1200 目覚め方は大事です
「ランダムって、どれくらいの種類があるんだい?」
目覚まし時計が展開する幻影魔法に驚きを隠せない様子のカーターが聞いてきた。
『さすがだな』
すぐに、そのあたりにまで気が回るとは。
「とりあえず1ヶ月分くらいかな」
「1ヶ月……」
呆然とした面持ちになっている。
頭の中で今朝に見た風景を反芻しているのだろう。
「あんな凄い光景が他にもそんなにあるのかい?」
「これくらいなら飽きが来ないと思ってな」
「いや、そうかもしれないけど」
「目覚めの時を楽しめれば、スッキリするだろうに」
「それもそうかもしれないけど」
「御不満かな?」
慌てて頭を振るカーター。
「不満なんてある訳ないよ」
「なら、いいじゃないか」
俺はそう言ったのだが、カーターはなおも何か言いたげである。
「要望があるなら修正するが?
アラームの動画は追加できる仕様だからな」
目覚まし時計には蓋を開けるとMVカードを差し込むスロットがあるのだ。
「追加だって!?」
カーターは信じられないという顔をしている。
爺さん公爵もだ。
相変わらず疲労回復ポーションの味が抜けきらないらしく、口はすぼめたままだが。
「やたらと魔力を消費するんじゃないのかい?」
「あー、なんだ、その心配をしてたのか」
幻影魔法に対して馴染みがないだけに魔力の負担を懸念していたようだ。
「映像は半透明だっただろう?」
「え、あ、そうだね。
よく見ると、部屋の様子が見て取れた」
「事故防止の意味もあるが、魔力消費を少なくする目的もある」
「そうなんだ……」
戸惑いながらも納得した様子を見せるカーター。
「でも、そんなに沢山あるんじゃ……」
「それは勘違いだよ」
「そうなのかい?」
「そもそも幻影魔法の元になる情報を幾つ保持しようと魔力は消費されない」
「えっ!?」
「その情報を読み取って情景を再現する時に初めて魔力は消費されるんだ」
「おーっ」
感嘆の表情で頷くカーターである。
『理解が早くて助かるよ』
爺さん公爵の方は、今ひとつ理解が及ばないようだし。
まあ、そのあたりは後でカーターに聞いてもらうとしよう。
「それにしても……」
溜め息をついた。
「2人とも渡した取扱説明書を最後まで読まなかったな」
この指摘に、2人が「あっ」という顔をする。
そして頬を引きつらせた。
カーターは苦笑の出来損ないといった感じの表情になっている。
爺さん公爵は言うまでもない状態を継続中。
まあ、これは仕方あるまい。
口直しをするか水でも飲まなければ、どうにもならないものと思われる。
「そのあたりの説明も書いてあるんだが」
この2人は途中まで読んで放置するタイプだったようだ。
俺も取扱説明書の隅々まで読めとは言わない。
必要と思われる部分だけ読めば充分だ。
が、目的の操作をしたらどうなるかまでは読んでほしいと思う。
[以上の操作でアラームのセットは完了です]
この文章が見えた時点で、その先を読まないとは想定外だった。
次の行からは──
[アラームの動作について]
と書かれているにもかかわらずだ。
『普通、読むでしょうが』
という内心のツッコミに合わせるように目をそらされた。
「忙しくて読む時間が勿体ないという気持ちは分からんではないんだがな」
2人して俺の方へ向き直り、ウンウンと頷く。
「せめて流し読みくらいはしてくれ。
そのために絵を多くしているんだぞ」
ショボーンと落ち込んでいく2人。
廊下を駆けていた時の勢いは何処へやらである。
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「いやー、驚いたねー」
朝食を取りながら語るカーター。
廊下を激走直後のテンションは既にないが、それでも余韻くらいは残っているらしい。
「信じられるかい?
目が覚めたら森の中だよ」
頭を振って「信じられない」アピールをする。
「寝ている間に連れ去られたのかと焦った焦った」
すぐに苦笑する。
「そんな訳ないのにねー」
「それは私も同じでしたよ、陛下」
カーターの言葉に同意する爺さん公爵。
「私の場合は湖の岸辺でしたが」
そう言って表情を少しばかり渋くさせた。
誰にも見られなかっただろうに、自身の醜態を恥じているようだ。
プチ黒歴史となってしまったのかもしれない。
「へー、湖かぁ……」
カーターが自分のとは異なる情景に興味を持った。
ただ、すぐに「あれ?」という怪訝な表情になったが。
「それだと無音じゃないのかい?」
「そんなことはありませんぞ。
風に揺らぐ湖面のさざ波というやつですな」
「おおーっ」
感嘆の声を上げるカーター。
「そちらも静かな音だったんだね」
「陛下はどうだったのです?」
「こっちは小鳥のさえずりだね。
距離感が素晴らしかった。
あれより近いと、きっとうるさいと感じたんじゃないかな」
「私の方もそういう感じでした」
2人は頷き合って俺の方を見た。
「うるさい音で目覚めたくはないだろう?」
「それはそうだけどね」
カーターが苦笑する。
肯定はしたものの、起こし方に問題があると感じているようだ。
「音が小さいと簡単には目覚められないのではないですかな」
爺さん公爵も同様の意見である。
「そいつは間違った認識だな」
「「えっ!?」」
目と口を開いた状態で固まるカーターたち。
「大きい音量で目覚めた時は自然な目覚めじゃないんだよ」
「そうなのかい?」
「水をぶっ掛けて起こすのと大差ない」
俺の返答にカーターが「うわー」と顔を顰める。
「失礼ですが、それは言いすぎでは?」
爺さん公爵が反論するように聞いてきた。
「そんなことはない。
程度の差はあるが結果は同じなんだよ」
「と言いますと?」
「どちらも驚いて目覚めることになる」
「それは……確かにそうですな」
「そういう状態って不快な目覚めだから体にも良くないんだよ」
「だけど、どうしても目覚めないといけない時はそれでも仕方ないんじゃないかな」
今度はカーターの反論だ。
簡単には納得してくれない。
「それで昼間の仕事の効率を何割も落としてちゃ意味ないだろ」
「何割もって、それは大袈裟だよ」
苦笑しながら否定してくるカーター。
「そんなことはないさ」
俺は頭を振った。
「場合によっては、そのまま昼まで寝てから仕事をした方がマシなこともあり得るぞ」
「そんなに変わるのかい!?」
俺にとっては予想外の驚きぶりを見せるカーター。
爺さん公爵も愕然としている。
「場合によっては変わるな。
少なくとも良くなることはない」
「ますます信じられないね」
そう言ってカーターは頭を振った。
ちゃんと説明しないと信じないようだ。
「不快な目覚めの場合、調子に波が出やすいんだ」
「どういうことだろう?」
カーターも否定はしたものの気にはなるようだ。
「頭がちゃんとした覚醒状態にならないことがあるからな」
「覚醒状態……」
カーターがそう呟いて、わずかに首を傾げた。
自分なりに考えようとしているようだ。
「頭がボーッとして仕事に身が入らないとか覚えはないか?」
少し考え込んだカーターが──
「……あるね」
ふと、何かを思い出したように表情を変えた。
が、カーターが何かを言い出す前に俺の質問が先に出た。
「昼を過ぎても眠くて仕方がないとか、居眠りをしてしまうとかは?」
「それもあるね」
言ってから上を仰ぎ見るカーター。
してやられたと言いたげに見える。
おもむろにこちらへ向き直ったカーターが口を開いた。
「それがハルト殿の言うちゃんとした覚醒状態にならないってことか」
「そういうことだ」
「話を聞くと頷かざるを得ないね」
「ですが、小さな音で目覚められるかとは別の話ではありますな」
爺さん公爵が論点を戻してきた。
「アプローチの違いだよ」
「どういうことでしょうかな?」
「大きな音の方は、セットした時間に何がなんでも起こそうとする」
そこは分かるよなと目を向ける。
2人は頷くことで答えた。
「音を小さくするのは、その時間までに気付けばいいという発想なんだよ」
今度は困惑気味に首を傾げる2人。
「セットした時間の数十分前から音を流し始めるんだ」
「「え?」」
2人は、ますます分からないという顔をする。
「眠りには深さというものがあるんだよ。
生き物は深い睡眠と浅い睡眠を繰り返して眠っている。
そして、浅い眠りの時に目覚めれば快適な目覚めになる訳だ」
「もしかして、浅い眠りの時なら小さい音でも聞こえるとか?」
「その通り」
さすがはカーター。
すぐに答えに気が付いたようだ。
「完全に目覚めさせるには、しばらく音を出し続ける必要があるがね」
「それで、数十分前から鳴らし始めると?」
「そゆこと」
俺はニヤリと笑って大きく頷いた。
読んでくれてありがとう。




