないけれど。
「うーん……」
ここまで言葉を重ねてもカーターの返事が渋い。
こういう話には乗り気になってくれると思ったのだが。
『もしかして別の原因がある?』
そう考えた方が良さそうだ。
もしかすると集める面子とは関係ないかもしれない。
そこまで考えてピンときた。
『予算だろうな』
恐らくは万が一の作り直しを懸念しているのだろう。
今回は自分のポケットマネーではなく、国庫からの支出になるからな。
爺さん公爵でなくても予算的なあれこれを考えてしまうのは当然と言えよう。
国王なんだから。
『考えて当然か』
だが、その心配は杞憂というものである。
「予算のことなら気にする必要はない。
これは試作品だからな。
その分の代金まで請求したりしないさ」
「そういう訳にはいかないよ」
カーターも律儀というか強情というか、面倒なところがある。
「調整することを前提にしているからこその試作品なんだ。
これにもデータ取りという意味がある。
たとえ作り直しになったとしても俺は貴重な現場の声が貰えるから損はしないんだよ」
ということで押し切った。
でないと廉価版とも言える魔道具でやたらと高額な代金を貰うことになりかねない。
『なんか、騙しているような気分になるもんな』
それだけは絶対に回避したいから必死だったさ。
必死すぎてカーターが引くぐらいだったと言えば分かってもらえるだろうか?
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カーターに頼んで現場責任者よりも上の者たちを集めてみた。
ここで言う現場責任者は日本的な表現をすると主任とか班長とか呼ばれる役職である。
管理職の中では最も下の役職に位置する者たちだ。
もちろん、それより上の者もいる。
最も下の者たちがいないのは多くなりすぎるからだ。
業務に支障が出るのは確定的になってしまうし。
故に魔力掲示板を利用する上で連絡事項や指示書などを出す側の面子だけ来てもらった。
ここに集まった者たちだって責任者側の人員すべてではない。
人手不足で忙しいのだし、仕事を優先させて当然である。
『落ち着いているな』
急に呼び出した割に焦った様子は見られない。
無理のない範囲でという条件をつけたからだろうか。
あとは畏縮した雰囲気も感じられない。
急遽、カーターの前に呼び出されても落ち着いていた。
少なくとも表面上はね。
拡張現実をオンにすれば、あるいは何かしらの状態異常が表示されたりするかもだが。
[畏縮]とか[戦々恐々]とか。
前者はともかく、後者はありがたくない。
罪悪感がつきることなく湧き出してきそうなのだ。
たとえ、その対象がカーターや爺さん公爵だったとしても。
見てしまうと俺に向けられているような気がしてしまう訳で……
故に拡張現実はオフのままである。
そうでなくても集まった人数が予想より多くて戸惑っているのだ。
予想の倍くらいはいたせいで余裕を見て用意してもらった部屋が少し狭く感じる。
こんな状況で拡張現実をオンにするのは不安感を煽るだけ。
どう考えても自爆行為でしかない。
「随分と集まったんだな」
少し落ち着こうと、カーターに声を掛けてみた。
「それだけ皆も困っているんだよ」
少しでも忙しさが改善されるならと必死な訳か。
それはそれで俺へのプレッシャーが増大する。
軽い気持ちで引き受けた仕事だったのだが。
思った以上に責任重大だったと今頃になって気付かされた。
『良かった、手抜きのやっつけ仕事にしなくて』
顔には出さないものの内心では安堵しまくりである。
現状でもクレームは出るかもだが、適当なことをしたときほど気まずくはならないはず。
互いにより良いものを作り出そうという雰囲気に持っていけるからだ。
提示する試作品がショボい代物だったら、そうはいかない。
向こうが敏感にそれを察知するだろうからな。
不信感を相手に抱かれてしまったら協力関係なんて結べるはずもない訳で。
信頼関係どころか人としての信用さえも失うことになりかねない。
『一度、失った信用は並大抵のことでは取り戻せないからなぁ』
迂闊な真似はするべきではない。
今回は油断して、そういう目にあうかもしれないところだった。
意図的に機能を省略したりしているのでね。
あまり高度なものを西方に広める訳にもいかないという事情もあるから厄介だ。
『西方の魔道具職人がもっと頑張ってくれたらなぁ……』
もう少しバランスが取りやすくなるのだが。
とはいえ、かなりの底上げが必要である。
現状が天と地よりも差に開きがあるからね。
本来なら気軽にうちの魔道具をお披露目などできないのだが。
色々と使っているのは魔道具職人たちに奮起を促す意味合いもある。
車とかは厳しいものがあるとは思うけどね。
それでも、いつかは実現させてみせるくらいの気概は欲しいのだ。
常に高い目標がないと、何事も停滞しやすいからね。
まあ、ここにいる面々は意欲はあるとはいえ魔道具職人ではないから関係のない話だが。
「それじゃあ、初めてくれるかい」
カーターが軽い調子で促してきた。
対して受講者は真剣そのものだ。
『もう少し、肩の力を抜いてほしいんだがな』
一字一句を聞き漏らすまいとしている意欲の高さは好ましいのだけれど。
過度の期待感は失望につながりやすいので困りものでもある。
「最初に言っておく」
言い訳くさくなるだろうが、釘を刺しておくことにした。
「これから魔力掲示板の試作品について説明するが、勘違いしないでもらいたい」
受講者たちが「おや?」とか「あれ?」といった表情になった。
「魔力掲示板はあくまで情報を表示する道具でしかない」
困惑の表情を浮かべるものが出始めた。
何を当たり前のことを言っているのだろうといったところか。
「間違った情報が掲示されれば現場は混乱する。
それは人為的なミスであって道具のせいではない。
魔力掲示板は間違いを指摘したり訂正したりはしないからな」
ここまで言って、ようやく全員の顔から戸惑いの色が消えた。
「そこのところを肝に銘じてほしい」
「「「「「はいっ」」」」」
しっかりした返事だった。
が、俺はまだ認識が甘いと思っている。
次の説明でそれが正しいか否かが証明されるだろう。
「とりあえず3台分の魔力掲示板を用意した」
壁面設置ではなく開いた三面鏡のようにセットした。
臨時で作った脚で支えている。
これで一度にすべての魔力掲示板確認させるためだ。
「掲示物の一例としてこんなものを用意した」
事前に文書を書き込んだコピー用紙を受講者たちに見せる。
「「「「「─────っ!」」」」」
受講者全員がビックリ仰天状態で固まってしまった。
目尻が裂けるんじゃないかというくらい目を全開にしている。
そんな彼らに対し──
「んなっ!?」
1人だけ大口を開けている者がいた。
爺さん公爵である。
『まあ、無理もないよな』
[宰相は禿げである。ヅラはまだない]
なんて書かれているんだから。
読んでくれてありがとう。




