1199 翌朝の反応
翌朝のことである。
朝食をカーターと一緒に取ろうと王城の廊下を歩いていると……
ドドドドドドドドドドド───────────────ッ
ダダダダダダダダダダダ───────────────ッ
ふたつの騒々しい音が聞こえてきた。
徐々に大きくなってくる。
『猛烈な勢いで何者かが接近中ってところだな』
音は少し先にある横に曲がった廊下の先から聞こえてくるので直接は姿が見えない。
とはいえ、わざわざ【天眼・遠見】を使うまでもないがね。
誰なのかは気配で分かるし。
全力疾走する気持ちも分からんではない。
ドドドドド──────────ッ
ダダダ───……
片方のペースがガクッと落ちた。
が、もう一方はこのままだと衝突しかねない。
早足で通り過ぎて先に進むか、手前で待つか。
どちらかにしないと壁とサンドイッチにされかね……
『それはないか』
向こうだってブレーキはかけるだろうし。
でなきゃ、当人だってダメージを受けるだろう。
そもそも相手にとっては俺が壁になりかねない。
衝突した時に向こうさんだけが一方的に弾き飛ばされてしまうのは目に見えている。
俺が対処しなければの話だが。
ぶつかることが予見できているなら、そうならぬよう避けるべきだろう。
事故は良くない。
『これも予防運転だな』
別に車を運転している訳ではないが、そんなことを考えてしまった。
もちろん、一時停止する。
ドドド─────ッ
そして、数秒ほどで人影が飛び出してきた。
出た瞬間に減速し……
『ちと、ブレーキングが甘いか』
勢いを殺しきれていない。
壁面衝突しそうになったものの、そこは手をついてソフトランディング。
「はあ~っ」
腕立てするような格好で固まった相手が安堵の溜め息をついた。
「子供じゃないんだから飛び出しはよそうぜ、カーター」
「おおっ、ハルト殿っ、良い所に!」
声を掛けたことで初めて俺に気付いたカーターが俺の前に来る。
「凄いよっ! 何だい、あれはっ!?」
ハアハアと肩で息をしているが、お構いなしだ。
テンション高すぎである。
「落ち着けよ……
とりあえず、おはよう」
「あっと……
うん、おはよう」
朝の挨拶もしていなかったことに気付いたカーターが照れ臭そうに笑った。
これで少しは落ち着くかと思ったのだが。
「それどころじゃないんだよ!」
ハイテンションに逆戻りである。
「目覚まし時計が壊れたのか?」
一瞬、止まるカーター。
「壊れた訳じゃないって」
そう言いながらワタワタする。
「ちゃんと予約した時刻の前に起きられただろう?」
「それなんだよぉ!」
「どれなんだよ?」
サッパリ要領を得ない。
「あれは一体どういうことなんだい!?」
どうやら目覚ましの動作に不満があるようだ。
「問題点があるなら修正するから、あとで持ってくるといい」
「いやいやいやっ、あれの何処に問題点があると?」
慌てた様子で聞いてくるカーター。
「何だ? 違うのか」
「そうじゃなくて、あの起こし方だよ」
「うん、ちゃんと起きられただろ」
「起きられたけど、起きられたけどっ」
さっきから興奮しっぱなしだ。
地団駄でも踏むんじゃないかってくらい身振り手振りが激しい。
デバフでもかけたくなってしまうくらいである。
やってしまった後の影響が計り知れないので、やらんけど。
『仕事が手につきません状態になられては困るもんな』
「何か音が聞こえるなと思って目を開けたらっ!」
『どうどう』
心の中で去なしても何の効果もないのだが。
リアルでやってもダメそうなので気休めにやっているだけだ。
「部屋が別世界だったんだよっ!」
ズイッと顔を突き出してきた。
男に顔を近づけられて喜ぶ趣味は俺にはない。
たとえイケメンでもな。
「顔が近いよ」
言いながらグイッと押し退けた。
これでも遠慮した方である。
冒険者ギルド長のゴードンとかブラドあたりならアイアンクローの刑に処しただろう。
「おっと、失敬」
こんな具合にカーターなら素直に引き下がるからね。
そのくせ──
「本当にビックリしたんだってばっ!」
興奮状態は収まらない。
今の冷静な対応は一時的なものだった訳だ。
「分かった、分かった」
両手で制しつつ言ってみたが、効果は薄い。
「何だい、あれは!?」
「そうですぞっ!」
カーターの背後からヌウッと爺さん公爵が顔を覗かせた。
「うわっ!」
さすがのカーターも驚いている。
爺さん公爵が喋るまで至近距離に近づかれていることに気付いていなかったからな。
背後霊状態だと焦るのも無理はない。
「おはよう。
朝っぱらから、やつれてるぞ」
カーターと違って角から姿を現すのが見えていた俺は一挙手一投足を見ていたからな。
「おはようございます。
年甲斐もなく全力で走ってしまいましてな」
力なく笑って嘆息した。
その口振りから察するに、カーターと同様に目覚まし時計の洗礼を浴びて驚いた訳だ。
でなきゃ、いい年した爺さんが全力疾走はしないだろう。
「そんなに驚いたのかー」
「ええ、それはもう……」
爺さん公爵の今の返答からは、そんな風には感じられない。
本気で走った影響が色濃く残っていた。
息を乱していないのは、途中で走るのをやめて歩いてきたからだろう。
意外に回復力がある。
完全回復とはいかないようだが。
「食べておけ」
グミタイプの疲労回復ポーションを手渡す。
「これは?」
「疲労回復ポーションの固形タイプだ」
「おおっ」
手渡されたそれをマジマジと見つめる爺さん公爵。
「よろしいのですか?」
「ヘロヘロのままじゃ仕事にならんだろう」
「いえ、ですが……」
遠慮するのは俺が売ったドリンクタイプのことが頭の中にあるからだろう。
いざとなれば、あとで飲めばいいと思っている訳だ。
ただし、本当にいざとなればの話である。
「そんな辛気くさい顔をされてもなー。
売った分を使う気はないのだろう?
こういう私的なことで使うのは良くないって顔に書いてるぞ」
「うぐっ」
俺の指摘にたじろぐ爺さん公爵。
「カッツェ、貰っておけ。
ハルト殿の厚意なのだ。
無にするのは無礼ではないか」
カーターの言葉に畏まる爺さん公爵。
「誠に申し訳なくっ」
恐縮しきりの爺さん公爵に苦笑を禁じ得ない。
食べる気にはなったようだが、両手で捧げ持って拝むような有様だ。
そこまでされるような代物ではない。
たかが疲労回復ポーションである。
『そいつは万能薬のエリクサーじゃないんだぞ』
この調子では食べるまで何分かかることやら。
「いいから、さっさと食っとけって」
「っ! 失礼しましたっ」
慌てて口に収める。
そして顔がギュッとすぼまった。
酸っぱい梅干し味は健在である。
「その味が疲労回復に効くんだよ。
ちゃんと咀嚼して食べれば、すぐに効果を発揮するぞ」
そう言うと、高速の噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み噛み……が続いた。
意外に素直なところがある爺さんである。
ただ、その表情は鬼気迫るような迫力満点なものだったけど。
酸っぱさに耐えるためだと分かっていなければ、誤解されること間違いなしだ。
そして飲み込んだ後はスッキリ回復。
へばっていたとは思えないくらいシャキッとしていた。
表情以外は……
「そんなに酸っぱかったか?」
「……………」
無言でコクコク頷く爺さん公爵。
唇はすぼまったままだ。
喋ることはままならないものの復活したなら問題ない。
ついでにカーターのハイテンションも萎んだようである。
怪我の功名という訳ではないが、ちょっと得した気分だ。
「で、あれはどういうことなのかな?」
テンションが戻ってもカーターの追及する姿勢はそのままだったけど。
「どうと言われてもな。
起床時刻の前から少しずつ明るくしていって幻影魔法が展開されるだけだが」
「あれで幻影魔法なのかい?」
目を丸くしているカーター。
「森の中の夜明けって感じで真に迫っていたんだが」
その言葉に爺さん公爵が目を見張る。
「────────っ!」
口をすぼめたまま激しく頭を振った。
「カッツェ?」
カーターが爺さん公爵の意図を量りかねて首を捻る。
「自分が見たものとは違うと言ってるんだろうよ」
俺がそう言うと、爺さん公爵にはコクコクと頷かれた。
「そっかー、ちょっと見てみたかったよ」
「それは無理な注文だな」
「どういうこと!?」
驚きつつも、謎はそのままにしておけないらしい。
「幻影魔法の術式部分は同じだが、何が表示されるかはランダムだぞ」
「え?」
驚きの声を上げたのはカーターだけだが、2人とも目を丸くさせている。
爺さん公爵は口をすぼめたままなので変顔になっているが。
『ひょっとこに似てるな』
本来のひょっとこは片目が小さいそうだがね。
朝から少し楽しい気分になってしまった。
まあ、爺さん公爵には内緒だけど。
読んでくれてありがとう。




