1203 応急処置が必要だった
魔道具の掲示板はすぐに完成した。
大した魔道具じゃないからね。
大きさはそこそこあるけど。
とりあえず、魔力掲示板と呼称することにした。
え? ネーミングが安直すぎる?
気にしてはいけない。
引き渡した後は略して「掲示板」と呼称されるのは目に見えているし。
MBBとか名付けたって「何それ?」と言われるのがオチだろう。
ちなみにMBBとは魔法の掲示板を適当な英語にして頭文字をとっただけである。
安直度はさほど変わらない。
そのくせ初めて聞けば「何それ?」状態になるのは目に見えている。
ならば分かりやすい方がいいと思わないかい?
略して呼びやすくなるなら、尚のことだ。
だからネーミングは適当である。
そんなことより仕様を決めることの方が大事だ。
まあ、それについてもサイズと読み取り方法くらいしか決めることはなかったけど。
サイズは元の掲示板より小さくすることにした。
実際に利用されている掲示板を見てみたところ思ったより大きかったからだ。
特に横幅が長かったせいで「本当に掲示板?」と思ったほどである。
上下の視野には配慮されているが、それでも見づらかったのでね。
張り出されている内容をすべて確認しようと思えば何歩か歩かねばならなかったし。
別に掲示物がそこまで多い訳じゃないのに、そんな状態だった。
設置した者が過度の心配性だったのだと思われる。
結果として使われるのが、ほぼ両サイドのみ。
情報の埋没を避けるために離れた場所に掲示するパターンもあるみたいだけど。
それでも俺が確認した時には真ん中あたりのスペースは丸々空いていた。
不自由かつ無駄が多いと言わざるを得ない。
そんな訳で現場で錬成魔法を使って修正してきた。
魔力掲示板を導入するまでの応急処置みたいなものだ。
『急に横幅が短くなったから戸惑うだろうな』
少なくとも現場に居合わせた面々は面食らっていた。
掃除道具を手にしたメイドたちの一団と兵士たちが掲示板の確認に来ていたのだ。
この面々がいなくなってから処置しようと思ったのだが……
『何故、俺の方ばかりチラ見するんだ』
少しも掲示物の方を見ようとはせずに控えていた。
自分たちの仕事に影響しかねないだろうに、待つだけだったのだ。
要するに偉い人がいるから、そっちのけで掲示板を確認する訳にもいかない。
そんなところだと思われたのだが……
『俺にどうしろと?』
このままでは彼女らや彼らの仕事が滞ってしまう。
ならば俺が出直すのが正解かとも考えたが、やめておいた。
どうせ後から来ても同じように誰かいる状況になるだろうからだ。
それに、この面々の時間を無駄にさせるだけなのが勿体なくもあったし。
そんな訳で──
「今から掲示板の使い勝手を良くするから」
とだけ言って錬成魔法を使う準備に入った。
まずは掲示物を片側に寄せる。
これは理力魔法で浮かせてザーッと送り、再び張り付ける。
「「「「「おおーっ!」」」」」
感嘆の声が聞こえてきたが、そちらは見ない。
俺の精神状態がピンチだからじゃない。
見ていた面々の方が泡を食うことが予想できたからだ。
俺に対して敬愛と畏敬が同居したような感情を持たれているみたいなんだよね。
感嘆の声は前者からなのは言うまでもない。
だが、振り返れば咎めていると誤解されかねない状況でもある。
声を上げてからハッとした空気が伝わってきたし。
振り返るのは御法度だろう。
変にコメントするのも気まずくなりそうで怖い。
故に気にしていないよ感を出しながら次の作業へ取り掛かることにした。
掲示板の設置方法に着目する。
脚がないところを見ると壁掛けのようだ。
パッと見で吊しているようにも見えないしな。
これだけの横幅だと吊せるものでもないとは思うが。
【天眼・遠見】で掲示板の裏側を確認すると──
『うわぁ……』
なんて風に呆れるくらい大胆なことをやっているのが見て取れた。
壁に横長の棒を打ち込んでいるのだ。
そこから等間隔で釘の頭を少し出す形で打ち付けて、そこに掲示板を引っ掛けている。
『いくら賓客を案内することがない廊下だからってなぁ』
掲示板を外せば、ハッキリとみっともない見た目になってしまう。
もう少し外観に気を遣えと言いたい。
それに対する設置した側の言い分は隠すから必要ないといったところか。
『長すぎて作り直しを命じられるとは思わんかったのかね』
思わず内心でツッコミを入れた。
まあ、掲示板の裏面を【天眼・遠見】で見た限りでは思っていないものと推測できる。
いかにも端材の寄せ集めですってのが、ありありと分かるからだ。
表面だけを見て端材だけで作られているとは誰も信じないのではないだろうか。
そう言えるほど仕上げは丁寧だ。
大した技術だと思う。
ただし、それは表だけの話。
裏を見てしまうと、やっつけ仕事と言わざるを得ない。
仕事のいい加減さに問い詰めたくなったが、こういう犯人捜しは趣味じゃない。
面倒くさいし。
それに、こういうタイプは自分の仕事に手を加えられてもうるさくないことが多い。
そう考えれば気楽に修正できる。
だから、理力魔法で掲示板を支えつつ横棒を引っこ抜くことから始めた。
王城の壁なんだし裏側も美しくないのは良くない。
掲示板に隠れて見えないのをいいことに横棒を倉へ格納して再利用決定。
倉の中で錬成魔法を使って変形させていく。
これが意外にすんなりとはいかなかった。
『山ほど釘を打ち込んでるな』
掲示板を引っ掛ける釘だけではない。
横棒を固定するための釘のことだ。
掲示板の重量を支えるためとはいえ、度を超して打ち込まれていた。
『やりすぎだ』
邪魔で仕方がない。
理力魔法で引っこ抜きながら、棒を変形させていった。
これは掲示板の横幅を狭めた後で脚にする予定である。
そう、壁掛けはやめて自立式にするのだ。
しかしながら普通に自立させようとすると長い出っ張りが必要だ。
でないと、フラフラして倒れてしまう。
まさか床に突き刺す訳にもいかないしな。
そこで脚を床から天井まで伸ばし、つっかえ棒の状態にして支えることにした。
邪魔にならないよう考えた結果がこれだ。
ただし、つっかえ棒としての強度を考えると横棒だけでは材料が足りない。
が、今から掲示板を縮めるから追加の材料は確保できるだろう。
目処が立ったところで、掲示板本体の処理にかかりたかったのだが……
『壁が穴だらけだよ』
横棒を固定するために釘を打ち込んだ穴だ。
抜いた後の見苦しさと来たら王城内の廊下とは思えない。
幸い、今のところは掲示板の裏に隠れている。
現状は見学状態のメイドや兵士たちから見えない状態だ。
これを設置した職人は「もしも外すことになったら」とは考えなかったのか。
考えなかったんだろう。
指摘されたとしても、穴を埋めればいいとか言いそうだし。
そういう職人に限って腕がいいからパッと見では分からないようにするんだよ。
もちろん、俺も穴を埋めたさ。
錬成魔法を使ったから、たとえプロでも見抜けない点は違うけれど。
これで本命の作業に取りかかれる。
ようやくと言いたくなるような有様だ。
が、愚痴ると何事かと思われるので、そのままササッと始める。
錬成魔法を開始すると──
「あわわっ! 掲示板がっ」
お掃除メイドが泡を食って声を上げた。
もちろん、この1人だけではない。
「縮んでいくぅ~っ!」
仰天する者もいれば。
「生き物みたーい」
喜ぶ者もいる。
残りのメイドたちも似たような反応だ。
「どうなってるのぉ!?」
目を丸くしたり。
「まるで魔法みたい!」
驚きつつも何故かパチパチと拍手したり。
「みたいじゃなくて魔法だぞ」
メイドの感想に兵士たちも反応する。
「そーそー、でないと説明つかないって」
ツッコミを入れるだけだがね。
「ヒガ陛下がやってるみたいだし」
何か諦観のようなものを感じる。
「「「「「あー……」」」」」
兵士たちのツッコミにお掃除メイドたちが納得しつつも呆れたような声を上げた。
『解せぬ』
内心でそうは思ったものの、向こうの気持ちが分かってしまう。
もう何度も同じような場面に遭遇しているからね。
心が理解を拒否しているだけだ。
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魔力掲示板が完成した旨を告げると、カーターは──
「早っ!」
と仰け反るようにツッコミを入れてきた。
『そこまで驚くことか?』
もう慣れてきたと思ったのだが、そうでもないらしい。
「とにかく現場の責任者を集めてくれ」
「全員かい?」
「とりあえず集められるだけでいい」
「それなら何とかなるかな。
でも、そんなに人手がいるのなら責任者に限定しなくてもいいと思うんだけどね」
カーターに誤解されてしまったようだ。
「設置のために人手がいるとかじゃないぞ」
「そうなの?」
「そういう形で人手がいるなら、うちにも面子はいるからな」
「おっと、そうだったね」
カーターがウッカリをアピールするかのように苦笑する。
「掲示物を用意するのは現場責任者がほとんどだろ?」
「そうだね」
頷きながら答えたカーターがハッとした表情を見せた。
「ああ、だから現場責任者なのか」
相変わらず察しが良くて助かる。
「どういうことでしょうかな?」
爺さん公爵が聞いてきた。
その割に皆目見当がつかないというような顔ではない。
分かってはいるが念のための確認といったところだろう。
「説明して実際に操作できるか使わせてみたい」
俺の言葉に2人は頷いた。
これは想定内の言葉だった訳だ。
まあ、普通の発想だろうしな。
読んでくれてありがとう。




