1202 お悩み解決してみよう
カーターが王城内の業務に滞りが見られることで悩んでいるのは分かった。
爺さん公爵にとっても頭の痛い話なのだろう。
真剣に聞き入っている。
まあ、この爺さんは普段から生真面目を絵に描いたような顔をしているけどさ。
「すれ違いや無駄足を減らせればマシになると思うんだけどね」
根本的な原因は判明しているようだ。
『判明していなかったら面倒だったろうな』
原因の究明のために調査する必要があっただろうし。
もしそうなら、良い暇つぶしになったかもしれないが。
普段なら面倒だと思うところなんだけどな。
不思議と今は拒絶感がなく、やりたかったとさえ思っている。
どうも、城内を巡った時に相手にされなかったのが影響しているようだ。
『それにしても……』
問題点は解決する手段を思いつかないことのようだ。
色々と考えた末のことなんだとは思う。
でなきゃ爺さん公爵が止めているだろう。
あの堅苦しい爺さんが黙認せざるを得ないということは、八方ふさがりと見ていい。
「ちなみに、何か手は打ったか?」
試しに聞いてみる。
「掲示板を設置はしたんだけどね」
困り顔で嘆息するカーター。
「失敗でしたな」
爺さん公爵も思わしくない表情で頭を振っていた。
「失敗は言いすぎだよ。
ちゃんと相応の効果はあった」
「ですが、効率は上がりませんでしたな」
カーターと爺さん公爵では対策の結果に対する見方が異なるようだ。
「そこは認めざるを得ないけどね。
でも、無駄ではなかったと思っているよ」
カーターは爺さん公爵の意見を認めつつも自分の考えは間違ってはいなかったと主張。
「確かに現場における無駄は減りましたが、別の問題も出たではないですか」
即座に反論する爺さん公爵。
「それを言われると痛いなぁ」
どうやらカーターの方が分が悪いようだ。
まあ、仕方がないだろう。
結果が思わしくないという認識で一致しているのだし。
カーターも粘りはしたが、何がなんでも覆そうとまではしていない。
肩をすくめて嘆息する。
これ以上の抗弁は諦めたようだ。
「では、具体的に掲示板の問題点を聞こうか?」
「ハルト殿?」
困惑の表情でカーターが俺の方を見てくる。
どうして話を蒸し返すのかと言いたいのだろう。
だが、俺としても結果の善し悪しについてを蒸し返すつもりはない。
そのアイデアを捨てるのは問題点を洗い出してからだと考えているだけである。
「相談に乗ってほしいと言ってきたのはカーターじゃないか」
「いや、そうだけど」
「簡単に解決するようなら、相談したりしないだろうに」
「まったくもって、その通りだよ」
神妙な表情で小さくなっていくカーター。
「別に責めている訳じゃない」
返事はないが、畏縮した雰囲気は薄らいだ。
「それよりも、どんな対策をしたのか把握したい」
「掲示板だけだね。
あまり上手くいかなかったけど」
「そこだよ」
「どこだろう?」
「手は打ったが、カーターとヒューゲル卿では認識に差がある」
俺に指摘された2人が互いに顔を見合わせた。
「カーターは掲示板が完全な失敗ではなかったと評しているのだろう?」
「そうだね。
一定の成果は出せたと思う」
俺の方に向き直ったカーターがしっかりと頷きながら答えた。
「大してヒューゲル卿は差し引きゼロに等しいと考えている」
「左様ですな」
爺さん公爵もカーターに負けじと自信を持って頷く。
「ひとつ問題を解決しても別の問題で結果が台無しになっては意味がありません」
爺さん公爵は渋い表情で嘆息した。
過程を評価するカーターと、結果だけを見て判断する爺さん公爵。
互いに自分の考えを間違っているとは思っていないのは分かった。
「認識に差があるよな?」
「確かに違うね」
「違いますな」
2人も認める。
「だが、俺はどちらも間違っていないと思う」
「そうだろうか?」
「左様でしょうか?」
2人が俺の考えに疑問を呈してくる。
『そんなところで意見が一致されてもなぁ……』
まあ、説明しなければ納得するまい。
「評価に対するアプローチが違うだけだ」
ただ、それだけなのだが。
「というと?」
カーターが聞いてきた。
「カーターは過程を重視した。
ヒューゲル卿は結果のみを見た」
「確かにそうだね」
「見るべき場所が異なれば、意見が違うのも道理ですかな」
「だからこそ、俺は掲示板の問題点を細かく把握しておきたいんだよ」
「どういうことだろう?」
カーターが疑問を口にした。
爺さん公爵も聞いてはこないものの真剣な表情で俺を見てくる。
「新たな問題とやらを解決できるなら?」
「「あ……」」
2人は呆気にとられた表情で顔を見合わせた。
「それなら、もしかすると……」
「解決できるかもしれませんな」
些細なことで意見は一致するものである。
その上で話を聞くと口論にならずにすむので、聞き取りも早く終わるという寸法だ。
俺はカーターから掲示板が失敗した理由を聞き出した。
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「さて、仕様を決めないとな」
あれからカーターたちとの話はすぐに終わった。
問題点は実に単純だったからだ。
王城が広すぎて掲示板まで移動するのに時間がかかる。
そのせいで無駄に時間を費やす結果になった訳だ。
それは掲示物の確認だけではない。
掲示するために掲示板のある所まで行かねばならないからね。
場合によっては見る側が待たされることもあるだろう。
現にそれが原因で危うく犠牲者が出るところであったのを俺は知っている。
そう、慌ててトイレに駆け込んだ[尿意:グレードS]の兵士だ。
見張りの交代要員が遅れた理由は掲示板の前で待たされたからだと後で知った。
『あれは憐れであった』
何とかしてあげたいと思う。
事故はギリギリで防げたとはいえ、同じようなことが発生しないとは言い切れない。
掲示板は問題点を残しつつも採用されたままなのだ。
爺さん公爵の評価は最低ラインだが、現場からは無いと困るという声が多いらしい。
「不便な部分は皆も理解しているんだよね」
カーターはそう言っていた。
「それでも必要だと思うなら残すしかないだろう」
その言葉に爺さん公爵は渋い表情である。
「俺もカーターの考えが正しいと思うぞ」
「ですが、解決する手段がないのでは意味がないではありませんか」
「誰が解決できないと言ったよ?」
「「えっ!?」」
カーターと爺さん公爵が同時に驚きの声を上げ……
「「え?」」
そのことに驚いて顔を見合わせた。
『今日は顔を見合わせてばかりだな』
腐女子が喜びそうなシチュエーションかもしれない。
俺はそういうのに興味が湧かないが。
いずれにせよ、2人はどうして相手が驚くのかが分からなかったらしい。
カーターの「えっ!?」は「早っ!?」に言い換えることができると思う。
対して爺さん公爵は「本当にできるのですかっ!?」あたりか。
『そんなに意外かね?』
よく分からない2人である。
「要するに各人の持ち場の近くに掲示板があればいいんだろう?」
「それはそうですが、そのために掲示物を張って回る手間が増えますぞ」
「いいや、手間なんか増えないさ」
爺さん公爵の顔が「なに言ってんだコイツ」になった。
「ただの掲示板なら確かに手間は増えるだろう。
だったら、魔道具の掲示板にしてしまえばいい」
「うぐっ」
その手は思いつかなかったようで、爺さん公爵はたじろいでいた。
「そっかー、手近なのに張ればファックスのように読み取って他のに送ってくれるとか?」
カーターは察しがいい。
俺の作る魔道具に慣れてきたようだ。
「本当にそんなことができるのですかな?」
懐疑的な反応を見せる爺さん公爵とは正反対の反応と言える。
まあ、爺さん公爵の反応は予算面のことも考慮してのことなんだろうけど。
掲示板サイズ版の魔道具なので気持ちは分かる。
とはいえ、魔道具の価格は大きさで決まるものではない。
「ファックスよりも安くつくから心配するな」
「なっ!?」
驚愕に凍り付く爺さん公爵。
安心させようと思って言ったのだが……
『爺さん、ファックスの値段を知らんからなぁ』
勘違いにより逆効果となったようだ。
「本当に安いなら、是非とも頼みたいんだけどね」
カーターが言ってきた。
「機能を絞るから大丈夫だ」
「あー、ファックスは色々と多機能だものね」
「魔道具の掲示板はすることが少ない。
メモの読み取りと表示がメインになるからな」
読み取りはカメラにさせればいい。
表示関連は位置や大きさの指定が必要だが、デフォルトは自動にしておこう。
掲示板の表面に触れると操作できるようにして……
『ほとんどタブレットだな』
参考にさせてもらったので操作感は似てしまう。
掲示板の方が圧倒的にデカいけどな。
だったら、直接書き込めるようにするのはありかもしれない。
単に触れただけの時と操作時で動作が変わるようにしないといけないが。
それは大きな手間ではないと思う。
「あとは読み取りデータの共有化といったところか」
相手は同じ掲示板に限定されるから、そう苦労するものではない。
最初から掲示板にセットしておけばいい訳だし。
通信距離を王城内に絞っておけば、余所で導入することがあっても混信しないだろう。
「大した手間じゃないぞ」
「技術的な話になると私には分からないよ」
カーターが苦笑した。
読んでくれてありがとう。




